246・奇麗な鉱石には毒がある
「ついた……」
屈強な魔物たちの妨害に合いながら進むこと、おおよそ四時間。たどり着いた目的地を見上げながら、誰ともなしに呟く。
天山・ギャラルホルン。
別名・角笛山。
ミズガルズ大陸西部、希望岬の北北東に、天を突くかのようにそびえる死火山である。
ギャラルホルンはいわゆる成層火山であり、形状は奇麗な円錐状。その標高は、正確な数字こそ現代に伝わっていないが、山頂が中層雲(上空二千メートルから七千メートルに現れる雲の総称)に隠れることがままあるため、二千メートル以上は確実である。登頂を目指すのならば、たとえ魔物の襲撃がなくとも相応の苦難が予想される。
レッドライン通過の影響か山肌はほぼ剥き出しであり、植物の姿はあまり見られない。その代わりに、陽光を反射して煌びやかに輝く鉱石の姿が所々に見受けられた。
「宝の山じゃ~!!」
わざわざ掘り返すまでもなく山のふもとに転がっていた多種多様な鉱石を見つめながら、ガリムが興奮した様子で叫ぶ。ナッビ、ドゥリンの二人も、ショーケース越しにトランペットを見つめる少年の如く双眸を輝かせていた。
専門家たちが鼻息を荒くし、他の遠征メンバーの多くが興味深げに身を屈めて鉱石を見つめる中、狩夜は一人顔を顰める。
「なんか、転がってる鉱石に偏りがあるというか、よくない共通点があるというか……」
「ねえねえ兄ちゃん、見て見て! なんか銀色の四角い石拾った! 鉄かなこれ!?」
ザッツが手に取った、数えきれないほどの炭鉱夫を中毒死させた、硫化鉛を主成分とする鉱石に目をやりつつ、狩夜は端的に言う。
「それは
「お兄様! 見てくださいまし、この青い石! この吸い込まれるような美しさ……これがかのサファイアですのね!?」
リースが両手の上に乗せ、顔を上気させながらうっとりと見つめる蠱惑的な魅力を放つ青い結晶。池などに投じれば藻類を全滅させ、生態系に多大な影響を与える銅と硫黄、水などの結合物に目をやりつつ、狩夜は端的に言う。
「それは
「兄さん、この銀色のミノムシみたいな石、なんだかわかる?」
レイリィが手に取った、細長い剣状の結晶の集合体。かつて豪華な食器の飾りとして使われ、幾人もの貴人を中毒死させた、硫化アンチモンの塊に目をやりつつ、狩夜は端的に言う。
「それは
「あにぃ! 金の塊見つけた! 褒めて褒めて!」
ルーリンが右手で握り締める、金色の鉱石。加熱すると強いニンニク臭とともに、猛毒性、腐食性、発がん性のガスが発生するヒ素硫化鉄の塊。別名・愚者の金に目をやりつつ、狩夜は端的に言う。
「それは
言葉の途中で口調を荒げた狩夜からの一喝に、専門家である地の民の三人と、〔錬金〕スキル持ちのアルカナを除く全員が身をのけぞらせた。見た目は美しい鉱石に魅了され、知らず知らずのうちに伸びていた手を、慌てて引っ込める。
「コロラドアイトに……
「くわしいでんなぁカリヤはん。カリヤはんの世界では、一般常識だったりするんでっか?」
鉱石の中でも指折りの危険物たち。それらがさも当然のように地面に転がってる光景に、狩夜は鳥肌を立てながら恐れおののいた。そんな、危険物を危険物と断じ、正しく怖がることのできる狩夜に、ナッビが軽い口調で声をかけた。
竹製のごみばさみと魔法の道具袋を手に、地面に転がっている鉱石をホクホク顔で回収していく地の民の三人。単一のものとしては地球上で最も毒性が強い鉱石である辰砂が魔法の道具袋に消えていくのを横目に、狩夜は言葉を返した。
「いえ、以前動植物だの、鉱石だのの図鑑を読み漁っていた時期がありまして……それで、なにに使うんですか? その超危険物たち?」
「そらまあ……いろいろと」
――いろいろってなんだ? 熱しただけで致死性の蒸気や塵を生じさせたり、少し触っただけで発癌性と神経毒性があるヒ素粉がついたりする鉱石を、いったいなにに使うというのだ?
