236・通行規制
「ええ! 通れないって、なんでだよ!」
待ち合わせ場所に向かう途中、東門の前を通りかかると、なにやら言い争う声が狩夜の耳に届いた。
足を止め、そちらへと顔を向ける。すると、光の民の男性開拓者二人と、テイムモンスターと思しき子熊を抱える光の民の女性開拓者一人で構成された三人パーティ。そして、そんな彼らの前に立ち塞がる、武人然とした火の民の男性の姿が目に飛び込んできた。
「村、町、砦、関所等に自由に出入りできて、通行料等が全面的に免除されるのが開拓者の特権じゃねーか!」
「このギルドカードは本物です。確認してください」
世界樹を模したマークが焼印された木製のカードを手に、喧嘩腰に詰め寄る光の民の男性開拓者二人。そんな彼らに対し、火の民の門番。隻腕、義足のドラゴニュートは、落ち着き払った声で、次のように答えた。
「確かにそれは、八種の民すべての王の連名にて制定された開拓者の特権である。しかし、その効力は三国の国内限定であり、盟約書に署名していないカリヤ・マタギ殿には関係のない話だ。『東門を通ることができるのは、サウザンド以上の開拓者がパーティ内にいる者だけ』と、この町の法で厳しく定められている。お主らはテイムモンスターを含めて全員が『
穂先が鉄でできた槍。強者の証たる金属装備を持つ者に、高レベルの〔鑑定〕スキルと思しき光を帯びた両目で威圧されるように見据えられつつ「お前たちでは力不足だ」と断言され、喧嘩腰だった光の民の男性開拓者たちの腰が盛大に引けた。
その後、彼らは目を高速で泳がせながら、震える唇でこう告げる。
「そ、そんなのありかよ……」
「か、カリヤ・マタギは、我々と同じ光の民でしょう! 王のご意思に逆らってもいいのですか!?」
「この地においてはカリヤ殿こそが王。発言のすべてが是である。それが支配権を得るということだ。カリヤ殿は、旧エムルトのようにここを野戦病院にする気はないらしい。ファフニールに敗れ、死にかけていたところを治療してくださっただけでなく、片腕と片足、仲間と開拓の情熱を失った吾輩を門番として雇い入れてくれた恩もある。通すなと言われた以上、絶対に通さぬぞ」
「ぐ……」
「この東門を今すぐに通りたいと言うのなら、サウザンド以上の開拓者がいるパーティと『レギオン』を組むといい。さすれば、新たな冒険へと向かうお主らの背中を、敬意と共に見送ろうではないか」
「いや、サウザンド以上でベアをテイムしている開拓者の知り合いなんていねーし……」
光の民の男性開拓者の一人が、困ったように右手で頭をかく。すると、今まで黙っていた光の民の女性開拓者が、怯えた様子で口を動かした。
「ねぇ、もう諦めようよ。二人の勢いに負けてここまでついてきたけどさ、私たちにミズガルズ大陸は――
「うむ、そこな娘の言う通りだ。今やユグドラシル大陸の水辺並みにマナの豊富な希望峰周辺にしかたなく生息する魔物でも、今のお主たちより弱い魔物は一種類とて存在せぬよ。悪い事は言わぬ。やめておけ」
「っち。わーったよ。帰ればいいんだろ、帰れば」
「そうですね。今日のところは帰りましょう。ユグドラシル大陸でソウルポイントを稼いでいれば、僕らとレギオンを組んでくれるパーティが見つかるかもしれませんし」
「でもな、ミズガルズ大陸の開拓を諦めたわけじゃねーぞ。“邪龍” ファフニールを倒し、光の精霊を解放するのは俺たち『シャイニングベアー』だ。絶対またくるからな、門番のおっさん」
ある種の決意表明を最後に『シャイニングベアー』の三人は踵を返す。そして、町の西側に向けて歩き出した。そんな彼らの背中に向けて、火の民の門番は次の言葉を投げかける。
「うむ。強くなったお主らがこの門を潜るその時を、吾輩は楽しみにしているぞ」
この言葉に『シャイニングベアー』の三人は振り返ることなく、そして、門番とのやりとりを立ち聞きしていた狩夜の存在に気づくことなく歩みを進め、人込みの中へと消えていった。
一方、狩夜の存在に気づいていた火の民の門番は、『シャイニングベアー』を見送った後、意味深な笑みを狩夜へと向ける。狩夜は「お仕事ご苦労様です」と会釈し、待ち合わせ場所に向かって再び歩き出した。
ミズガルズ大陸の奥地へと向かう開拓者に、一定の基準を設け、死傷者の数を減らす。
これが、狩夜がエムルトの支配権を他者に譲渡しない理由であった。
●
「ただいまー」
ビンゴ大会で『居住区の優先借用権』を手にした(もしくはなんらかの方法で譲渡してもらった)七組の入居者たちの案内を終え、他のログハウスよりも二回りほど大きな自宅へと帰宅する狩夜。
すると、少女のものと思しき甲高い声で、次のように返答がある。
「おお、狩夜殿。お帰りなさいなのです」
その少女の声に導かれるように、リビングへと足を踏み入れる狩夜。すると、テーブルにつきながらお茶を飲む、童顔低身長の狩夜よりも、さらに小柄な月の民の姿が目に映った。
