247・鉄の貝
ウロコフネタマガイ。
別名・スケーリーフット。
動物界 軟体動物門 腹足網 ネオンファルス目 ネオンファルス上科に分類される巻貝である。
この生物が人目に触れたのは、2001年とごく最近。
インド洋の深海、深さ二千メートル。「かいれいフィールド」と呼ばれる場所で発見され、とある理由にて話題となった。
それは、生物界で唯一、骨格の構成成分として、硫化鉄を用いる生物であるということ。
ウロコフネタマガイの足は、硫化鉄でできた鱗に覆われている。密に配列された幅数ミリの鉄の鱗は、人間の歯の二倍以上の強度があり、磁石にも反応する。ウロコフネタマガイは外敵に襲われた際、この鱗を持った足を縮めて身を守るのだ。
鉄の鱗を持つ。
磁石にくっつく。
これら奇抜な特徴を有し、ナンバーワンよりオンリーワンを体現した、奇天烈な生き物。
それが、ウロコフネタマガイなのである。
●
「メタルスケーリーフット。金属の鱗を持つ足……か。なんとも珍妙な魔物じゃのう。名前の通り、鱗が金属でできておる」
〔鑑定〕スキルを発動させ、両の目を光らせているガリムが魔物の名前を口にした。それをすぐ隣で聞いていた狩夜は、自身の考えが間違いでなかったことを知る。
「名前がそれなら、やっぱりあれはウロコフネタマガイ型の魔物ってことか……え? なんでここにいるの? お前ら、熱水噴出口のすぐ近くでしか生きられない生き物だろ? お前らがいるべきは、陸の上の鉱山じゃなくて、海の底の熱水鉱床だろ?」
ウロコフネタマガイは、ブラックスモーカーと呼ばれる熱水噴出口のすぐ近く、ごく限られた範囲にしか生息しておらず、そこから五メートルと移動できない。
人為的に移動させることは可能であるが、その場合、例外なく短命となる。
2006年、日本の研究チームが採取した個体、百八十四匹が、支援母船「よこすか」と新江ノ島水族館にて飼育実験されたが、その全てが死滅している。原因は、殻や鱗に錆が沈着したことによる過度のストレス。
要約すると、ウロコフネタマガイは、生息地から移動すると体が錆て死んでしまうのだ。
そういった観点からも、やはりこの場にいるのはおかしい。体が錆る錆びない以前に、山の標高と海の深度があべこべである。
狩夜が口にした疑問にメタルスケーリーフットは答えない。狩夜たち遠征メンバーに襲いかかるようなことはなく、採掘現場跡地に張り付きながら口と思われる器官を頻りに動かし、ただただ大地を
「うわぁ、当たり前みたいに鉱石食べてる……どういう進化をしたらああなるんだ?」
ウロコフネタマガイは食事を必要としない。食道で飼っている共生細菌が、栄養をすべて作ってくれるからだ。一方のメタルスケーリーフットは積極的に食事をしている。そして、経口摂取した鉱石を使い、自身の鱗を形成しているのは明白だ。
その証拠に、メタルスケーリーフットの鱗を形成する金属は硫化鉄だけではない。金属特有の光沢を放つ色とりどりの鱗が見て取れる。
生息地といい、栄養の接種方法といい、鱗の形成物質といい、地球のウロコフネタマガイとは最早別物。これは狩夜が言うように、かなり無理のある進化だと言えるだろう。
「……あれが原因じゃないのか?」
頭を悩ませる狩夜をよそに、フローグが採掘現場跡地中央にそびえる、体長二十メートルはあろうかという主化したメタルスケーリーフットを指差した。
フローグの指は、他のメタルスケーリーフットのそれとは一線を画す、鋭角で円錐状の貝殻、その先端へと向けられている。
そこには、陽光を反射して赤褐色に輝く、地球では決して産出されない準鉱物の姿があった。
「あの色……あの威圧感……クリフォダイトか」
貝殻の先端、最も目立つ場所に王冠の如く頂かれた悪魔の欠片を――邪悪の樹の化石を忌々しげに睨みつけながら、ランティスは言う。
「クリフォダイトの影響による突然変異か。それともソウルポイントで体を改造し、無理矢理陸上に適応したか。もし後者なら気持ちはわからんでもない。奴がいる限り、海の中で覇権を握ることは決して叶わん」
フローグの言う奴とは、世界最強と目される海の魔王 “世界蛇” ヨルムンガンドのことである。
フローグはヨルムンガンドとの間に。そして、ランティスはクリフォダイトとの間に、浅からぬ因縁があるのだ。
「中央の主が縦に、子分どもが横に掘り進めることで、採掘現場跡地を――いや、巣穴を拡張しとるようじゃな」
「あ! 見てよあそこの貝! なんか砂と一緒に鉱石吐き出してるぜ! ほら、山のふもとに転がってたのと同じ奴!」
ザッツが指差した固体は、今まさに生理現象の真っ最中であった。
