244・天山を目指して

「総員駆け足!」


 レッドラインを越えた直後に放たれるランティスの号令。それを受け、遠征メンバー全員が足を速めた。


 種族柄足が遅く、敏捷の基礎能力をほとんど上げていないガリムが、無理なくついてこられる速度(テンサウザンドなので、一般人から見たら十分に速い)で、一路ギャラルホルンに向かう。


 そして、ガリムのパーティメンバー。地の民であり、サウザンドなため、遠征メンバーで最も足が遅い二人はと言うと――


「本当にすまんですネルはん。あんさんのパートナーの背中、自分らがつこうてしもうて」


「すみません……」


 大型の魔物であるガーガーに騎乗するという形で移動し、その鈍足をカバーしていた。


 見るからに重そうなフルプレートメイルで守りを固め、長大な突撃槍を手にガーガーと並走するネルに対し、恐縮しきった様子で会釈する二人。そんな彼らに対し、ネルは鉄仮面越しに言葉を返す。


「事前に話し合って決めていたことです。えっと――」


「あ、自分。ナッビ・リードラングいいます。ガリム師匠の一番弟子でさぁ。ほら、お前も自己紹介しぃ」


「ドゥリン・ニッケルキドニー……です」


「こいつも自分と同じで、ガリム師匠の弟子でさぁ。口下手で人付き合いが苦手な奴ですが、鍛冶の腕は確かですぅ。よろしくしてやってつかあさい」


「女性に無理をさせてしまい……申し訳ない……です。この子も……二人も乗せて……大変そう……です」


「ナッビさんと、ドゥリンさんですね。わたくしたちは大丈夫ですので、どうかお気になさらず。レッドラインを越えたことで元気が有り余っているみたいですから。ね? ガルル?」


「ガー!!」


 ネルの言葉に、ガーガーのガルルは「その通り!」と言いたげに大きな鳴き声を上げる。事実として、ガルルに無理をしている様子はまったくない。


 立派なひげを蓄えた顔に、短い両腕と両脚。低身長で、頭でっかちの五頭身という標準的な地の民であるナッビとドゥリンの二人と、その装備品。更には子亀一匹を背中に乗せているにもかかわらず、ガルルは平気な顔で荒野を走り続けている。疲れるどころか全身に活力がみなぎっており、間違いなく絶好調だ。


 そして、絶好調なのはガルルだけではない。他五匹のテイムモンスターもまた、勇ましくやる気に満ち満ちた顔つきで、遠征メンバーに同行している。


 テイムモンスターといえども、魔物である以上はマナの影響を受ける。ユグドラシル大陸に生を受け、今日に至るまで体を縛り続けていた大気中のマナ。その呪縛から解放され、生まれて初めて自らの全力を引き出すことができた彼らは、心と体を歓喜に震わせていた。


 一方、狩夜の背中に張りついているレイラはと言うと――


「……」


 完全沈黙。


 一般的なテイムモンスターとは真逆。マナの枯渇した環境でこそ制限を受けるレイラは、ただただ脱力して微動だにせず、その力を振るうときを待っている。


「前方に魔物のものと思しき音源! 大型節足動物系が四! 小型哺乳動物系が多数!」


 走り続けること数十秒、感知タイプである揚羽の口から警戒を促す声を発せられた。


 今回の遠征で初となる会敵。遠征メンバーに緊張が走る。


 進路上に現れた魔物はサソリ型の魔物、ロックスコーピオン。だが様子がおかしい。岩に擬態して獲物を待ち構えることで有名な魔物が擬態を解き、迫りくる遠征メンバーに襲いかかろうとも逃げようともせず、その身を小刻みに震わせていた。


 そう、これは先の狙撃でレイラに打ち抜かれた個体である。


 神経毒で身動きが取れないロックスコーピオン四匹に対し、ランティス、ガリム、アルカナ、イルティナという、パーティにサウザンドがいる者たちが、これ幸いにと攻撃を仕掛けた。


 中でも目を引くのは、ガリムが豪快に振りかぶった戦斧であろう。


「新武器のお披露目じゃー!」


 キルフーフの斧。


 ビフレスト建造の最終工程。その最中に強襲してきた虎型の魔物、主化したマーダーティグリスが振るっていた、名持ちの魔法武器である。


 狩夜が主催したビンゴ大会。その一等として出品されたこれがどうしても欲しかったガリムは、幸運にも一番にビンゴをあがった地の民どうほうを拝み倒し、大金と引き換えに自分のものとしていた。そして、今回の遠征に早速実戦投入したのである。


 マーダーティグリスとの死闘。その最中に風を発生させる宝玉こそ失ったが、魔法武器であるその威力はすさまじく、岩のように固い外骨格を持ち、体長が二メートルはあろうかという巨大サソリを、見事に粉砕した。


 さて、先の狙撃でレイラが打ち抜いたロックスコーピオンの数は五。そして、今しがたガリムたちが仕留めたのが四。残り一匹がどうなったかというと――


「ありゃ、先を越されちゃったか……」


 地中に掘った巣穴でレイラの狙撃をやり過ごした、ミーアキャット型の魔物、ミズガルズスリカータ。その家族群に全身を貪られ、見るも無残な姿となっているロックスコーピオンを見つめながら、狩夜は呟く。


 魔物は共食いをして強くなる。つがいと我が子、群れの仲間以外は、同じ魔物であろうとすべて敵だ。重傷を負い、身動きが取れなくなった魔物が長時間生きられるほど、蠱毒壺の理は甘くない。


 近づいてくる大勢の人間の気配に気がついたのか、ミズガルズスリカータの家族群は、一斉に顔を上げ食事を中断。そして、狩夜たちの姿を目視し、形勢不利と判断したのか、食べかけのロックスコーピオンの死骸を放置し、即座に逃げ出そうとする。


 が――


『――!?』


 動けない。 


 ロックスコーピオンの巨体に群がり、一塊になっていたのが仇となった。影がばらける直前に撃ち込まれた一本の針によって、すでにその動きは封じられている。


「影縫い。成功ですわぁ」


 暗技『影縫い』。


 特別製の針を対象の影に撃ち込むことで、その動きを止める、アルカナの得意技である。


 二十匹を超えるミズガルズスリカータの家族群に対し、使用された針は一本のみ。これでは動きを止められる時間は一秒もないのだが、遠征メンバーらはそれで十分とばかりに突撃。ミズガルズスリカータらの命を瞬く間に刈り取った。


 アルカナが使用した針を、レイラがマナの消費を承知で魔物の死骸を回収する間も、遠征メンバーらの前進は止まらない。


 ロックスコーピオンと同じく動けなくなっていた、カンガルー型の魔物、アサルトエカルタデタ。コオロギ型の魔物、ファントムキラークリケットを難なく撃破し、不毛の荒野を突き進む。


 そして――


「段々と忙しくなってきたでやがりますな!」


 レイラの狙撃に対する遮蔽物になったであろう、いくつかの大岩。その横を通りすぎたあたりから魔物の襲撃が徐々に増えていき、遠征メンバーらはその対応に追われ始めた。

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