220・波頭を越えて

「青い空と白い雲……磯の香と、砂浜に打ち寄せる波しぶき……」


 そして、天を切り裂くレーザーフラワーの赤い光線と、遠方にうっすらと見える希望岬。


「海ですねー」


「海じゃな」


 ユグドラシル大陸東端。ミーミル川の河口を間に挟む形で、左手に城塞都市ケムルトが見える場所に、狩夜とイムルは立っている。


 これから彼らは、水道橋建造の最難関。海上、並びに、海中での作業に取り掛かるのだ。


 幅七メートル、全長約二十キロ。ケルラウグ海峡を横断し、水道橋の土台にもなる普通の水上橋を、世界樹がマナを届けることができる限界地点。ディープラインの手前にまで伸ばさなければならない。


 ケルラウグ海峡は、全域で水深が浅く、地盤が強固で、避けるべき遮蔽物も皆無。そのため、橋の構造はただひたすらに一直線なものとなる。イメージ的には、アメリカのポンチャートレイン湖コーズウェイが近いだろう。


 ポンチャートレイン湖コーズウェイ。


 アメリカ合衆国・ルイジアナ州にあるポンチャートレイン湖を一直線に横断し、北のマンデビルと南のメテリーとを繋ぐ水上橋。四十キロ足らずにもなるその全長は、一続きの水上橋としては世界最長であり、ギネスブックにも登録されている。 


 前例が地球に現存し、長さはその半分というのは安心材料だが、決して楽観視はできない。理由は、水中での作業が不可避だからだ。


 さしものレイラも、海中では作業の速度と正確性が低下する。そして、体質的に水に浮くことのできない地の民は、皆一様に泳ぐことができない。そのため、水道橋建造の主力となる地の民の工夫たちの力を、この現場では借りることができないのだ。


 なら他種族の開拓者を――とも思えるが、それも厳しい。水中で長時間活動できず、思い通りに動けないのは彼らとて同じこと。酸素ボンベ等がない現状では、水中での建造作業に従事できるはずもない。


 そのため、この現場での作業は、水の申し子たちの助力が不可欠となる。


「イルティナ様から、話はついてるって聞いたけど……」


 こう呟きながら、狩夜は眼前に広がるケルラウグ海峡をざっと見回してみた。すると――


「おーい! おーい!」


「こっちや! こっちー!」


 精悍な体つきをした人間の上半身と、シーラカンスのような魚の下半身を持つ人魚の青年。そして、青い髪と青い肌、適度に膨らんだ胸を三角ビキニで隠す人間の上半身と、タコの下半身を持つスキュラの女の子が、両手を大きく振りながら声をかけてきた。


「あ、いつぞやの――」


「おう僕! 久しぶりやな! また会えて嬉しいで!」


 以前、ティールの村からウルザブルンへ向かう道中で出会い、舟を押してもらった水の民の運び屋二人組であった。彼らの背後には、他にも多くの水の民がいる。


「イルティナ様からお話は伺っております。我ら有志一同、この大事業に喜んで力をお貸しいたしましょう」


「ありがとうございます。本当に助かります」


 人魚の青年が決め顔と共に放った言葉に対し、狩夜は深々と頭を下げて礼を述べた。すると、スキュラの女の子が顔の前で両手を振る。


「ええんよ、ええんよ。頭なんて下げんといてぇな。人類の版図拡大と、精霊様の解放のためやさかいな。それに、絶望の時代が始まってからこっち、物流が滞とって、運び屋のアタイらはおまんま食い上げやねん。ぶっちゃけ、食べさせてもらえるだけでもありがたいんや」


「余計なことを言うな! いいかお前ら! 【厄災】から数千年、割を食い続けた俺たち水の民にようやくめぐってきた活躍の場だ! 心してかかれぇ!」


『おお!』


 数百人にもなる水の民たちの雄叫びを合図に、海での作業は始まる。


 まずは、海底の整地作業だ。


 先端を平らにし、幅二メートルほどにまで巨大化させたレイラの葉っぱをゆっくり回転させながら海底まで沈め、上に堆積した砂をかき分けつつ、岩盤を水平に、横に八メートルほど削る。


 そうして整地された地盤の上に、今度は石を積んでいく。


 その方法は、潮の流れに負けないよう切り出された、縦二千ミリメートル、横千ミリメートル、高さ五百ミリメートルという巨大な石材を、レイラの蔓で吊るし、ゆっくりと海に沈め、海中で待機している水の民に位置の微調整をしてもらいながら、一つ一つ丁寧に積み重ねていくというもの。


【厄災】の呪いによってエラ呼吸を失った水の民であるが、十~二十分くらいの素潜りならば余裕でこなす。そんな彼らが代わる代わる海に潜り、狩夜やイムルと意思疎通をしながら、レイラの石積みをサポート。満潮時でも海面より上の高さになるまで、石積みを続ける。


 そうやって橋脚が一つでき上がると、狩夜がレイラとイムルを抱きかかえて移動。できたばかりの橋脚へと飛び移り、間を開けることなく次の橋脚造りに取り掛かる。


 最難関だけど、地味。


 そんな作業を、水の民はシフトを組んで数百人が代わる代わる。イムルは間に休憩を挟みながら。狩夜は作業開始から終了まで休みなく。日の出から日没まで、延々と繰り返す。


 そして、レイラは――


「――っ!」


 夜。他の皆が寝静まる間も作業を続行。昼間の間に海に築いた橋脚と橋脚とを、アーチ橋で繋いでいく。


 そんな日々が、次の日も、また次の日も続いた。



   ●



 時は流れ、狩夜が作業開始を宣言してから、おおよそ三ヵ月――


「アンドヴァリ大瀑布から一の山! 作業終了じゃ!」


「一の山から二の山への水道橋の開通を確認! 大儀であった!」


「不備なし! 二の山班、作業完遂である!」


「ミズガルズ大陸の東端に到達! 三の山班、己が仕事を誇りなさい!」


 アンドヴァリ大瀑布、一の山、二の山、三の山での作業が終了した。


 喜びもそこそこに、四ヵ所に分配されていた人員が、ミズガルズ大陸の東端に集結。ケムルトを拠点にして、先行する狩夜たちの後を追うかの如く、海上に築かれた橋の中央に水道橋を造っていく。


 そして――


「坊主……やったな……」


「はい、イムルさん。ついに……ついにたどり着いた! ディープラインに到達! 皆ありがとう! 希望岬はもう目の前だ!」


 狩夜とレイラ、イムルと水の民たちは、ケルラウグ海峡を横断する石の橋を、水道橋の土台を、ディープラインのすぐ手前、希望岬まで二百メートルという位置にまで伸ばした。


 いま狩夜たちが立っている場所にまで水道橋が伸びたとき、この大事業は最終局面を迎える。


 大開拓時代の復活か。はたまた絶望の時代の継続か。


 運命の時は、近い。

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