240・出発前の一悶着

「さあ、今回の遠征に参加する、イカれたメンバーを紹介するぜ! まず、我らが兄貴分、“根無し草” のカリヤ・マタギ! そして、そのパーティメンバー、アゲハ・ミツキ!」


「どうしたのザッツ君!? テンションが変だよ!?」


「心拍数が凄いことになっておるの。大丈夫か?」


「ウルズ王国の花! “大輪” のイルティナ・ブラン・ウルズ率いる『悠久の森』の三人!」


「あー……同胞が失礼をした。若気の至りと許してもらえるとありがたい」


「私の甥がすみません! すみません!」


「第三次精霊解放遠征司令官を務めた男! “極光” のランティス・クラウザー率いる『栄光の道』の四人!」


「目の下に隈があるね」


「今回の遠征の発起人! “鉄腕” のガリム・アイアンハート率いる『大地の系譜』の三人!」


「脂汗かいとるのう」


「舌なめずりしながら俺を見るのをやめてください! “百薬” のアルカナ・ジャガーノート率いる『闇色の蜜』の五人!」


「大声を出して緊張をほぐそうとしているのですわね。とっても美味しそ――もとい、微笑ましいですわぁ」


「個人での参加! “歌姫” レアリエル・ダーウィン! “爆炎” のカロン! “戦鬼” モミジ・カズノ!」


「あは、あはは……ねぇカロンちゃん……どうして空って青いのかなぁ……違う色の方がいいと思わない?」


「うふ、うふふ……まったくです……真っ赤な血の色だったらどんなによかったか……」


「二人ともいったいどうしたでやがりますか!? 気をしっかり持つでやがりますよ!」


「更にこの俺! ”双剣” のザッツ・ブラン・マイオワーン率いる『不落の木守』の四人!」


「はひゅー! はひゅー!(過呼吸)」


「私はできる女。だから大丈夫。私は冷静な女。だから大丈夫。私は――」


「ザッツンも、リッスンも、レイリンも、緊張しすぎだってば。ほら、あたしと一緒に深呼吸をしよう。ひっひっふー。ひっひっふー」


「そしてどん尻に控えしは! 世界最強の剣士! “流水” のフローグ・ガルディアス! この総勢二十五人! ミリオン一人! ハンドレットサウザンド三人! テンサウザンド十一人 サウザンド十人! テイムモンスター七で、今からギャラルホルンに殴り込みをかけるぜ!」


「いいから少し落ち着け。それと、俺はともかく各国の要人に対して『イカれた』とは何事だ」


「へぶぅ!?」


 ギャラルホルン探索遠征当日。


 東門の外に集まった参加メンバー二十五人――正確には、物陰に潜んでいる矢萩、牡丹を含めた二十七人――その大半がザッツに暖かい目を向ける中、師から弟子への折檻が炸裂した。


 鞘に収まったグラディウスで脳天を殴打され、両手で頭を抱えながらその場に蹲るザッツ。そんな彼を見下ろしながら、ガリムが次のように口を動かした。


「あー、マイオワーンの小僧。お前さんが初参加の遠征にビビっとるのはよーくわかった。じゃから、フローグが言うように少し落ち着け。いくらなんでも入れ込みすぎじゃ」


「び、びび、っび、ビビってなんてないさぁ! 変な言いがかりはやめてくれよガリムのおっさん!」


「なら、その声と足の震えはなんじゃ? 武者震いか?」


「まあまあ、ガリム殿。彼のおかげで、他の初参加者たちの緊張は随分とほぐれたようです。それで良しとしようではありませんか」


 ガリムの指摘に顔を上げ、噛みつかんばかりの勢いで詰め寄るザッツ。そんな二人の間に入ったランティスは、情緒不安定なザッツを「どうどう」と窘めた。


 確かにランティスが言うように、『不落の木守』以外の初参加者であるサウザンドの十人は、随分と落ち着いた様子である。人間、自分以上にやらかしている者を見ると、不思議と冷静になれるものなのだ。


