235・開拓者の町エムルト
「ここが、わたくしたち『不落の木守』の新しい拠点ですのね!」
腰にまで届く金髪ロングヘアを持つ木の民の少女。盾役のリース・シュッツバルト。
「ん。東門からも、開拓者ギルドになる予定の建物からも近い一等地」
褐色の肌を持ち、銀髪を肩上のセミロングにした『ブラン』の木の民。弓使いのレイリィ・ブラン・グラナディラ。
「あたしたちとザッツンの愛の巣だね!」
お堅いと定評のある木の民にしては珍しく、柔軟性に富んだ思考と真紅の髪を持ち、その髪を三つ編みにしたうえでお団子にまとめた少女。棒術使い、ルーリン・カルタムス。
「おいこらルーリン! なに人聞き悪いこと言ってんだお前は! これはパーティホームだ! パーティホーム!」
そして、パーティ『不落の木守』のリーダーであり、レイリィと同じ『ブラン』の少年。“双剣” の、ザッツ・ブラン・マイオワーン。
年相応の笑顔を浮かべながら、年不相応の話題できゃいきゃいと騒ぐ四人組。そんな彼らを生暖かい目で見つめながら、童顔、低身長の少年が、次のように口を動かす。
「はいはい。いちゃつくのは個々人の自由だけど、できれば僕が見てないところでやってね」
叉鬼狩夜。
長袖のハーフジップシャツと、トレッキングパンツを身に纏う、見た目小学生の中学生。現状三人しかいないハンドレットサウザンドであり、“
そんな彼の頭上には、不可思議な植物が腹這いの体勢で寝そべっている。
人の形をした茶色の根と、左右に伸びる二枚の大きな葉っぱ。三十センチほどの大きさで三頭身。手足に指はなく、顔に当たる部分に本来植物には存在しないはずの目と口を備えた彼女こそが、世界樹の種をその身に宿す救世の勇者にして、狩夜のパートナー。マンドラゴラのレイラである。
彼らが今立っている場所は、ミズガルズ大陸の西端、希望峰。人類の新たな版図となったその地の上に築かれた町、新生エムルトの居住区であった。
「お兄様、こんな素敵なお家を無償で貸して頂いて、本当にありがとうございますですの」
育ちの良さと、兄貴分に対する敬愛の念を感じさせる動作で深々と頭を下げてきたリースに対し、狩夜は「お礼はいらない」とばかりにぱたぱたと手を振った。次いで言う。
「その言葉は、僕じゃなくてルーリンに言ってあげなよ。ビンゴ大会で三番目にあがって『居住区の優先借用権と、三カ月間家賃無料』をゲットしたのはルーリンなんだからさ」
「えらい。よくやったルーリン」
「やった、レイリンに褒められた」
虹の橋・ビフレスト。
ケルラウグ海峡を横断する水上橋にして、水道橋でもあるこの橋の完成を祝して狩夜が企画したビンゴ大会。その三等から十等までの景品が『居住区の優先借用権と、三カ月間家賃無料』であったのだ。
参加者の多くが目を血走らせながらビンゴカードを凝視し、主催者の意図に反して殺伐とした雰囲気で進んだこのビンゴ大会で、ルーリンは見事三番目であがり、他者に先んじて開拓の最前線たるエムルトに拠点を設ける権利と、どの家に住むかを真っ先に選べる権利を獲得したのである。
ビフレスト建造のために切り開いた森。その際にできた木材を有効活用して建築されたログハウス群の一つを見つめながら、狩夜は言う。
「それじゃ、今日からこの家は君たちのものだ。でも、あくまで貸しているだけだからね? 無料期間が終わったら毎月家賃は払ってもらうし、ザッツ君たちにこんなことを言いたくはないんだけど――」
「俺らが死んだり、行方不明になって家賃を払えずに一ヶ月経過したら、契約が切れてこの家に住む権利を失うってんだろ? わかってるよ」
「……うん。エムルトは、良くも悪くも開拓の最前線で、開拓者の町だからね」
言いにくいことを引き継いでくれたザッツに感謝しつつ、狩夜は頷いた。
