233・第六章エピローグ 虹の橋

 ペシペシペシペシ!! ペシペシペシペシ!!


「あ~、だからごめんって! 何度も何度も謝ってるでしょ!? もうそろそろ許してよ! 皆こうして生きてるんだからさ!」


 かの者との戦いが終わった後に狩夜を待っていたのは、置いてけぼりにされた相棒からの熱烈な歓迎であった。


 負傷した者の治療。かの者との戦闘で破損した水路の修復。中断していた水上橋と水道橋の建造再開。それらをおこなう傍ら、丸一昼夜狩夜の頭部に見舞われ続けたレイラのペシペシ乱舞。


 レイラは「よくも私を置いていったな! よくも私との繋がりを切ってくれたな!」と言いたげな顔で、狩夜の頭をペシペシ、ペシペシ。右手と左手でペシペシ、ペシペシ。ただひたすらに、ペシペシ、ペシペシ。


 振り払うほどではないが、無視するには辛い。そんな絶妙の力加減で振るわれる相棒の肉体言語を甘んじて受け止めながら、狩夜は「ごめん、ごめん」と謝罪の言葉を重ね続けていた。


「それぐらいにせぬかレイラ。旦那様が困っておろうに」


「おーい、先生。せんせーい! ……なんであんなところで黄昏てんだろ?」


「また借りが増えた……」


「フローグの奴はいったいどうしたでやがりますか?」


「さあ? ランティス、何か知っているのなら答えなさい」


「それが、止めを刺したのがカリヤ君なのに、主の魂を吸収したのが自分だったことを気にしているみたいで」


「あらあら」


「あーそっか。カリヤの近くにレイラちゃんがいなかったから、フローグ君の方にソウルポイントがいっちゃったんだね」


「ミリオン級を打倒した際に獲得できるソウルポイントは、五億以上は確実じゃからな。気にもするか」


「胸をはれフローグ殿! そなたは我が国の英雄として、万人に誇れる仕事をした!」


 ケルラウグ海峡を横断する水上橋。すでに完成しているその橋の東端に、狩夜たち主要メンバー(一人黄昏ているフローグを除く)が集結していた。いや、主要メンバーだけじゃない。この大事業に参加した、すべての者たちの姿がある。


 彼らは一様に上を向き、水道橋の上で最終確認をしているイムルを見つめていた。そして、一人の少年が思い描いた夢物語が現実になる瞬間を、今か今かと待っている。


 ほどなくして――


「よし、堰板を外してくれい!」


「わかりました! レイラ!」


「……(コクコク)」


 イムルの声を聞いた狩夜が指示を出し、狩夜の頭を叩き続けていたレイラが両手を止め、頷いた。


 その後、正規の水路へと水が流れ込むのを防いでいた、レイラの体の一部である堰板が外される。


 正規の水路の堰板が外される一方で、仮設水路と繋がる分岐点の方には新たに堰板がはめられ、外堀に流入していた水が止まる中、正規の水路を通った水は、希望岬に造られた水路を勢いよく駆け抜けていった。


 当代随一の石工職人であるイムルが設計した水路は、流れ込んだ水を問題なく受け止めた後で幾度も分流。人々が祈るように見守る中、希望峰の隅々にまで、過不足なく水を届けて見せた。


 そして、希望峰を駆け抜けた水が、終点である海に流れ込んだのを見届けた後、イムルは、一世一代の大仕事をやり遂げた職人は、万感の思いと共にこう叫んだ。


「最終工程の完遂を確認! 水道橋、完成じゃ!」


 直後に爆発する大歓声。


 地の民の石工職人と工夫たちが感動に咽び泣き、開拓者が肩を組んで互いの労働と健闘を称え合う。小躍りする者や、両腕を天高く突き上げる者。魔物のいない海に服を着たまま飛び込む者もいた。


 人類の版図拡大。


 大開拓時代の復活。


 その瞬間に立ち会えたことに誰もが歓喜し、全身を使ってそれを表現している。当然狩夜もその一人であり、やり切った顔でこう呟いた。


「はあぁ……終わったぁ……人間やればできるもんだなぁ……」


「まだ終わっとらんぞ坊主。お前さんには、大事な仕事が残っとる」


「ふえ?」


 堰板ごと分岐点を塞ぐ作業を他の石工職人に任せ、水道橋の整備性向上のために等間隔で設置されている階段を下り、狩夜のもとへとやってきたイムル。彼の言葉に狩夜は小首を傾げ、次のように言葉を返す。


「イムルさん。残ってる仕事ってなんですか?」


「名前じゃよ。お前さんは、この大事業の発起人兼総責任者として、橋に名前をつけねばならんからな。正式な名前がついてこそ、本当の完成じゃ」


「あ、なるほど」


「このわし、イムル・ブロンズリバーの最高傑作でもあるからな! 良い名を頼むぞ! 例えば、お前さんの名前をそのまま使って『ブリッジ・オブ・カリヤ』とかどうじゃ!?」


「自分の名前とか絶対に嫌です! ちょっと待っててください! 今考えますから! えーっと……えーっと……」


 イムルの眼前で頭を悩ませること十数秒。納得がいったのか、狩夜は「よし!」と大きく頷いた。そして、いつの間にかイムルだけでなく、その場にいるほぼすべての人間に注目される中、狩夜は両手を広げながら水道橋を見上げ、その名を高らかに告げる。