「テンションが高すぎるのは問題ですけれど、低すぎるのも問題ですわねぇ。レアさん、どこか御加減でも? わたくしでよければ相談に乗りましてよ?」


「聞いてくださいよお姉様~。ボク、今日の遠征に間に合わせようと思って、寝る間も惜しんで魔物の再テイムに挑戦し続けたんです。でも……」


「うまくいかなかったと?」


「はい……お姉様やガリムのおじ様はいいですよね……ビフレストの建造中に、ちゃっかり成功させてるんですから……」


 ファフニールとの戦いで、一様にテイムモンスターを失った精霊解放遠征参加組であるが、レアリエルの言葉通り、アルカナとガリム。そして、ランティスと紅葉は、すでに再テイムを成功させていた。


 ちなみに、テイムした魔物の種類と、その名前は――


 ランティスが、ラビスタのユーノス。


 ガリムが、ランドタートル(陸亀型の魔物)のアルゴン。


 紅葉が、ベヒーボアの支天してん


 アルカナが、ホーンバットのザ・ハングマン。


 ――である。


「やっぱりテイムモンスターがいないと、大手を振って開拓者は名乗れないじゃないですか……魔物を倒してもソウルポイントが手に入らないんじゃ、いまいちやる気が出ませんし……」


「あらあら。それは困りましたわねぇ」


「カロンもレアと同じ理由でやがりますか?」


「ノーコメントです。察しなさい」


 紅葉からの問いに、テンションどん底を維持したまま素っ気なく言葉を返すカロン。そして、気まずげな様子でチラチラと狩夜に視線を向ける。


「うに?」


 カロンの視線を受け、疑問の表情で小首をかしげる狩夜。次いで思う。


 ――う~ん、レアとカロンさんの二人か。一人ならどうにかなるんだけどなぁ。


 レイラの限界パーティ人数は三人。自身と揚羽以外に、もう一人パーティに加えられることを思い出し、頭を悩ませる狩夜。


 魔王の打倒と、精霊の解放。他の開拓者と目的が一致した今、パーティを組むことに抵抗はない。だが、どちらか一方をパーティに加えて、この後の遠征に不和が生じないだろうか?


 遠征メンバー間のいざこざは、可能な限り避けるべきである。しかし、あんなテンションで絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアに足を踏み入れるのは危険であるし、なによりソウルポイントが勿体ない。


 レアリエルとカロン。どちらをパーティメンバーに加えて、それをどう角が立たないよう提案したものかと、狩夜が本気で悩んでいると――


 ペシペシ。


 頭上を腹這いの体勢で占拠するレイラが、右手で狩夜の頭を叩いた。それと同時に、ある事実を狩夜に伝えてくる。


 レイラ曰く「二人ともパーティに加えられるよ」とのこと。


「え? 君の限界パーティ人数は三人のはず――あの時に増えた? なるほど」


 聖獣を取り込んでパワーアップした際に、レイラは限界パーティ人数を一人増やしていたらしい。これで丸く収まるなと思いながら、狩夜は早速行動に移った。


「ならそれでいこう。レイラ、アレ出して。アレ」


「……(コクコク)」


 アレという曖昧な表現で通じ合えるからこそのパートナー。狩夜の言葉に即座に頷いたレイラは、パーティメンバーの証たる花を、両手から一輪ずつ出現させる。


 その形状は、大きさが縦横十センチほどの、バラに酷似したもの。揚羽の頭に刺さるそれとの違いは、色が白に限りなく近い緑であることと、白に限りなく近い赤であること。


 ブライダルブーケに使われていそうな、文句なく美しく、気品に溢れた花。レイラの体から切り離されたその花を手に、狩夜は歩を進める。


 そして、「まさか!?」と言いたげな顔で揚羽が目を剥く中、テンションが低く、反応が鈍っているレアリエルとカロンへと近づき、その左側頭部に――


「はい」


 と、実に気軽い掛け声と共に、自らの手で花を優しく差し込んだ。


 叉鬼狩夜という、どこにでもいる普通の中学生が開拓者になって、おおよそ一年と四カ月。初めてフルパーティを結成した瞬間がこれであった。


「「――!? ――――!!??」」


『んな!?』


 直後の驚天動地。信じられないものを見たと言いたげに、狩夜と揚羽以外の全員が驚愕の声を漏らし、目を見開いた。


 特に、緑の花を贈られたレアリエルと、赤の花を贈られたカロンは、混乱の極致といった様相である。顔を真っ赤に染めながら絶句。完全にフリーズしていた。


「これで問題解決ですね! それでは皆さん、ギャラルホルンに向けてしゅっぱ――」


「問題大ありだよカリヤの馬鹿ーー! なんの脈略もなしになんてことしてくれるんだよ! 前にも言ったけど、レアリエル・ダーウィンは皆のものだから、独り占めするようなことしちゃダメなんだぞぉ!」


