245・数の力

「ブモォオオォオ!!」


 頭部から生えた長く直線的な二本の角。灰褐色を基調とし、顔と腹部、両足についた白と黒の斑紋が特徴的な四足獣。オリックス型の魔物、ランスゲムズボック。


 オリックスには、老齢化すると群れを離れ単独で生活し始めるという習性がある。そして、今まさに「死に場所を見つけた!」とばかりに単騎で突撃してきた老成個体。その顔面目掛け、龍の装飾が施された戟を渾身の力で振り下ろしながら、カロンが叫ぶ。


「よい覚悟です老兵! 往生なさい!」


 カウンター気味に放たれた戟は、ランスゲムズボックに直撃。その頭蓋をかち割るだけでは飽き足らず、そのまま地面へと叩きつけられ、首から上を爆散させることでようやく停止した。


 カロンは戟を地面から引き抜いた後で周りを見回し、ハリネズミ型の魔物であるソードヘッジホッグの対処をしている『悠久の森』と『不落の木守』のフォローに向かった。


 他にも、『栄光の道』と『大地の系譜』の七人が、ファントムキラークリケットと。


『闇色の蜜』とレアリエルの六人が、アサルトエカルタデタと。


 紅葉が単独でグリロタルパスタッバーと、現在交戦中である。


 何度撃退しても、さほど間を置かずに襲いかかってくる多種多様な魔物たち。その中でも、一際厄介なのが――


「右斜め前方から飛来物! 数は二!」


「また僕が止める!」


 タマオシコガネ型の魔物、マンゴネルビートルによる、遠方からの投石である。


 そう、先ほど遠征メンバーらが通り過ぎた大岩は、レイラだけでなく、マンゴネルビートルにとっても遮蔽物であったのだ。


 射線が通るや否や、四方八方から遠征メンバーらに襲い来る正確無比の投石群。それらに対し、狩夜は事前に携帯していたドヴァリンの角を周囲に展開。防御に徹していた。


 聖獣・ドヴァリンの角によって形成された盾は、変幻自在かつ縦横無尽。狩夜はその強固な盾と、揚羽の探知能力を駆使し、遠方から飛来するバスケットボール大の投石を幾度となく防ぎ、遠征メンバーらを今も守り続けている。


 しかし、何事にも限界はあるもので――


「左右から飛来物! 数は左から二! 右から三! 旦那様!」


「ちょっま!? 僕、一度に四枚以上は動かせない!」


 狩夜が同時に動かせる盾の枚数は四枚まで。そして、その移動速度と形状変化は、本来の持ち主であるドヴァリンが見たら、鼻で笑うであろう稚拙なものだ。


 故に、防御をすり抜ける投石が、稀にだが現れる。


 そして、狩夜の防御を潜り抜けた投石は、ソードヘッジホッグと相対しているザッツの頭部目掛け、一直線に進んでいく。


「ザッツ様! お下がりくださいですの!」


 迫りくる投石に対し、盾役の矜持と共に前に出るリース。両手で構えたタワーシールドと、テンサウザンドの身体能力で砲弾の如き投石を真正面から受け止め、パーティリーダーの危機を無傷でやり過ごした。


「ナイスだリッスン! でも、ほんとにうざったいなぁあのフンコロガシ! 遠くからネチネチ攻撃してないで、近づいてこい卑怯者ー!」


「ルーリン! 見えもしない相手に悪態ついてないで、前見ろ前! このハリネズミ、長柄の武器じゃないと対応できないんだよ! あと、女の子がフンコロガシとか大声で叫ぶな!」


 ソードヘッジホッグの背中に生える細剣の如き針。自身に迫りくるそれを双剣で弾きながら、ザッツはパーティメンバーを叱咤した。


 そんな中、両手を痺れさせる妹分リースの姿を横目に、狩夜が悔し気に叫ぶ。


「ああもう仕方ない! レイラ! 君が今すぐマンゴネルビートルを――」


「よせ! こんなところでレイラの力を無駄遣いするな! 相変わらず過保護に過ぎるぞ!」


 狩夜の言葉を遮ったのはフローグ。口だけでなく、鋭い視線でも狩夜を制止した彼は、射抜くような眼光をそのままに北東へと顔を向け、次のように言葉を続けた。


「ランティス! 俺が一人で右側のマンゴネルビートル三匹を仕留めてくる! なにか問題あるか!?」


「ありません! ご武運を!」


 この返答を聞くや否や、フローグはドヴァリンの角の守備範囲を飛び出し、北東に向かって邁進していく。


 遠征メンバーから一人離れ、孤立するフローグ。そんな彼に向かって絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアに生息する屈強な魔物たちが、一斉に襲い――


「ふん。やはり俺は眼中にないか。いつものことではあるが、複雑な心境だな」


 かからない。


 魔物たちはフローグを無視し、遠征メンバーらへの攻撃を続行。それは道中ですれ違う魔物も同様であり、世にも奇妙なカエル男をそのまま素通りさせる。


 水の民の王族が秘密裏に行っていた人体実験により生まれた、人間と魔物双方の特性を有した生体兵器。その唯一の成功例であるとされるフローグは、人類を優先的に攻撃するという魔物の特性の対象外であるのだ。


