241・カミングアウト

 パーティメンバー。


 魔物のテイムに成功し、開拓者になった者に見い出され、行動を共にする仲間たちのこと。


 パーティメンバーになった者はソウルポイントでの自己強化が可能となり、ある程度の制限はあるものの開拓者を名乗ることもできる。


 死の危険が伴い、成功確率が百分の一とも、千分の一とも言われる魔物のテイムに挑戦する必要がなく、安全な町や村の中にいたまま開拓者になれるパーティメンバーの人気は、大開拓時代において非常に高い。


 大声で募集を呼びかければ人が波のように押し寄せ、ギルドでは新規開拓者の入り待ちをする者が後を絶たず、ソウルポイント欲しさに好きでもない相手に愛嬌を振りまく者が少なくないのが現状だ。


 パーティメンバーの限界人数は魔物ごとに明確に定められており、それには個体差が存在する。


 ほとんどの場合が三、四人。最低で一人。歴代最高人数は六人とされている。


 パーティメンバーが何人であろうと、テイムモンスターを通して吸収できるソウルポイントの量に変化はない。ソウルポイントが三の魔物を打倒すれば、テイムモンスターを含めたパーティ全員が、三のソウルポイントを獲得できる。


 人類の版図拡大のために、開拓者が一人でも多く必要というのが、今を生きる人類の共通見解だ。そのため、開拓者は常にフルパーティでいることが強く推奨される。特別な理由がない限り、ギルドでの新規登録と同時にパーティメンバーを決めてしまうのが慣例だ。


 効率面から見ても、安全面から見ても、この慣例が正解の一つであるのは間違いない。だが、リスクも少なからず存在する。


 一度決めたパーティメンバーは、基本的に変更できないからだ。


 この世界におけるパーティとは、その主柱たるテイムモンスターと、魂同士で繋がった者たちである。生物の根幹、最も深い場所で繋がった相手が、自由に変えられるはずもない。


 そんなパーティメンバーを変更、もしくは離脱する方法は――


・パーティリーダーが死亡し、テイムモンスターが『主人待ち』状態になる。


・パーティメンバーが死亡し、魂の繋がりが切れる。


・テイムモンスターが死亡し、パーティが解散する。


・パーティメンバーが魔物のテイムに成功し、より強い繋がりが別の魔物とできる。


 ――の四通りしかなく、パーティメンバーが魔物のテイムに成功する以外では、誰かしらの死が絡む。


 そのため「パーティメンバーとの相性が悪かったことが後になってわかり、今すごく苦労している。あの時、よく考えて決めればよかった」などという失敗談が、ギルドに併設された酒場ではよく聞かれた。


 しかし、何事にも例外はつきもの。そんなリスクとは無縁の、自由にパーティメンバーを変更できる、便利なテイムモンスターも存在していた。


 それこそが編成自在型の魔物。グリーンビーの女王蜂である。


 三国の開拓者ギルドを統括する三人のギルドマスター。彼らがテイムしている魔物がこれだ。


 グリーンビーの女王蜂は、眷属を使役し、ときに使い潰すという女王蜂の特性からか、パーティメンバーを自由に変更できるという能力を持っている。限界パーティ人数も多く、六人という最高記録を出したのもグリーンビーの女王蜂だ。


 その戦闘能力は高く、ユグドラシル大陸に生息する魔物の中では上位に位置する。グリーンビー・スレイブを使役しての集団戦闘をこなし、使いようによってはソウルポイントで強化された人間を際限なく量産できる。


 以上の理由から、グリーンビーの女王蜂は他の魔物とは一線を画す、極めて優秀なテイムモンスターと言えるだろう。しかし、唯一にして最大の欠点が存在した。


 それは、巣を構築する定住型の魔物であるということ。


 グリーンビーの女王蜂は移動を嫌う。巣を構築する場所こそ主人の意思にある程度は従うが、一度ここと決めたら頑として動こうとしない。そのため、頻繁に移動を繰り返す開拓者のパートナーとしては不適当なのである。


 故に、グリーンビーの女王蜂をテイムした者たちは、未開の土地を切り開くことではなく、管理職の道を選んだ。人類の版図拡大のために、同志たちが効率よく活動できる環境づくりと、ギルド職員の育成に邁進したのである。


 多数のグリーンビー・スレイブを使役できるギルドマスターたちは、自らの手で戦う必要がない。ギルド内で書類と向き合っていれば、ソウルポイントが勝手に増えていく。そして、そのソウルポイントは自由に変更可能なパーティメンバー、すなわち、ギルド職員たちにも与えられる。


 ギルド職員たちは、誰もがギルドマスターのパーティメンバーを経験し、ある程度の身体能力と、〔鑑定〕などのスキルを習得した後、パーティから離脱。各国に点在するギルドへと派遣されるのだ。


 長らくグリーンビーの女王蜂だけと思われていた、編成自在型の魔物。新たに発見されたそれが、マンドラゴラという自由に移動できる魔物であったことは大きな驚きであり、新たな可能性の発見でもある。


