239・そのころ女性陣は―― 下
「しぃ!」
エムルトのほど近く。かつて『人と魔物のものが入り混じった絶叫が、絶えず上がり続けている』とされていた頃の希望峰を知る者からすれば、信じられないほどに穏やかな環境となったその場所に、女性のものと思しき裂帛の気合が響く。
その声の出どころには、褐色の肌と銀色の長髪を持つ、木の民の姿があった。高身長かつ起伏に富んだその肢体に、ライダースーツのように体に張り付く緑の服を纏い、魔物の皮で作られた腰巻と、胸当てで武装している。
彼女の名は、イルティナ・ブラン・ウルズ。
ウルズ王国の第二王女であり、テンサウザンドの開拓者でもある彼女は、今まさに眼前の魔物へと、両手で握る青銅の剣を叩きつけんとしていた。
相対する魔物はラビスタン。
ユグドラシル大陸全土に生息し、その固有スキルの有用性から、テイムモンスターとして特に人気の高い魔物、ラビスタ。その上位種である。
ラビスタンは、真上から自身に迫る攻撃を――テンサウザンドの開拓者が振るったにしては遅い、明らかに抜いた斬撃を、右へのサイドステップでかわす。次いで、着地と同時に饅頭のような体を屈め、イルティナへと飛び掛かろうとした。
が、そこで横槍が入る。
「させません!」
ブランの木の民の特徴である褐色の肌と、銀色の髪。そして、イルティナとほぼ同じ服と皮鎧で武装した女性、メナド・ブラン・シノート。
イルティナの従者兼パーティメンバーである彼女が、青銅の短剣を投擲。ラビスタンの出鼻をくじいたのだ。
当てようと思えば当てられたであろう短剣が、目の前の地面に突き刺さったことに驚いたラビスタンは、攻撃を中断。慌ててバックステップを踏み、イルティナから距離をとる。
直後、攻め気を緩めないラビスタンは「これならどうだ!」と言わんばかりの眼光でイルティナを睨みつけながら、全身を発光させる。
ラビスタン。その名前の由来でもある電撃。光属性の状態異常攻撃の予備動作。
それを見て取ったイルティナは、自身とラビスタンの対角線上に青銅の剣を地面に突き立て、一歩後退。空中を疾駆した紫電に対する避雷針とした。
「――っ!?」
目標に当たることなく、母なる大地へと吸い込まれていった切り札を、息を飲みながら見送るしかないラビスタン。ほどなくして体の発光が止み、全身が硬直した。
技後硬直。
大技を放った後に訪れる、不可避の隙。致命の瞬間。
勝敗を決する絶好の好機を前にして、イルティナとメナドは次のように叫んだ。
「今だ! やれ!」
「ネルさん! 今です!」
「はあぁぁあぁあぁ!!」
二人の声に促され、後ろに控えていた最後のパーティメンバーが、雄叫びを上げつつ前に出た。
フルプレートメイルに、長大な
体に大穴の空いたラビスタンは、即座に絶命。物言わぬ肉塊となった後、突撃槍が横薙ぎに振るわれると同時に地面を転がった。
「ふぅ……」
無事に戦闘が終わり、安堵の息を吐く重戦士。顔の全面を覆う鉄兜から漏れ出たそれを聞き取ったイルティナが、ラビスタンの回収をメナドに任せ、口を動かしながら歩み寄る。
「よい動きだったぞ、ジャンルオンふじ――失礼、ジャンルオン女史。戦いにも大分慣れてきたようだな」
「あ、はい。姫様。いつまでも無様を晒していては、夫に叱られてしまいますから」
ネル・ジャンルオン。
その名前と、イルティナが言いかけた夫人という敬称からもわかるように、木の民の英傑、“年輪” のギル・ジャンルオンの妻であり、“七色の剣士” ジル・ジャンルオンの母である。
息子の墓参りにとティールを訪れた際に、ジルが残した『主人待ち』状態であった怪鳥ガーガーのテイムに成功。開拓の象徴を欲していた国王からの要請を受け、イルティナのパーティメンバーとなった。
パーティリーダーは、パーティの支柱たるテイムモンスターの主人が務めるのが開拓者の慣例である。しかし、ネルは様々な理由からリーダーを辞退し、イルティナの指揮下に入っていた。
今回の狩りは、開拓者になってまだ日が浅いネルに、ミズガルズ大陸に生息する魔物との戦闘経験を積ませる意味合いが強い。イルティナとメナドが戦いの最中に手心を加え、止めを譲ったのはそのためだ。
今は亡きギルが残した金属装備。かつてはジルが使い、今はネルが纏っているフルプレートメイルを除いたすべてを鋳溶かすことで造り上げた、鋼鉄の突撃槍。それに付着したラビスタンの血肉を拭いつつ、ネルは次のように言葉を続けた。
「ですが、お褒めの言葉は不要です。まだまだ力不足だということは、他でもないわたくし自身が痛感しておりますので。階級も、わたくしだけがいまだにサウザンド。姫様とメナドさんの援護がなければ、ラビスタン一匹倒せません。先のマーダーティグリスとの戦いでも、〔