 故に、他の人間が近くにいる状況下では、フローグから攻撃を仕掛けない限り、魔物たちの攻撃対象にはなりえない。


 ミズガルズ大陸をソロで冒険し、その奥地への単独先行偵察を成功させることができた理由がこれだ。


 時に有利にも不利にも働くこの特性を利用し、フローグは自身の宣言通り、一人でマンゴネルビートルの討伐に向かう。


 その後、ザッツが対応に苦慮していたソードヘッジホッグの頭部を、フォローに入ったカロンが戟による剛撃で粉砕。レアリエルの足払いで体勢を崩したアサルトエカルタデタを、アルカナが薬物で爆殺。『栄光の道』と『大地の系譜』はファントムキラークリケットを袋叩きにし。紅葉は正攻法で危なげなくグリロタルパスタッバーを撃破した。


 眼前の敵を蹴散らし、足早に移動を再開する遠征メンバー。そんな中、レイリィが動く。


「ここからなら、届く」


 彼女の視線の先には、ギャラルホルンに向けて進行を続けることで自然と弓の射程内へと収まった、一匹の甲虫の姿があった。


 フローグが向かった方向とは真逆に存在する高台。そこから今もこちらを狙うマンゴネルビートルを、〔望遠〕スキルを発動させた双眸で見据えながら、レイリィは流れるような動作で矢筒から矢を抜き取る。


「兄さんや、先生ばかりに頼っていられない」


 この言葉と共に弓へとつがえられる矢は、以前狩夜から贈られたトライデントフィッシュの歯を加工して作られた、彼女にとって色々な意味で特別な物。


「採算は度外視。くられ」


 回収を諦め、名残惜しさを振り払うように放たれた矢は、荒野を高速で疾駆し、ほぼ同時に放たれたマンゴネルビートルの投石と空中ですれ違いながらも、目標に向かって一直線に突き進む。


 刹那の後、投石はドヴァリンの角に阻まれ道半ばで砕け散ったが、レイリィの矢はマンゴネルビートルに吸い込まれるように命中。その胸部を貫通し、昆虫標本の如く高台に磔にした。


 再三にわたる投石で遠征メンバーを苦しめた相手を、会心の一矢で仕留めたレイリィ。彼女はすぐに次の矢を矢筒から取り出し、別の高台から遠征メンバーを狙う、もう一匹のマンゴネルビートルへと狙いを定め――


「あれ?」


 首を傾げた。


 つい先ほどまで動いていたはずのマンゴネルビートルが、何者かの攻撃によって、すでに絶命していたからである。


「先生……じゃない。方向が逆。兄さん……でもない。いったい誰が? 別の魔物に襲われた?」


 高レベルの潜伏系スキルを複数使いこなし、遠征メンバーに秘密裏に同行している矢萩、牡丹の両名によって、音もなく始末されたマンゴネルビートルの死骸を見つめながら、レイリィは頭を悩ませた。


「すごい」


 フローグが遠方にてマンゴネルビートルを仕留めたのか、左方向だけでなく、いつの間にか右方向からの投石もやみ、移動速度が増していく中、狩夜は一人呟いた。


 次いで思う。


 僕とレイラだけのときとは、全然違う――と。


 絶望の時代の最中、狩夜とレイラだけで絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアに足を踏み入れたときと比べ、今はなにもかもが違っていた。

 

 戦わずに逃げていく魔物がいる。


 危険を事前に知らせてくれる者がいる。


 迫りくる魔物を倒してくれる多くの仲間がいる。


 選択を間違えたとき、それを正してくれる先人がいる。


 そしてなにより、勇者の力に頼らずとも先に進める。


 どれもこれも、狩夜一人では決してできないことだ。


 感じるのは確かな手応え。魔物は多く、死の危険は常に隣り合わせで、決して油断はできないが、狩夜たちの力は、確実に絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアで通用する。


「これが数の力……団結した人の力か……」


 万感の思いで言葉を紡ぐ狩夜。それと同時に、遠征メンバーの防御に回していたドヴァリンの角を体のすぐ近くへと引き寄せ、背中から僅かに離れた場所で羽のように展開しつつ追従させる。


 次いで、右手で持つ聖獣・ダーインの角を力強く握り締めながら足を速め、狩夜は遠征メンバーの先頭へと躍り出た。狩夜の視線の先には、見上げるような巨体を持つアルマジロ型の魔物、ロバストアルマジロの姿がある。


 その巨体で遠征メンバーを踏み潰そうと、転がりながら近づいて来るロバストアルマジロ。一方の狩夜も、迷うことなくロバストアルマジロへと突貫。右手に握るダーインの角を――こと切れ味に置いて、これ以上のものはないであろう絶対切断の力を持つ魔剣を、豪快に振りかぶる。


 そして――


「吠えろ! ダーインスレイヴ!」


 魔剣の名前を叫ぶと共に、一閃。


 体を覆う鱗甲板の硬さゆえに、ミズガルズ大陸西部に生息する魔物の中では、屈指の堅牢さを誇るロバストアルマジロを、いともたやすく両断した。


 こうして、狩夜たち遠征メンバーは、絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアをレイラの力に頼ることなく進み続け、一人の欠員も出すことなく、ギャラルホルンへと近づいていく。


 そんな中――


「あは! あはは! あはははは! 見てみぃドゥリン! カリヤはんがつこうとる武器! あれがさっきの話に出てきた、聖獣様の角やで! 両方ともえっぐいなぁ! うわやば! 自分、サブイボ出たでぇ!」


「うん……凄い……凄く凄い」


 二人の鍛冶師が、狩夜が使う武器を――なんの加工も施さないまま、あれほどの力を発揮する垂涎もののを、血走った目で見つめていた。

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