「まあ、僕は所詮にわかなので、その辺は専門家の皆さんにお任せしますけど……ナッビさん、この山やばくないですか? 確かに鉄、銅、鉛、硫黄と、いろいろ採れるみたいですけど、かなり危険な鉱石が普通に転がってますよ? 硫化水銀とヒ素。あとテルルが採れる鉱山での採掘作業とか、防塵マスクなしじゃ死人が出ますよ?」
「兄ちゃん、テルルってなに?」
「毒性が極めて高いレアメタル。コロラドアイトは、テルルと水銀がマグマの鉱脈で結合してできる」
ちなみに、雄黄はヒ素と硫黄の化合物である硫化ヒ素。辰砂は水銀と硫黄の化合物である硫化水銀だ。
これらはすべて猛毒。中世のスペインにおいて、辰砂鉱山いきになることは死刑と同義であったといえば、ギャラルホルンでの採掘作業がどれほど危険であるかがわかるだろう。
狩夜が口にした懸念に遠征メンバーらの顔色が曇る中、ナッビは鉱石回収の手を止め、思案顔で口を動かす。
「う~ん、確かにこれは異常でんなぁ……どします師匠? 自分はこの山、かなり変思いますけど?」
「そうさのう。ここ数千年、採取する者が他にいなかったとはいえ、これだけの鉱石が地表で野ざらしになっているというのは、どう考えてもおかしい。見たところ、掘り出されてからさほど時間もたっとらんようじゃしな」
「落ちてるのが全部……毒性が強い鉱石なのも……変……です……誰かが……意図的に集めた……とか?」
「「「ここには、なにかがいる!?」」」
「あの、すみません御三方。熱く議論を交わしてるところ大変申し訳ないんですけど、論点がずれてます。僕はですね、硫化水銀やヒ素が採れる鉱山での採掘作業は危険じゃありませんか? と言っているのであって、毒鉱石集めが趣味の未確認生物の話はしてないんですよ」
――それとも、地の民にとって辰砂や雄黄等の超危険物たちは、放置でなんら問題のない身近なものという認識なのであろうか?
問いを投げた狩夜そっちのけで議論を続ける『大地の系譜』の三人。ほどなくして結論が出たのか、狩夜だけでなく、遠征メンバー全員に聞こえるように、ガリムは声を貼った。
「全員聞いてくれい! 採掘作業をするにしろ、しないにしろ、もう少し周囲の探索をするべきだとわしは考える! ここは当初の予定通り、【厄災】以前にあったという光の民の採掘現場を探してみようではないか!」
この提案に対する異論は出なかった。残っているかどうかも定かではない数千年前の採掘現場を探すため、遠征メンバーらは再び移動を開始する。
「やみくもに掘り返すよりも、先人が残した痕跡を辿る方が、効率よく鉱脈を見つけられるからのう」
どこか楽しげな口調で言葉を紡ぎつつ、大手を振って先頭を歩くガリム。そんな彼の後に続きながら、『闇色の蜜』のパーティメンバーの一人が恐る恐る疑問を述べた。
「あ、あの、アルカナしゃん。ギャラルホルンに入ってから、魔物の襲撃がぱたりと止みまちたけど、なんででしかね?」
「んー……どうやらこの辺りは、生息する魔物の絶対数が極端に少ないようですわねぇ。そしてそれは、決して良いことではありません。住処を追われたか、もしくは食い尽くされたか……どちらにせよ、ここギャラルホルンが圧倒的強さを持った魔物――主の縄張りであるというこの上ない証拠ですもの」
「ぴぃ!?」
恐怖の声を上げる童顔少女体型な闇の民。特殊な性癖を持つ者に対応するためにパーティメンバーに加えている彼女の頭を、アルカナは「よしよし」と撫でた。
「さ、さささ、さっきガリムしゃんたちが話していた『なにか』が主なんでしか!?」
「それをわたくしに聞かれても困ってしまいますわねぇ……アゲハ様、相手の正体を特定できるような音はきこえませんの?」
「音自体は聞こえておる。が、正体については皆目見当がつかん。金属同士がこすれ合う音……これは鎧か? それと大地の掘削音。一方で心音や呼吸音はまったく聞こえん。本当に生物か此奴ら?」
頭上のうさ耳を頻りに動かしつつ、困惑顔で首をかしげる揚羽。そして、右手で音源を指差し、こう言葉を続ける。
「方向はあっちじゃな。凄まじい数じゃぞ」
「山の斜面が不自然に途切れていやがりますな。巨大な縦穴……採掘現場の跡地かも……いってみやがりましょう」
ギャラルホルンのなだらかな斜面に忽然と現れた切れ目。そこを目指して、遠征メンバーは慎重に歩みを進めた。
ほどなくして、斜面の切れ目に――ギャラルホルンの中腹に存在していた大穴の端に到達する。
採掘現場の跡地と思しき場所。人ならざるものの手によって鉱石が産出され、現在進行形で拡張を続けるすり鉢状の大穴。そして、その内側で蠢く無数の黒い影を目視で確認し、誰もが驚愕に目を見開いた。
初めて目にしたその生物が、あまりに常識外れな姿をしていたからである。
「なに、あれ? スケイルアーマーを着た巻貝?」
「ウロコフネタマガイ!? なんで陸上にいる!?」
謎の生物の特徴をレアリエルが簡潔に述べた直後、その正体を唯一知る狩夜が、地球での名を叫んだ。
次いで気づく。
すり鉢状の縦穴。その中央で傲然とそびえ立つ、巨大な螺旋の存在に。
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