249・メタルスケーリーフット

 自分とレイラ、『大地の系譜』の三人を残して下山していく遠征メンバーらに背中を向けた後、狩夜は胸中にて呟く。


 怖い――と。


 なまじ知識があり、その危険度がわかってしまうからこその恐怖を、狩夜は強く強く感じていた。


 眼前に広がる鉱毒地獄には、猛毒の粉塵が舞いに舞っている。それは、呼吸と共に体内に取り込むことはもちろん、皮膚に付着するだけでも危険な代物。


 戦闘中に防塵マスクが外れるなど論外。服が少し破れることすらも避けなければならなず、狩夜とレイラはこの後、無数のメタルスケーリーフットの群れを突破し、その主を打倒するまでを、被弾ゼロのノーダメージで行うことを強要される。動きを制限される防塵装備を着込んだ状態で――だ。


 あまりにも不平等な戦いである。まるでゲームの縛りプレイ。そして、コンテニューやセーブポイントは、当然の如く存在しない。


 正直「ふざけんな!」と叫びたかったが、狩夜はそれをぐっとこらえた。別行動中の遠征メンバーを不安にさせるし、体力と、なにより時間の無駄である。狩夜とレイラに課された縛りには、制限時間三十分というものも存在するのだから。


「小僧、あの主はハンドレットサウザンド級。つまり、以前戦った虎よりもずっと弱い。あれに勝ったお前さんなら楽勝じゃよ。気負わずにいけい」


 気休めだ。この場における真の敵は、主ではなく環境であることを、ガリムとてわかっていよう。


 だが、それでも足を前に踏み出すきっかけにはなった。ガリムの言葉に背中を押された狩夜は、大きく頷いてからメタルスケーリーフットの巣穴へと足を踏み出す。


 異形の貝がひしめく鉱毒地獄。その中心に向かって歩みを進めながら、狩夜は改めて周囲を観察する。


 ギャラルホルンの中腹、【厄災】以前に存在していた露天掘り鉱山を利用して造られた巣穴は、直径おおよそ二千メートル、深さ六百メートルのすり鉢状。見た目だけならば、ロシアに存在するミール鉱山に近い。


 そこで採掘作業をする鉱夫は、メタルスケーリーフットという魔物ただ一種のみ。その見た目は地球のウロコフネタマガイと大差がなく、足が金属の鱗に覆われたタニシと表現すればわかりやすいか。


 大きさはまちまちであり、手のひらサイズの幼生から、大型ダンプカーサイズの老成個体まで存在する。中央にそびえる主にいたっては、体長二十メートルという巨大さだ。


 そんなメタルスケーリーフットたちは、猛毒の粉塵が舞う環境下でも、ごく普通に活動している。もとよりウロコフネタマガイが生息する熱水噴出孔付近は、そこから排出されるヒ素やテルル等の毒物によって汚染された過酷極まる環境。この程度の毒粉塵、どうということはないのだろう。


『レイラ。親分と戦う前に、子分で軽く情報収集しておこう』


「……(コクコク)」


 巣穴の中心に向かう道中で見つけた体高一メートルほどのメタルスケーリーフット。それを指差しながらされた狩夜の提案に、レイラは「そうしよう」と言いたげに頷く。


 時間も大事であるが情報も大事。メインターゲットは主化していて形からしてほとんど別物であるが、もとは同じ存在である。調べておいて損はない。


 相棒の同意を得た狩夜は、通常固体を対象としたメタルスケーリーフットの生態調査を開始した。


 まずは、慎重かつ大胆に、メタルスケーリーフットへの接近を試みる。


 そして――


『ふむふむ……ここまで近づいても無反応か……』


 難なく成功。魔物の優先攻撃目標であるはずの人間が、文字通り手が届く距離にまで近づいたというのに、メタルスケーリーフットはなんら反応を示さない。我関せずといった様子で大地を食み続けていた。


 手袋に包まれた左手で貝殻に触ってみる。


 無反応。


 右足を上げて、足の裏で貝殻を強めに蹴ってみる。


 無反応。


 右手に握るダーインスレイヴの腹で貝殻を叩いてみる。


 無反応。


『なるほどね』


 どうやらメタルスケーリーフットは、自発的に攻撃はしない魔物であるらしい。


 人間相手ならばその身に纏う金属を。魔物相手ならば自身の命――すなわちソウルポイントを餌に、巣穴の内側へとおびき寄せ、金属の鱗と貝殻で攻撃を耐え忍び、外敵が鉱毒で倒れるのを待つというのが、メタルスケーリーフットの戦い方なのだろう。


 外敵が鉱毒で倒れた後どう動くかまでは調べる気がない狩夜は、手首を返し、ダーインスレイヴの刃をメタルスケーリーフットへ向けた。


『なら、その外敵が、御自慢の防御力を難なく突破する攻撃手段を有していた場合……どうする!?』


 語尾を荒げながら狩夜が振り下ろすのは、絶対切断の力を帯びた魔剣。


 ダーインスレイヴの刀身は、並の武器や魔物の爪牙ならば容易に跳ね返すであろうメタルスケーリーフットの貝殻を、一切の抵抗を使い手に感じさせないまま、空気のように切り裂いていく。


 そして、ダーインスレイヴの刀身が貝殻の中ほどに達したとき、メタルスケーリーフットの身に変化が起きた。


『んな!?』


 目の前で突然起きた現象に度胆を抜かれ、狩夜は驚愕の声を上げる。


 火だ。


 メタルスケーリーフットの体が、突然、なんの脈略もなく燃え上がったのである。


 それだけではない。メタルスケーリーフットは全身を燃やしつつ口と肛門から内容物を吐き出し、それと同時に足と貝殻の隙間から二本の触手を伸ばして、狩夜を絡め取ろうとしてきた。


 ――辰砂とコロラドアイト!? まずい!


 大量の砂と共にメタルスケーリーフットの体内から吐き出された赤と銀の鉱石を視認し、慌ててバックステップを踏む狩夜。


 その後、一切余裕のない表情で伸ばされた触手をかわし、メタルスケーリーフットがなにをしてきても対処できるであろう距離まで間合いを開けてから、安堵の息と共に呟く。


『あいつ……僕と心中しようとしたのか……』


 燃えるメタルスケーリーフットから濛々と立ち上る水銀蒸気を見れば、先の固体が死の間際になにをしようとしたのかは明白である。


 熱されると致死性の蒸気を発生させる辰砂とコロラドアイトの性質を利用して、我が身を犠牲に狩夜を毒殺しようとしたのだ。


 そして、メタルスケーリーフットの自己発火現象もまた、鉱石の性質を利用したものである。


 メタルスケーリーフットの鱗は、金銀銅と、様々な金属で構成されているが、その大半はウロコフネタマガイと同じ硫化鉄。


 硫化鉄は自然発火物だ。硫化鉄が産出する鉱山では、しばしば自然発火による火災が発生し、火災対策が重要な課題となるほどの――である。


 メタルスケーリーフットは、なんらかの方法でそれを制御しているのだろう。その証拠に、ダーインスレイヴの腹で殻を叩いたときは、火花等は跳ばなかった。


『つくづく鉱石の扱いが上手い魔物だな……よくわかったよ。メタルスケーリーフットはあれだね。いるだけでダメージを受けるフィールドに出現する、防御力の高い即死攻撃持ちの金策モンスターだね』


 情報収集の末に、メタルスケーリーフットという魔物をこう断じた狩夜は、速やかにその場を後にし、巣穴の中央に向かって駆け出した。

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