「虹の橋・ビフレスト!!」





   ●





「新曲!『レインボーハート』聞いてください!」


 夜。


 希望峰に突貫工事で作られた木造の仮設舞台。その上で、レイラ謹製の虹をテーマにしたステージ衣装を纏ったレアリエルが、伴奏に合わせて舞い踊る。


 彼女の代表曲が終わった直後に告げられた新曲の発表に、ビフレストの完成を祝う宴会は、今まさに最高潮を迎えていた。


 先立つものがなく、水道橋建造に従事してくれた人々に賃金を払えない狩夜が、報酬の代わりにと企画したビンゴ大会。その準備が終わるまでの余興をお願いできないかとレアリエルに頭を下げ、快諾してもらえたのはいいのだが、完全に余興が本命を食ってしまっている。


 木製のビンゴマシーンを組み立てつつ、印刷機さながらの正確性でビンゴカードを量産するレイラ。そのすぐ横で、狩夜は破損したキルフーフの斧に『一等賞』の札を貼りつけながら、この後のビンゴ大会をどうやって盛り上げようかと苦心しつつ、舞台上のレアリエルへと視線を向けた。 


 舞台照明の代わりにと、レイラが出した光る花。満月の如きその光に照らされながら、レアリエルは歌い、踊る。そんな彼女は、かつてないほどに魅力的であり、幻想的であり、蠱惑的でもあった。


 “歌姫” レアリエル・ダーウィン。


 開拓の同志であり、喧嘩友達である彼女が、今をときめくトップアイドルであることを再確認しながら、狩夜は思う。


 ――うん。やっぱりレアは、泣いているより笑っているほうがいいな。


 粗雑で、小さなステージではあるが、彼女は今、とても楽しそうに笑っていた。それは観客も同様であり、皆の顔には希望の光が見て取れる。


 取り戻すことができた友人の笑顔。その中でも最上級のそれに、暫しの間見惚れていると、曲がサビに差し掛かった。狩夜は少しくらいならいいかと手を止め、レアリエルの歌に耳を傾ける。


「冒険をしているあの人は 胸に希望を抱いて♪ 不可能を可能にし 絶望や悲しみを 虹色に染めていく♪」


 おそらくは最後のサビ。観客たちの声援にも力がこもる。


 魔物との戦いとは別種の圧力に晒されているであろうに、レアリエルの笑顔が曇ることはない。むしろ更に輝きが増し、今という瞬間が楽しくて仕方ないとばかりに、更に声を張り上げる。


最愛の人ダーリン 君が私にくれたもの♪ それは永遠に輝く 恋という名の 私だけの宝物♪」


「うん?」


 ここで――そう、レアリエルが『最愛の人ダーリン』と口にした瞬間、視線が重なったような気がして、狩夜は目を見開いた。そして、曲が終わると同時に、“バチコーン★” という効果音がつきそうな、あざとくも可愛らしいとびきりのウインクが炸裂する。


 まるでそれが、自分だけに向けられたもののような気がして、狩夜が顔を赤らめる中――


『うおおぉぉおおおぉおぉ!!!』


 観客たち。特に、狩夜とレアリエルの対角線上にいた者たちが、狂ったように声を上げる。


「今レアちゃんが、オイラのことを見つめながら、ダーリンって呼んでくれたぞぉ!?」


「ふざけんな馬鹿野郎! 俺にだ! 俺に!」


「レアたんのウインクはボキュのものだー!!」


「……ああ、うん。そういうものだよね。皆そう思うよね、はは……はぁ」


 ――自分だけの視線に、自分だけのウインク。自意識過剰にもほどがあるだろ。ああ、恥ずかし。


「アイドル、恐るべし」


 一瞬思考を支配しかけた勘違いを振り払い、顔の火照りを冷ますべく、狩夜は頭を振った。そして「さあ、次の曲はもっと上げていくよ~!!」と、疲れを感じさせない声で観客を煽るレアリエルと、そんな彼女の呼びかけに応じ、更にヒートアップしていく観客たちを、感慨深い様子で見つめる。


 心折れ、自分ではダメだと涙を流していた少女が、満面の笑みで歌を紡ぎ続けている。


 絶望し、暗い顔で下を向きながら、もうおしまいだと嘆いていた人々が、熱狂して声を張り上げている。


 この光景は、どんな人間にも絶望から這い上がり、現状を打破する力が先天的に備わっているのだと、狩夜に確信させるには十分だった。


 ちょっとしたきっかけで、良くも悪くも人は変わる。他でもない、狩夜がそうであったように。


 人という生き物は、不統一で、不確かで、不安定だ。


 人間は脆く、そして弱い。


 魔物に支配されたこの世界、イスミンスールでは猶更だ。


 だがそれでも――それでも狩夜は、こう思わずにはいられなかった。


「人間ってすごいな」


 かくして、狩夜たちの活躍により、大開拓時代は復活。人々には笑顔と希望が戻った。誰もが平等に他大陸にいけるようになり、彼らの開拓は加速する。


 次なる舞台は、人類の新たな版図となった希望岬。そこで新たに築かれる町の中。


 狩夜とレイラの冒険は、まだまだ続く。

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