237・更に先へ
「ビフレストの完成によって、誰もが安全に。そして、自由かつ平等にユグドラシル大陸とミズガルズ大陸を行き来できるようになった。大開拓時代の完全復活ですね」
スミス・アイアンハート、エムルト支店。その壁にある窓から外を見つめつつ、金髪をオールバックにした長身骨太の美男子がこう呟いた。
名を、ランティス・クラウザー。第三次精霊解放遠征の司令官を務めた、“極光” の二つ名を持つ光の民の開拓者である。
彼の視線の先には、エムルトの町中を歩く多くの人々の姿があり、皆一様に笑顔を浮かべていた。
【厄災】から数千年、ついに訪れた絶望の時代。それを打ち砕くべく、一人の少年が始め、次第に集まった多くの仲間と共に成し遂げた大事業。その一端を担うことができたことを誇らしく感じているのか、ランティスは微笑を浮かべ、僅かに胸を張った。
「そうだな。大開拓時代の復活により、人類は希望と、他大陸開拓の情熱を取り戻した。だが、戻しただけで満足していては話にならん。俺たちは、更に先へと進まなければならない」
ランティスの言葉を引き継ぐように口を動かしたのは、緑と白ではっきりと色分けされた体を持つ、身長一メートルほどのカエル男。
彼の名はフローグ・ガルディアス。世界最強の剣士にして、“流水” の二つ名を持つ、水の民の開拓者だ。
壁に寄りかかりながら腕を組むフローグが、頭から飛び出した眼球で壁越しに見つめるのは東。ミズガルズ大陸の最深部。かつて光の民の首都が存在したとされる場所。黄金の龍の縄張りだ。
“邪龍” ファフニール。
ミズガルズ大陸を数千年単位で支配し、莫大な量のソウルポイントと、数多の財宝を独占する、魔王の一角。
このファフニールを打倒し、光の精霊を解放することが、フローグたち開拓者の――否。この世界、イスミンスールに生きる全人類の、至上命題である。
「希望峰のようにユグドラシル大陸の水の力で――というわけにはいかん。ミズガルズ大陸の深部にむかって水道橋を伸ばすのは、技術的にも、水量的にも、環境的にも難しい」
希望峰と同じようにはいかない。そう断言したのは、厳つい顔から腹部にまで届く立派な髭を生やした、岩石のような体つきの男。
スミス・アイアンハート店主、ガリム・アイアンハート。当代随一の鍛冶師にして、“鉄腕” の二つ名を持つ地の民の開拓者である。
ガリムが言うように、ミズガルズ大陸の深部を目指して水道橋を延長し続けるのは非現実的だ。標高は確実に上がり、水は高きには流れない。なにより、テンサウザンド級の魔物が跳梁跋扈する環境での水路建造など不可能だ。遠距離攻撃手段を持つ魔物に、工夫もろとも破壊されるのが落ちだろう。
弱肉強食という言葉すら生温い蠱毒壺。一瞬の油断、一つの判断ミスが命取りとなるこの世の地獄。真なる
ユグドラシル大陸に最も近く、仮設水路から水を吐き出すことで魔物を追い払うことができた希望峰とは、なにもかもが違うのである。
「ミズガルズ大陸開拓のための移動手段と拠点は、すでに最高のものができています。他に必要なものは、確かな実力を備えた多くの同志。そして――」
「其奴らを支える武器防具じゃな」
先に進むために必要なものは既にわかっているとばかりに、ランティスとガリムは口を流暢に動かした。そして、フローグもまた言葉を連ねる。
「カリヤが支配者権限で東門に通行規制を敷いたことで、開拓者のパーティ構成には変化が生じるはずだ。具体的には、パーティメンバーの一人を『
ユグドラシル大陸とミズガルズ大陸とでは、魔物を倒した際に手に入るソウルポイントに、天と地ほどの差が出る。そのため、生き急ぎ、手っ取り早く強くなろうとした『
その、命の危険と隣り合わせの自己強化手段が、今回の規制により、事実上不可能となる。
ならばどうする? 少しでも早く強くなりたいという気持ちを心の奥底に押さえつけ、ユグドラシル大陸で一年から二年活動し、開拓者の正道とされる方法で『
答えは否。
開拓者として非常にわかりやすい成功例。新たな支配者の誕生と、ビフレストの完成を目の当たりにした彼らは、我慢の下積み時代をよしとはしない。フローグが言うように、パーティメンバーに『
幸か不幸か、第三次精霊解放遠征が失敗したことで、テイムモンスターを失った無所属の『
『
「熟練の開拓者がパーティメンバーにいるのはいいことですね。彼らが新人を指導することで、狩りの効率は上がり、死傷者の数は大幅に減る」