「そ、そそそ、そうですよ少年! これはいったいなんのまねですか!? 少年にはアゲハ殿がいるでしょう!? 説明を! 説明を要求します!」


 狩夜が何食わぬ顔でギャラルホルンを指差し、出発を宣言しようとした瞬間、レアリエルとカロンが再起動。テンションが爆上がりした様子で詰め寄ってくる二人に対し、狩夜は落ち着き払った様子で、先の行動に対する説明をした。


「レアとカロンさんの二人を、僕のパーティメンバーに加えたんだよ。相手の頭に専用の花を刺す。それがレイラの――マンドラゴラのパーティ加入方法だから。これでレアのやる気も出るだろ?」


「「……」」


 狩夜の説明を聞き、レアリエルとカロンが二度目のフリーズ。そして、イルティナ、メナド、ランティス、フローグの四人が「ああ、それで」と言いたげな視線を、紅葉に至っては「まさか!?」という、責めるような視線を揚羽へと向けた。それらから逃げるように、揚羽は無言でそっぽを向く。


 そんな中、なにやら神妙な顔を浮かべたザッツが狩夜へと近づき、上から覆いかぶさるように右腕を狩夜の首にかけた。次いで、ひどく落胆した様子で口を開く。


「残念だよ……兄ちゃん……」


「え? なにが?」


「俺のライバルが、パーティメンバーを美女で固めて鼻の下を伸ばす、ハーレム野郎だったなんて」


 次の瞬間、狩夜のこめかみに青筋が立った。そして、敏捷重視のハンドレットサウザンドの身体能力をフル活用し、ザッツの拘束から脱出。一瞬後にはザッツの背後を取り、その首を締め上げていた。


「いつぞやの意趣返しかなぁザッツくぅん!? 兄貴分に対していい度胸だこんにゃろう! お仕置きじゃー!」


「ぎゃーす!? だって、見たまんまのハーレムパーティじゃんかさぁ! しかも面子が、アゲハ・ミツキ! レアリエル・ダーウィン! カロンの三人とか! 世界有数の美女を三人まとめてなんて茶化したくもなるよ! 月のない夜に後ろから刺されかねないから気をつけたほうがいいよ兄ちゃん!」


「そんな考えこれっぽっちもないわボケー! それにレイラは【編成自在型】だ! 二人がどうしても嫌だって言うなら、今すぐにだってパーティメンバーからは外せるんだよ!」


「うえぇ!? 編成自在型ってマジ! それってギルマスたちがテイムしてる、グリーンビーの女王蜂と同じ――って、だからって女の人の頭に花を挿すってのはさぁ!?」


「って言うか、ハーレムパーティうんぬんと茶化されたことよりも、上から覆いかぶさられたことの方が気に入らない! 今は自分の方が大きいぞっていう自慢かごらー!」


「それは誤解だー!」


 未婚の女性の頭に、男性が自らの手で花を挿す。


 この行為が、異世界イスミンスールでなにを意味するのかを知らない狩夜は、自分がしでかしたことの重大さに気づくことなく、低身長というコンプレックスを盛大に刺激してくれた弟分とじゃれ続ける。


 そんな狩夜のすぐ横で、レアリエルとカロンが「なんで私たちを放置して遊んでんだこいつは?」とばかりに、爆発寸前の火山の如くプルプルと震えはじめた。それを見て取ったフローグが、これはまずいと狩夜に歩み寄る。そして、もう公表しても構わないと以前言われた、とある事実を口にした。


「あー……あれだ。そろそろここにいる者たちぐらいには教えてやってもいいんじゃないのか? 五代目勇者と異世界人」


 突如として叩きつけられた、あまりに重すぎる情報。


 狩夜、フローグ、ランティスの三人を除く、この場にいるすべての人間が、あらゆる感情と思考を手放し、時間が止まったかのように放心した。

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