225・虎
虎。
脊索動物門哺乳綱食肉目ネコ科ヒョウ属に属する大型肉食獣。
夜行性であるが、主に薄明薄暮時に活動。まれにだが昼間にも活動する。熱帯雨林や落葉樹林、針葉樹林、乾燥林、マングローブの湿原など、様々な環境に生息し、群れは形成せず、繁殖期以外では単独で行動する。
勇猛な動物であるとして、古の時代から力の象徴とされてきた虎は、国の文化や歴史。シンボルマーク、英雄の異名、ことわざ、慣用句などと、密接な関係にある。
あるときは魔除けとして崇拝され。
あるときは山の神として神格化され。
あるときは龍と同格の霊獣とされた。
その一方で、虎は人間や家畜を襲う害獣であるとして、凶悪、危険、残酷といった、負の象徴として比喩されることも多い。事実として、虎による人的被害は、現代でも度々報告される。
特筆すべきは、ギネス世界記録にも認定されている『チャンパーワットの人食い虎』だろう。
十九世紀後半、ネパールとインドを震撼させたこの惨劇は、悪魔の化身と称された一匹のベンガルトラにより、四百三十六人もの人間が食い殺された、史上最悪の獣害事件である。
連綿と続く人類の歴史の中、常に『強いもの』『何より恐ろしいもの』の象徴として扱われ続けた、ときに神にも、悪魔にもなる特別な存在。
それが、虎という生き物なのである。
●
「この、高レベルの〔
希望峰だけでは飽き足らず、その周辺海域をも飲み込んだ凄まじい殺気。それに反応した狩夜とレイラが、水上橋の建造作業を止めた直後、嵐のような暴風と、隕石が落下したかの如き衝撃。そして、身の毛がよだつ咆哮の三つが、突如として希望峰を襲った。
猛獣系モンスター全般、及び、月の民と火の民の一部が習得できる〔
その効果により、イムルたち石工職人が、岩礁地帯で水路の建造に従事していた地の民の工夫たちが、ハンドレットの開拓者が、テイムモンスターが、次々に腰を抜かし、人によっては泡を吹いて気絶していく中、狩夜は脳内を駆け抜けたある確信を、次のように言葉にした。
「あの時の主だ! よりにもよってこんなときに!」
暴風の発生源は見当もつかないが、殺気と衝撃、咆哮の出どころは見当がついた。かつて遭遇した虎型の魔物で間違いない。
スクルドから一時的に借り受けたスキル〔
ミズガルズ大陸の主。ハンドレットサウザンド級の魔物の強さを狩夜に見せつけ、いまだ目に焼き付いているその姿を幻視しながら、狩夜はかの者がいると思しき場所へと目を向けた。
しかし、かの者の姿は希望峰の断崖に阻まれ狩夜の目に映ることはなく、代わりにとばかりに別のものが映り込む。
「ちょ!?」
それは、かの者が力任せにぶち抜き、着地の際の衝撃で無秩序に吹き飛ばされた、防壁の石材や土くれであった。
嵐の如き暴風により空中で加速したそれらは、身動きの取れない石工職人たちに、今まさに降り注ごうとしている。
それだけではない。水道橋と水上橋の、建造途中で脆い部分が暴風にあおられ、ギシギシと音を立てはじめた。このまま放置すれば、そこから連鎖倒壊してもおかしくない。
もしそうなれば、水道橋の下にいる者は石材の下敷きに。運よくそれを避けたとしても、水上橋の倒壊と共に、体が動けない状態で海に投げ出されることとなる。
「レイラ!」
それらを避けるべく、狩夜は相棒の名を叫んだ。レイラはそれだけですべてを察し、一瞬後には行動を開始する。
壁面緑化によく用いられるキヅタ属に酷似した植物を全身から生やし、その蔦と葉で水道橋と水上橋の表面を覆い尽くすことで、風による倒壊と、飛来物による損傷を防止した。レイラはその作業に並行し、消化能力を消した代わりに粘液の粘性を高めたモウセンゴケを両手から伸ばし、それを空中で振り回すことで、吹き飛ばされた石材と土くれを次々に絡めとっていく。
そんなレイラの活躍をただ眺めるだけの狩夜ではない。暴風吹き荒れる岩礁地帯へと移動し、動けない者を抱え上げ、暴風域の外へと避難させようとする。
その最中――
「――っ! 始まった!」
風の音を押し退けて、甲高い金属音が狩夜の耳に届く。かの者と開拓者らの戦いが、狩夜には見えない場所で始まったのだ。
かの者の力を知る狩夜は、今すぐ友人たちのいる戦場に向かいたい衝動に駆られる。だが――
「あっちには、フローグさんや紅葉さんたちがいるから大丈夫!」
と、迷いを振り払うように叫び、救助活動を続行。
〔
誰一人死んでほしくない。
そう考えている狩夜は、主は仲間たちが止めてくれると信じ、全力で救助活動を続ける。
●
『――っ!?』
かの者渾身の〔
中でも、特に被害が大きかったのが――
「づあ!?」
常人よりも遥かに優れた聴覚を有する揚羽であった。
音響兵器の如き咆哮を、その超聴覚で間近で聞き取った瞬間、頭上のうさ耳の内側から血が噴き出す。そう、鼓膜が破れたのだ。
激痛を堪えるように両手で頭を抱えながらその場に崩れ落ちる揚羽。他の者も似たり寄ったりの反応で、その場で腰を抜かしたり、泡を吹いて卒倒する者が続出する。それは、テンサウザンドの開拓者であるイルティナや、ザッツとて例外ではない。
かの者以上の存在、魔王と相対したことのある者だけが、膝をつくことを免れた。だが、それは自由に動けるという意味ではない。歴戦の猛者である彼らが、強敵を目前にして、立ち向かうことも逃げることも叶わず、ただただその場に立ち尽くす。
人類の敵である魔物に対し、決して見せてはならない致命的な隙。誰もが一瞬後の死を覚悟する中――
「美月家臣団が筆頭にして、月読命流槍術皆伝! 鹿角紅葉! 西国無双と謳われた、月下の武士の槍捌き! 恐れぬのならばかかってこい! でやがります!」
〔
それを見て取ったかの者は「もとより貴様が狙いだ!」と言わんばかりに視線を紅葉へと固定し、戦斧を豪快に振りかぶりながら地を蹴る。動きを止めている多くの開拓者を無視し、瞬時に紅葉との間合いを詰めた。
そんなかの者を、紅葉は大地が震えるほどの踏み込みと共に繰り出した、神速の槍撃でもって、真正面から迎え撃つ。
渾身の力で振るわれた、互いの武器。
現存する魔法武器の中で最強と称される霊槍、迦具夜と。かの者が持つ風を生み出す戦斧が、予定調和の如く正面衝突。凄まじい衝撃波と共に、甲高い金属音が響き渡った。
その瞬間、紅葉の表情が驚愕に染まる。
〔
紅葉がスキルの効果を跳ね除けることができたのは、この場にいない狩夜と同じく、過去にかの者から〔
「――っ!?」
かの者の戦斧を受け止めることができず、大きく後退することを余儀なくされた紅葉。そして、両手を震わせながら、今すぐ周囲と共有しなければならない情報を、有らん限りの声で叫ぶ。
「こいつ、ミリオン級でやがりますか!?」
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