第七章・魔剣編

234・第七章プロローグ とある鍛冶師の恋

 極上の素材との邂逅。そして、その素材を用いた武具の作成。


 それは、鍛冶に人生を捧げた者にとって共通の夢であり、至福の瞬間であると言える。


 その男は、全鍛冶師垂涎もののそれを、師の補助という形ではあったが、確かに味わっていた。


 灼熱の工房内で汗だくになりながら、ただ黙々と大金槌を振るい、師がやっとこを使って握る素材へと叩きつける。


 辛くはない。


 苦しくもない。


 体には力が漲り、心は歓喜に満ちている。


 鉄や銅はおろか、錫や鉛ですら自由に扱うことができなくなって久しいこの世界で、生きているうちにこれほどの素材と巡り合える鍛冶師が何人いよう?


 自分は幸せ者だと、心の底から思った。


 この人に師事してよかったと、過去の出会いに感謝した。


 この素材を持ち込んでくれた開拓者に、惜しみない賛辞を贈った。


 両親と地精霊ノーム。そして、世界樹の三女神に対し、自分という存在をこの世に産み落としてくれてありがとうと、真摯に頭を下げた。


 決して信仰心が強い方ではなかった男。そんな彼の人生観を変えてしまうほどの力を、その素材は秘めていたのだ。


 大金槌を振り上げながら、男は思う。


 自分という人間は、この素材と出会うために生まれてきたのだ――と。


 大金槌を振り下ろしながら、男は願う。


 時よ止まれ。どうかこの時間が永遠に続きますように――と。


 少しづつ形を整えていくその素材を、歴史に名を刻むであろう名剣へと姿を変えていくそれを、慈愛の眼差しで見つめながら、男は大金槌を振り続ける。


 この日、一人の鍛冶師が、人ならざるものに恋をした。

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