白を基調とした袖が無駄に長い着物と、ミニスカートを彷彿させる丈の短い黒の膝上袴を身に纏い、黒と白とが入り混じった髪から熊のものと思しき丸い耳を出す彼女の名は、大熊峰子。
かつて、フヴェルゲルミル帝国将軍、美月揚羽の
エムルトの支配権を得た狩夜が「なにをどうしたらいいのか、まったくわからない」と、パーティメンバーである揚羽に相談したところ「それなら良い人材がいる」と紹介されたのが、この峰子だ。
フヴェルゲルミル帝国でも、かなりの重要人物である彼女をエムルトに引き抜く際には、色々とあったのだが、要約すると――
「ついてこい峰子。良きに計らえ」
「はは! 御意のままに!」
である。
リアル良きに計らえ炸裂。ご隠居の権力、マジぱない。
そして、峰子の能力は優秀の一言であり、非の打ち所がなかった。お世辞にも広いとは言えず、税金と戸籍の管理がないとはいえ、エムルトの内政その全てを、ほぼ一人でこなしている。
そんな、デスクワーク全般を丸投げしている非常に有能な同居人に対し、狩夜は次のように声をかけた。
「峰子ちゃん一人? 揚羽は?」
「ご隠居様なら、三国合同視察団のお相手をいまだ継続中ですぞ」
「ああ、まだやってたのか」
狩夜が入居者の相手をしている一方で、揚羽は今朝到着した三国合同視察団なる集団の相手をしていた。
要するに、ウルズ王国、フヴェルゲルミル帝国、ミーミル王国の三国が、合同かつ抜き打ちで、ケムルトという人類の新たな版図を視察にきたのである。
その相手を自ら買って出たのが揚羽。この上ない適任である。フヴェルゲルミル帝国の元将軍。更には超聴覚を持ち、相手の嘘を見抜くことができる揚羽は、視察団にとって非常にやりにくい相手であろう。
「現状のエムルトが『人が住める環境』なのか判断し、各国の重鎮たちが国として認めるか否か。 小姑の如く重箱の隅をつつき、粗を探しているでしょうからな。時間がかかるのですぞ」
「……認めてもらえるかな?」
「そこは大丈夫なのです。エムルトは誰の目から見ても、ソウルポイントで強化されていない普通の人間が、恒久的に暮らせる場所なのですぞ。むしろ、これでダメならどうしろと?」
「それは確かに」
狩夜が大きく頷くのを見届けた後、峰子は湯飲みに残ったお茶を一気に飲み干した。次いで、四枚の紙を狩夜に差し出してくる。
「狩夜殿。これはアルカナ殿から渡された、エムルトでの酒、薬類の販売。及び、娼館経営の許可を求める嘆願書。それと、商業地区にある物件の貸し出し申請なのです。問題がなければ、署名をお願いするのですぞ」
峰子の言葉に、狩夜が非常に渋い顔をした。次いで言う。
「……薬やお酒はともかく、娼館? 峰子ちゃんも目を通したんだよね? これ必要?」
「言いたいことはわかるですし、月の民である小生としては問答無用で却下したいところなのですが、為政者としては必要だと言わざるを得ないのですぞ。それに、禁止したところで、あの色狂いたちは絶対に潜り込むのです。ならば、きちんと法を整備し、ちゃんとした職場を与えたほうが、後々問題にならないのですぞ」
「…………なるほど」
いつぞやかにアルカナが口にした言葉がある。
戦いで傷つき、疲れた男が求めるものは、酒と女である――と。
それは一つの真理なのだろう。ゆえにいつの時代も、酒場と娼館はなくならないのだ。
狩夜は長い長い溜息を吐いた後「娼館の経営許可証にサインをした事のある中学生は、有史以来何人いるのだろう?」と、胸中で呟きながら、四枚の書類に自らの名前を書き込んだ。
「はい、確かに。そしてこれは、狩夜殿が署名をした後に渡してほしいと頼まれていた預かりものですぞ」
峰子から差し出されたソレは、手作り感あふれる娼館の無料回数券。その分厚い束だった。
指名する相手の名前を書き込む場所があるのだが、そこにはすでに『アルカナ・ジャガーノート』の名前が書き込まれており、真紅のキスマークがついている。ちなみに、有効期限は無制限。
「捨てるのも、自分で使うのも、誰かにあげるのも無理だ……これを僕にどうしろと?」
「死蔵でもしておけばよいのでは? ああそれと、ガリム殿のお弟子さん、その一人から言伝なのです。商業地区のスミス・アイアンハート、エムルト支店に、時間があるときに顔を出してほしいと。ガリム殿から大切な話があるとか」
「ガリムさんから? わかった。今からちょっといってくるよ」
「狩夜殿は偉いのですから、話があるならそっちがこいと言ってもよいのですぞ?」
「僕の柄じゃないよ。それじゃ峰子ちゃん、留守番よろしくね。いってきます」
「いってらっしゃいなのですぞー」
娼館の無料回数券を上に放り投げ、レイラの体内に保管しつつ、狩夜は帰宅早々自宅を飛び出し、スミス・アイアンハートへと向かった。
自身の家がある喜びと、その家で「お帰りなさい」と迎えられ「いってらっしゃい」と見送られる喜びを感じながら。
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