242・お友達

「じゃあ、逆に聞くけど、なにかできた?」


「え?」


「話していたら、聖域に張られた結界を越えて、僕やレイラと一緒に戦ってくれた? 僕が立てた以上の作戦を考えたり、聖獣を倒しうる武器やアイテムを提供できた?」


「そ、それは……」


 世界樹が根ずく聖域は、何人たりとも侵すことのできない不可侵の地。その聖域を覆う結界は、人間や魔物はおろか、微生物すら通しはしない。世界樹以外の生命体を、完全に遮断する。


 唯一の例外は、この世界の理に縛られない異世界からの来訪者と、彼らが身に着ける衣服等の無生物のみ。


 これらの知識は、イスミンスールの人類にとっては一般常識である。当然、レアリエルもそのことは知っているはずだ。


 それを踏まえたうえで、狩夜はもう一度問う。


「レアは、なにかできた?」


「……」


 できたと言うのなら僕らの判断ミスだ。必要のない苦戦をし、世界を危機に晒したと、何度でも謝る。


 そう視線で語りながらの問いかけに、レアリエルは閉口した。次いで、気まずげに視線をさ迷わせる。


 そして――


「い、一生懸命応援……とか……」


 と、消え入りそうな声で呟いた。


 言った後で情けなくなったのか、両手を握り締めながら小刻みに震えだすレアリエル。目尻に大粒の涙をためる彼女を見つめながら、今度は狩夜が気まずげな表情を浮かべた。


 これは、狩夜が言いすぎたわけでも、レアリエルの反応が過剰なわけでもない。


 狩夜が口にした事は純然たる事実であり、レアリエルが今感じている情けなさ、申し訳なさは、程度の差こそあれ、この場にいる誰もが感じていることであった。


「……まあ、レアに応援してもらえれば元気出るし、すごく心強いけどさ、よく知りもしない不特定多数の人達から「世界の命運は君たちの双肩にかかっている!」とか「君たちだけが頼りだ!」とか言われたら、僕の場合むしろ畏縮しちゃうし。世論が聖獣の打倒じゃなくて、もう一つの解決方法である精霊の解放に傾いて『勇者様と共にファフニールに突撃だ!』ってなるのも怖かったから」


「当代の勇者様は、世界樹の種が不完全で、マナの枯渇した環境では長時間戦えないからですわね?」


 狩夜が話の流れを変えるべく紡いだ言葉に、アルカナが乗ってくれた。そのことに感謝しつつ、狩夜は話を先に進める。


「はい。レイラの中にある世界樹の種は、呪いによって能力が封じられる直前、ウルド様の機転で地球に転移された急ごしらえのもの。出力は完全版に遠く及ばず、マナの単独生成は不可能。一部を外部に頼っているのが現状です」


「手も足も出ない聖域の聖獣ではなく、戦うことはできるミズガルズ大陸のファフニールの方に人々の目が向くのは自明ですわねぇ。破れかぶれに戦いを挑めば、犠牲者が何人出ていたことやら。結果論ではありますけれど、黙秘していたカリヤさんの判断を、わたくしは支持いたしますわぁ」


「ありがとうございます。ファフニールを三分で倒すのは、さすがのレイラでも無理でしょうからね。皆さんから伝え聞いた情報もそうですけど、あの人曰く、九体の魔王は「全盛期の私を超える化け物」だそうですから」


「兄さん。さっきから兄さんは【厄災】のことをあの人って呼んで人間扱いしてるけど、やめた方がいい。【厄災】は――」


「人間だったよ。少なくとも僕から見たら、あの人は十二分に人間だった」


『……』


 レイリィの苦言を遮り、これは譲らないとばかりに断言する狩夜。文明の初期化の元凶。人類史上最悪の【厄災】を擁護しているともとられかねないこの発言に、レイリィだけでなく、誰もが口を閉ざした。


「あにぃ、レイラッチが全力で戦える三分ってどれくらい? あにぃの世界の単位で言われてもわかんないよ」


「ああ、そっか。時計とかないもんね。えっと、レイラが三分しか戦えなかったのはもう前の話で、今は三十分くらい戦えるんだ。それで三十分っていうのは――そうだね、一日の五十分の一ぐらい?」


 微妙な空気が流れる中、細かいことは気にしないルーリンからの素直な問いかけに、狩夜は思案顔で言葉を返す。


 イスミンスールの一日が、地球と同じぐらいならという前提でされた回答。それを聞いた皆の表情が一様に強張る。そして「五十分の一?」と、間の抜けた顔で首をかしげるルーリンの隣で、リースが声を漏らした。


「決して長いとは言えない時間ですのね」


「うん。無計画に使っていたら、あっという間になくなる。僕の仕事は、そんなレイラを可能な限り万全に近い状態で、ファフニールの前に送り届けることだ」


「小僧、それはお前さんだけの仕事ではないぞ。わしら全員が担うべき仕事じゃ。そして、此度の遠征は、打倒ファフニールのゆくえを占う重要なものとなろう。より一層気を引き締めて挑まねばならんな」


 真剣な声色で語るガリムに、狩夜は大きく頷き返す。


 絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアでの効率的な鉱石採掘には、レイラの助力は必須。ギャラルホルン到着までに、どれだけマナを温存できるかが鍵だ。