エムルトの中にある建築物は、商業区も居住区も、すべて狩夜とレイラが自前で建てた賃貸物件である。そして、居住区の物件は、サウザンド以上の開拓者でなければ借りることはできない。
これは、ミズガルズ大陸での活動拠点を、前途有望な開拓者に優先的に提供するため。そして、住人が死亡した際に、遺族とのやりとりを簡略化するための処置だ。死ぬ時は実にあっさりと死ぬ開拓者の遺族と、持ち家だの、土地の権利だので揉めたくないのである。
以上の理由から、エムルトには定住民が存在しない。その代わりといってはなんだが、エムルトには税金の類が一切ない。『そういったものは、すべて家賃に含まれています』ということになっている。
――って言うか、税金とか、徴収方法とか、よくわからないし。
家賃さえ払うなら、好きに暮らして、好きに商売をして、好きに開拓をしてくれ。でも、勝手に家を建てるのと畑を造るの。殺しと盗みと詐欺。それと、水を汚すのだけはかんべんな。
開拓者の特権。『開拓者が魔物に支配された土地を開拓し、そこに人が住める環境を構築した場合、開拓者はその開拓地の支配権を得る』により、エムルトの支配権を得た狩夜が敷いた法の一つ。それがこれであった。
税金だの、戸籍だのに頭を悩ませる暇があるのなら、ミズガルズ大陸の攻略に集中したいというのが、狩夜の偽らざる本音である。むしろ、他の誰かにこの地の支配権を譲渡したいとすら考えているのだが、とある理由からそれはできずにいた。
「それじゃザッツ君、僕はこれで。次の入居者さんを案内しなきゃいけないから」
「わかった。これからもよろしくな、兄ちゃん!」
「うん、こちらこそ」
こう言って踵を返し、ビンゴ大会で四番目にあがった入居者との待ち合わせ場所に向かう狩夜。背後から「よしラビーダ、運んできた家具を出してくれ」というザッツの声が聞こえてくる中、黙々と歩みを進める。すると、人類の新たな版図を一目見ようと、遠路はるばるエムルトへとやってきた多くの人々と擦れ違った。
片道二十キロにもなるビフレストを渡ってきた直後だというのに、彼らの顔は皆笑顔である。夢物語のような大事業を成し遂げたことと、大開拓時代の復活を再度実感しながら、狩夜は改めてエムルトの町並みを観察した。
ビフレストの水道橋は、真西に向かって鋭角的に伸びる岸壁の先端に。水上橋は、岸壁の南側に形成された岩礁地帯に繋がっている。
岸壁は先端が最も高く、そこからなだらかに下りながら内陸、そして、岩礁地帯へと続く。アンドヴァリ大瀑布から運ばれたユグドラシル大陸の水は、その上に造られた水路を通ることでエムルトの町中へと流れ込み、隅々にまで過不足なく行き渡った後、ビフレスト完成後に防壁の外側に掘られた長大な外堀を経由した後、海へと流れ込む。
エムルトとミズガルズ大陸深部を隔絶する防壁は、最終工程の際に即興で組み上げられた粗雑なものとは似ても似つかない立派なものだ。とっかかりの一切ない長方形の滑らかな石を、見上げるほどの高さにまで積み上げた質実剛健な仕上がりとなっている。
その防壁には、東門と呼ばれる唯一の出入り口があり、平時には外堀を渡るための橋、有事の際には東門を閉ざすための壁となる、木製の跳ね橋が設置されている。
町の東側が居住区で、西側が商業区。その中間地点に開拓者ギルドができる予定なのだが、職員どころか誘致の返事すらまだ届いていないので、建物だけでまだ機能していないのが現状である。
建物は基本的にごつい丸太のログハウスであり、道路は石畳。
それが、前線基地エムルト改め、開拓者の町エムルトの全容であった。
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