「むぅ……ジャンルオン女史、気持ちはわかるが、焦るな。ソウルポイントによる強化は必ず報われる。いずれ、貴殿の努力に見合った実力が――」
「いいえ……いいえ! このような体たらくでは、かの “邪龍” を打倒し、夫の仇を取ることなどできません! さあ、姫様! 次の魔物を狩りに参りましょう!」
そう言って、夫が残した装備と、息子が残したテイムモンスターを受け継いだ未亡人は歩き出す。国の英雄を射止めた美貌を鎧の中に押し込め、心すら武装したネルの背中を、イルティナとメナドは困った顔で見つめた。
そして、彼女らは気づかない。
戦場から離れた安全な場所で待機を命じられ、終始戦いに関わることのできなかった怪鳥ガーガーが、ユグドラシル大陸では指折りの戦闘力を持つ魔物が、寂しげな視線を向けていることに。
●
「うあぁぁあぁん! また失敗したぁあぁぁあぁ!」
城塞都市ケムルト西部。
ヴァンの巨人との死闘。その傷跡が色濃く残る地に、誰もが聞き惚れるような美声が響き渡る。
その発信源は、膝まで届く白髪をツインテールにまとめ、スレンダーな体にアイドルのステージ衣装を彷彿させるミニスカワンピースを纏う、一人の美少女であった。
レアリエル・ダーウィン。
“歌姫” の二つ名を持つ、テンサウザンドの開拓者兼アイドルである。
やけくそ気味に叫びながら、レアリエルは一目で走鳥類系の風の民とわかる発達した鳥脚を振りかぶる。そして、つい先ほどまで優しい声色で語りかけていたダンゴ虫型の魔物、ローリーポーリーを豪快に蹴り飛ばし、遥か彼方の新天地へと強制移住させた。
「どうして……どうして何度やっても、魔物の再テイムができないのさぁあぁぁあぁ!?」
精霊解放遠征でテイムモンスターが死亡し、ソウルポイントの吸収と、白い部屋での自己強化手段を失った彼女は、開拓者としての活動を再開するべく、日々魔物の再テイムに勤しんでいた。
しかし、本人のやる気に反して、成果は芳しくない。失敗に失敗を重ね、もう選り好みしている場合じゃないと、今回は見た目的にちょっとあれな魔物にテイムを試みたわけだが、結果は御覧の通りであった。
「これじゃ、カリヤとの差が広がる一方だし、他の皆にも置いてかれちゃうぅううぅぅ!」
先日異性としての好意を自覚した喧嘩友達の名前を口にしつつ、次なる魔物を探してレアリエルはひた走る。
彼女にも参加要請がくるであろうギャラルホルンへの遠征。はたしてレアリエルは、それまでに魔物を再テイムすることができるのであろうか?
●
「な、なぜ私がそのようなことをしなければならないのです! もっと他に適任者がいるでしょう!? 私が選ばれた理由を述べなさい!」
エムルトに用意された宿泊施設。その一室に突然呼び出された一人の女性が、動揺と怒り、そして、羞恥を感じさせる声を響かせた。
その声の主は、真紅の髪を後頭部でシニヨンにし、赤を基調とした露出過多なチャイナドレスに、巨大にすぎる乳房を無理矢理押し込んだ、極めて自己主張の激しい目もくらむような美女であった。
ドラゴニュートの証である紅玉の如き二本の角。それを眉間から伸ばす彼女の名はカロン。“爆炎” の二つ名を持つテンサウザンドの開拓者であり、火の民の王族に名を連ねる者だ。
そんな彼女の怒声に怯むことなく、三国合同視察団の一人としてエムルトへとやってきた、黒曜石の角を生やした火の民の男は、次のように口を動かす。
「姫様、声をお控えください。誰が聞き耳を立てているかもわからぬのですから。理由は貴方様もおわかりでしょう? 相手が悪すぎるのです。フヴェルゲルミル帝国の至宝、アゲハ・ミツキ。彼女と身分的にも、容姿的にも釣り合い、実力行使に出た際に抵抗できる者が、姫様を措いて他にいないのです」
「むぐぅ……」
「我々火の民は、現在光の民の庇護下にあります。王族と言えば聞こえはいいですが、ミーミル王国の国政には大きくかかわれず、種族としての象徴としての意味合いが強い。此度の時勢は、そんな我々が国土と主権を手にする絶好の好機なのです」
「し、しかしですね!」
どうにかしてこの状況を打開しようとするカロンであったが、火の民の男は取り合わない。感情を一切感じさせない声色で言葉を紡ぎ続け、再度カロンに無理難題を突きつけた。
「もう一度申し上げます。『その体と、あらゆる甘言を用いて、カリヤ・マタギを篭絡し、傀儡とせよ』。これは王命にございます」
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