 今回のギャラルホルン探索遠征は、過程を同じくするファフニール打倒への、貴重な試金石になるだろう。


「兄ちゃんが異世界人で、妹さんの病気を治すために頑張ってるってのはわかった。で、レイラは? 五代目勇者は、いったいなんのために戦ってんだよ?」


 子供の特権を利用して、プライベートなことを物怖じせず訪ねるザッツ。


 周囲の皆が「え? 救世の希望である勇者様にそれ聞いちゃう?」と目を見開く中、狩夜は苦笑いを浮かべ、ザッツにではなく、頭上にいるレイラに向けて言葉を発した。


「レイラ、君がイスミンスールを救おうとする理由を――君が成し遂げたい、本当の目的について教えて」


 この問いに対する、レイラの返答は――


「――ッ!!」


 両手で顔を覆い「恥ずかしくて言えな~い!!」とばかりに激しく頭を振りながら、体をくねらせることだった。


 二足歩行の不思議植物が唐突に見せた、年頃の乙女そのものの仕草。それに皆が唖然とする中、狩夜は「うん、知ってた」とでも言いたげな顔で口を動かす。


「これだけは僕にも教えてくれないんだよなぁ……まあ、見ての通りの反応だから、悪事じゃないとは思うんだけど……」


「ああ、うん。俺もそんな気がする」


「とにかく、僕は異世界人で、レイラは不思議植物な勇者ですけど、ファフニールを倒して、光の精霊を解放するという目的は皆さんと同じです。そして、命を懸けてそれを成し遂げる覚悟がある。ですので皆さん、これからもどうぞよろしくお願いします」


「歓迎します。共に頑張りましょう、異世界人の少年。我々は、すでに志を同じくする仲間であると胸に刻みなさい」


 万感の思いを込めて頭を下げる狩夜に対し、カロンが間をおくことなく言葉を返す。それに異を唱える者は、誰一人としていなかった。


 フローグの発言から始まった突然の身の上話であったが、狩夜にとっては渡りに船という結果に終わる。


 遠征の目的地であるギャラルホルンはレッドラインの外。マナ節約のために、道中ほとんど動かなくなるレイラを、皆にどう説明したものかと、狩夜はずっと頭を悩ませていたのだ。


 そんな悩みの種を無事取り除いた狩夜は、憑き物が落ちたような表情でこう言い放つ。


「もうソロに拘る理由はなにもありませんからね! これからは遠征にも積極的に参加しますよ! 第四次精霊解放遠征には僕にも声をかけてくださいね、ランティスさん!」


「もちろんだ。頼りにしているよ、カリヤ君」


「うむ、よろしく頼むぞ小僧。いやしかし、お主が異世界人じゃったとはのう……フヴェルゲルミル帝国の至宝を手中に収めるだけでは飽き足らず、公衆の面前で世界一の歌姫と、火竜の姫に求婚したときは、我が目とお主の正気を疑ったが、そういうことなら納得じゃ」


「ふえ? 球根? 僕が渡したのは花ですけど?」


「兄ちゃん、そのきゅうこんじゃねぇよ……」


「カリヤ、異世界人であるお前は知らんのだろうが、この世界イスミンスールにおいて、未婚の女性の頭に、男性が自らの手で花を挿すという行為にはだな……あー……その……あれだ……」


「はい」


「『あなたのことを誰よりも愛しています。結婚してください』という意味がある」


「――っ!?」


 言ってて恥ずかしくなったのか、顔を大きく背けながら紡がれたフローグの言葉に、狩夜はギャラルホルンに向かう歩みを止め、全身を硬直させた。


 頭上のレイラが「どうしたの?」と首をかしげる中、狩夜は油の切れたブリキ人形のような動きで、紅葉とアルカナがいる方向へと視線を向ける。


 すると二人は、無言で首を縦に振り、フローグの言葉をあっさり肯定した。


 次いで狩夜は、悪い冗談はやめてとその表情で語りながら、イルティナとメナドのいる方向へと視線を向ける。


 すると二人は「もっと早く伝えるべきだった。すまない」とばかりに、小さく頭を下げ謝罪してきた。


 これは皆がグルになって僕をからかっているんだ。そうに違いない。そうじゃないと困る。頼むそうであってくれ――と、狩夜は縋るような気持ちで、妹分であるリース、レイリィ、ルーリンのいる方向へと視線を向ける。


 すると三人は、高揚した顔を何度も縦に振り、この後どうなるのか興味津々といった視線を狩夜に返してきた。


 そして最後に、知らず知らずのうちに求婚していたらしいパーティメンバーの三人へと、狩夜は恐る恐る視線を向けた。


 そこには、微笑を浮かべながら胸を張る揚羽。真っ赤な顔で指をもじもじさせるレアリエル。頬を赤らめながらチラチラと狩夜に視線を送るカロンの姿があった。


 ――あ、やばい……マジだ……


 三人の反応に、自分のしでかしたことの重大さを理解した狩夜は、顎が外れんばかりに口を大きく開け、盛大に絶句する。


 ほどなくして動き出した狩夜は、諦めた様に小さく息を吐いた後、両手を頭上へと運び「ごめんレイラ。少しの間周囲の警戒をお願い」と、相棒を優しく地面におろした。


 そして――


「しゅみましぇん! お友達でお願いしましゅ!」


 と、実に見事なジャンピング土下座を披露しつつ、動揺のあまり噛み噛みになりながら、謝罪と要求を口にした。


 これが世界を滅亡の危機から救った英雄の姿かと、周囲が困ったように苦笑いを浮かべる中、揚羽、レアリエル、カロンの反応は――


「はっは! 断る!」


「……カリヤの馬鹿」


「少し考えさせてください……」


 というものであった。


 ――これから先どうしよう。


 新たにまかれた悩みの種が発芽し、花を咲かせ、更に多くの種をばらまく光景を幻視しつつ、狩夜は頭を抱えた。

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