「欲望と打算だけで構成されたにわかパーティや、ハーレムパーティも、少しは減るかのう」
第三次精霊解放遠征に参加し、生き残った開拓者は、誰もが思っていた。
このままでは、人類は魔物に勝てない。
開拓者の数も、質も、まったく足りていない。
自分だけでなく、後進も鍛えなければ。
そんな彼らにとって、今回の変化は好都合といえる。諸手を上げて歓迎し、それを受け入れることだろう。
かつてフローグが狩夜に語った、開拓者のありようの変化。それが、ビフレストの完成と、エムルトの新生を期に、表面化しようとしていた。
「希望峰に生息する魔物は目に見えて弱体化し、外堀はユグドラシル大陸の水辺と同じ安全地帯だ。以前と違い、戦闘時に水と聖水の大量投入もできる。この流れなら、俺たちがなにかせずとも、後進は育っていくだろう」
「となると、私たち『
「うむ。今度は金属装備を、自由かつ平等に、誰もが使えるようにするのが肝要じゃな」
ユグドラシル大陸は、世界樹が成長する過程でプレートから切り離され、根の上に取り残された海底の一部が海上にまで押し上げられた後、長い年月をかけて土砂が堆積することによって生まれた大地である。
そのため、生物資源こそ豊富だが、鉱物資源が非常に乏しい。
金属類は、種類を問わず大変な貴重品。その貴重品がふんだんに使われた金属装備は、国によって厳重に保管、管理されている。王族か、多大な功績を上げた一部の開拓者しか使用できないのが現状であった。
「誰もが金属装備を使えるようになれば、後進の成長速度は更に上がるな。だが、どうする? ユグドラシル大陸に僅かに存在していた鉱山は、掘り尽くされて久しいぞ。当てはあるのか?」
「ある。そうじゃな、ランティス?」
「はい。光の民に伝わる伝承。【厄災】以前、多量の鉱物資源を産出していたという鉱山が、ここからそう遠くない場所に一つ」
ランティスからの返答に目を丸くするフローグ。次いで、こう言葉を返した。
「ふむ、ありがたい話だが、そんな伝承がよく数千年も残っていたものだな。こういう言い方をしては語弊があるが、たかが鉱山だろう?」
「ユグドラシル大陸からもはっきり見えますからね。ある意味、希望峰よりも身近な存在です。郷愁もあって忘れられなかったのでしょう」
「ああ、あの山か」
光の民の故郷であるミズガルズ大陸に存在し、全長二十キロメートルのケルラウグ海峡を間に挟んでもなおユグドラシル大陸からはっきり見える山となれば、もはや一つしかない。
「屈強な魔物たちの脅威に晒されながらの採掘作業は不可能であると、長らく放置され続けてきましたが、最大の懸念であった “落ち目殺し” はすでに打倒され、今は彼らがいますから」
鉱石の採掘作業は、膨大な費用と労力に加え、長大な時間が必要になる大事業である。平時ですら困難を極めるそれを
その難易度は、恐らくビフレスト建造の全工程をも上回る。技術面では水道橋の方が上だが、危険度の桁が三は違うからだ。
だが、この場にいる三人には、その集団自殺に等しい大事業を、実現可能な難易度にまで下げ、必要な費用と労力を大幅に削減し、かかる時間を劇的に短縮する心当たりがあった。
フヴェルゲルミル帝国に存在する鉱山都市、ギョッル。そこで放置されていた廃坑と、巨大な岩山を一晩で消失させ、大穴まで開けて見せた、とんでもない心当たりが。
「ごめんくださーい。ガリムさんいますかー? 狩夜でーす。入ってもいいですかー?」
噂をすれば影が差す。
絶妙のタイミングでやってきた、そのとんでもない心当たりを、ガリムは迷うことなく招き入れる。
「おう、きたか小僧! 閂はかけとらん! 入れ入れ!」
「お邪魔しまーす。ガリムさん、大事な話って――あれ? ランティスさんとフローグさんもきてたんですね?」
許しを貰い、頭上のレイラと共に店内へと足を踏み入れた狩夜は、思いがけない先客の姿に目を丸くした。そんな狩夜に歩み寄りながら、ガリムは回りくどい話は無しだとばかりに、自身の要求を口にする。
「単刀直入に言うぞ小僧! 近日中におこなわれる予定の遠征に、そのちっこいのと一緒にお主も参加してくれんか! 目的地は、ここから北北東に進んだ場所に存在する天山とも称される死火山! 【ギャラルホルン】じゃ!」
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