 しかし、ほぼ同時に知らされた情報があまりに衝撃的すぎて、今は誰もそのことに気がついてはいなかった。



   ●



「――そうして僕とレイラは、聖獣と、その中に潜んでいた暴走の原因を打倒して、世界樹を守り、この世界が滅ぶのを防いだってわけです」


『……』


「その後は皆さんも知っての通り。僕が聖域に潜伏している間に始まっていた絶望の時代をなんとかするために、ビフレストを――って、皆さんちゃんと聞いてます?」


 ギャラルホルンに向かう道中、狩夜は自身の身の上話を遠征メンバーに語っていた。


 ユグドラシル大陸の水が希望峰へと流れ込んだことにより、再び出現したレッドラインと、その内側に広がる草原地帯。そこに生息する魔物は、基本的にサウザンド級である。そして、世界樹由来の生物――つまりは人間を優先的に攻撃する魔物といえど、生き物である以上は、絶対に勝てない戦いを無意味に挑むものは少ない。


 人類が絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアで長期間活動する唯一の方法。魔物が攻撃をためらうほどの質と量を兼ね備えた軍を形成している狩夜たちは、特筆するような戦闘もなく、順調に歩みを進めていた。


「……大変な戦いだったようだな」


 誰もが神妙な顔で押し黙る中、他者と比べて動揺の少ないフローグが口を動かし、狩夜はから笑いを浮かべながらそれを肯定する。


「はは、まったくです。今思い出してみても、よく勝てたなぁ僕ら。聖獣も、あの人も、強かったですよ。本当に」


「聞けば聞くほど、俺も一緒に戦いたかったと思うばかりだ。もっとも、暴走した聖獣の悪辣極まるフォーマンセルを相手に、俺ごときがどこまで食らいつけたかはわからんがな」


「カリヤ殿! 初めて出会ったとき、自分は勇者ではないと言っていたではないか!? あれは嘘だったのか!?」


「いや、嘘じゃないですよイルティナ様! 勇者は僕じゃなくて、頭の上のこいつです!」


「……(えっへん)」


 イルティナからの追及に、狩夜は慌てて五代目勇者である頭上の不思議植物を指差した。皆の視線が集まる中、レイラはその胸を得意げに張る。


「僕は……ほら、あれですよ。レイラの足というか、全力を出すための後付けパーツみたいな? 現地人との折衝担当とか、そんな感じです」


「――っ!?」


 ペシペシ! ペシペシ!


 冗談交じりに自身を卑下する狩夜の頭を、レイラは両手で何度も叩き「そんなんじゃな~い!」と猛抗議。そんなレイラを「ああ、はいはい。悪かったよ相棒」と宥めた後、狩夜は話を先に進めた。


「それに、イルティナ様に聞かれた時は、まだレイラが勇者だって知りませんでしたから。僕がそれを知ったのは、ウルザブルンで精霊解放軍の皆さんを見送った後、休眠状態だったスクルドを目覚めさせた時です」


「カリヤ君。世界樹の三女神の一人であるスクルド様を、呼び捨てはまずい」


「え? いや、本人から呼び捨てでいいって言われましたし」


 ランティスの指摘に、狩夜は困ったように右手で頬をかいた。女神と会話し、呼び捨てを許されたという発言に誰もが目を見張る中、神妙な面持ちで揚羽は言う。


「そうか。世界樹の女神様はご存命であったか。それは重畳」


「三人とも無事とはとても言えないけどね。ウルド様は、全身が聖獣の歯形に埋め尽くされていて満身創痍。スクルドは、呪いのせいで著しく弱体化。ヴェルダンディ様は、生きてはいるみたいだけど行方不明」


「それでも……女神様が今なお存在していたという事実だけで、紅葉たちは救われるのでやがりますよ。『女神も、聖獣も、【厄災】の呪いで消えてしまった』と、誰もが悲観的に考えていやがりましたからな」


「紅葉さんの言う通りです。カリヤ様。そして、勇者レイラ様。女神様を――いいえ、この世界、イスミンスールを救っていただき、本当にありがとうございました」


 胸の前で手を組み、感極まった様子で礼を述べるメナド。そんな彼女に向かって、狩夜は晴れ晴れとした笑顔で言葉を返す。


「メナドさん。僕、あの日の約束をちゃんと守りましたよ」


 病身のメナドに駆け寄ることができず、自責の念に囚われていた叉鬼狩夜はもういない。


 心身ともに見違えるように成長したその姿に、メナドは顔を綻ばせた。


「カリヤ様……」


「ちょっとカリヤ! そんな大事なこと、なんで今まで黙ってたのさ!?」


 狩夜が異世界人であることも、レイラが勇者であることも知ららなかった者たち。誰もが気持ちと情報の整理に多くの時間を要し、沈黙している中、いち早く動き出したレアリエルが、非難の声を上げた。

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