メタルスケーリーフットの排出物は、海の掃除屋と称されるナマコのそれと酷似しており、そのほとんどが砂。不潔な感じはあまりしない。だが、よくよく見ると、糞尿などよりもよほど恐ろしい毒鉱石の姿が見て取れる。
それら排出物は、採掘現場跡地の所々に転がっており、そこには生まれたばかりと思しき小さい個体が群がっていた。
まだ鱗も生えていないメタルスケーリーフットの幼生たちは、排出物に触手を伸ばして回収すると、背負っている貝の上に乗せ、巣穴の外へとせっせと運びだしていく。
「ああ、なるほど。さっき僕らが見つけた毒鉱石の山は、メタルスケーリーフットの排出物か。辰砂や雄黄等の毒性の強い鉱石は取り込まず、そのまま体外へと排出するみたいですね。そんでもって、食べられないものを巣穴に残しておいてもしょうがないから、下っ端が山のふもとに捨てに行くと」
「つぅまぁりぃ、あの魔物が身に纏う鱗は、そういった危険な鉱物がいっさい含まれていない金属の塊ということですわねぇ」
「なんやそれ、最高やん! 精製の手間が省ける!」
「排出された毒鉱石にも……使い道は多々あります……」
「ねえ、ガリムのおじ様! ボク、なんか金色の鱗を生やしたのを見つけたんだけど! あれってもしかして――」
「あの光沢……金じゃな。間違いない」
『生きた金塊!?』
この瞬間、その魔物の価値を誰もが理解し、遠征メンバーがにわかに活気づく。
金や銀、プラチナといった貴金属の鱗を生やした固体はごく少数のようだが、鉄や銅、錫といった卑金属の固体でもなんら問題ない。ありとあらゆる金属が不足している今の人類にとって、鉄や銅でも目が眩むほどの価値があるのだ。
現状の相場で市場に流れた場合、メタルスケーリーフット一匹だけで一財産。眼前で群れ成す異形の貝は、まさしく生きた財宝だった。
「うぉおぉぉおぉ! やったぜお宝発見だ! これだよこれ! こういうのが開拓者の醍醐味だよな! 苦労してここまできた甲斐があるってもんだぜ! やっふー!」
「はしゃぐなザッツ。喜ぶのはまだ早い」
「イルティナ様の言う通りですわよザッツさん。太くて、長くて、固くて、黒光りしたものが、あんなにも雄々しくそそり立っているではありませんの」
「アルカナ! 遠征メンバーには子供もいるのです! もう少し言い方を考えなさい!」
リースたちパーティメンバーと手を取り合い、小躍りして喜びを表現するザッツ。そんな彼をイルティナが窘め、アルカナが茶々を入れ、カロンが苦言を呈した。
このやりとりの後、戦意を孕んだいくつもの視線が主へと一斉に注がれる。しかし、それでも主は動こうとはしない。巣穴の中央で直立し、直下の地面を下へ下へとゆっくり食い進んでいた。巣穴の中央で濛々と立ち込める土煙がその証拠である。
「ふむ、徹底した待ちか。まさに動かざること山の如しじゃな」
「この遠征が次回の精霊解放遠征の試金石なら、奴は仮想ファフニールでやがります。気を引き締めていきやがりましょう」
「とっとと倒しちまおうぜ! お宝は目の前だ! ランティスさん、どういう作戦でいくんだ!? 俺はなにをすればいい!?」
戦意をみなぎらせながら各々武器を構える遠征メンバー。そして、ザッツが彼らの胸中を代弁するかのように、鼻息荒くランティスに指示を求める。
しかし――
「全員、その場にて待機」
ランティスは、彼らの勢いを絶ち切るように、無表情な顔で無感情な言葉を返した。
周囲の仲間たちが生きた財宝の発見に息まく最中も、ランティスはメタルスケーリーフットの巣穴を客観的に俯瞰しつつ、実験動物を観察するような無機質な視線を向け続けている。
独特の凄味を感じさせる司令塔の姿に、遠征メンバーの多くが冷静さを取り戻し、生唾を飲み下しながら押し黙った。
此度のギャラルホルン探索遠征において、遠征メンバーの立場は基本的に対等。よって、ランティスの言葉にはなんら強制力はないのだが、道中と同じく誰もが彼の指示に自然と従い、その場を動かず、ランティスの次の言葉を待つ。
ほどなくして考えがまとまったのか、ランティスは諦めるように小さく溜息を吐いた後、無表情だった顔を苦虫を噛み潰したかのように歪めつつ、狩夜へと向き直った。そして、重苦しい声色で言葉を紡ぐ。
「カリヤ君……非常に言いにくいんだが――」
「わかってますよ」
皆まで言うなとばかりに言葉を遮った狩夜は、気にしないで下さいと右手を振った後、ランティスの言わんとしたことを引き継いだ。
「あの主とは、僕とレイラだけで戦います。皆さんは、安全な場所まで退避してください」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます