219・建造加速
レアリエルとの苛烈な鬼ごっこが紆余曲折の末に終結した後、狩夜は「専門家の人ができると言っています。お給料は出ませんが、よければ手伝ってください。お願いします」と、自らの呼びかけに応じて集まってくれた友人知人に対し、深々と頭を下げた。
すると、その場にいる全員から「喜んで手伝うよ。お金も出すよ。というか水臭い。真っ先に声をかけろやこの野郎」という、大変ありがたいお言葉(要約有り)をいただくことができた。
そして、設けられる話し合いの場。
代表が一堂に会したその場で、石工職人の代表であるイムルは、次のように提言する。
「ユグドラシル大陸全土から地の民が集まり、多くの開拓者が協力を申し出てくれたことで、十分な人員と物資を確保することができた。よってここから先は、要所であるアンドヴァリ大瀑布、一の山、二の山、三の山の四ヵ所に作業現場を分け、並行して作業を進めるべきと考える」
「うむ、わしも同意見じゃな。問題は、現場にどう人員を分配して、そのまとめ役を誰がするかじゃが……小僧、どうする?」
「え? 僕? 僕が決めるんですか?」
地の民(石工職人を除く)の代表であるガリムからの問いに、話を振られると思っていなかった狩夜は目を白黒させた。するとガリムは呆れたように溜息を吐き、こう言葉を続ける。
「当然じゃろうが? お主がこの大事業の発起人で、総責任者なんじゃからな。イムルからの提案を受け入れるのなら、ここにいる者たちの中からとっとと選べ。話が先に進まん。アンドヴァリ大瀑布のまとめ役は自動的にお主になるから、あと三人じゃ」
「う~ん、そうですねぇ……やっぱり偉い人がやった方が角が立たないと思いますから……イルティナ様、揚羽、カロンさんの三人にお願いしようかなと。王族や将軍家の方に石を積ませるわけにもいきませんし」
「正論だね。まとめ役が三国で分散されているのもいい。公平感がある」
狩夜の提案に、光の民の開拓者代表であるランティスが同意した。
「なら、一の山には私がいこう。この山が一番森が深い。ここでの作業は、我々木の民が適任だ」
「イルティナ様がまとめ役をするなら、ボクたち風の民も一の山だね。自国の第二王女にたてつく人はいないだろうし」
木の民の開拓者代表であるイルティナと、風の民の開拓者代表であるレアリエルが、一の山担当として手を上げる。
「むぅ、せっかく旦那様と再会することができたというのに別の場所か……アルカナよ、余と代わってはくれぬか?」
「丁重にお断り申し上げたく存じますわぁ。わたくしのような遊女が揚羽様の上に立てば、月下の武士の皆様が何を言い出すかわかりませんもの」
「であるな。承知した。二の山での作業は、月の民と闇の民が受け持とう」
月の民の開拓者代表である揚羽と、闇の民の開拓者代表であるアルカナが、二の山担当として名乗りを上げた。
「私がまとめ役ですか? 確かに私は火の民の王族ですが、ミーミル王国の国政を担っているのは光の民。ランティスの方が適任かと愚考しますが……」
「カロン。総責任者であるカリヤ君が光の民なのだから、私が出張る必要はないよ。そして、作業の主役は石工職人と工夫たちで、つまりは地の民だ。このままでは、同じ国の住人として火の民の立つ瀬がない。ここは君がまとめ役を買って出て、火の民の威信を内外に示すべきじゃないかな?」
「……わかりました。三の山のまとめ役は、不肖この私、カロンが受け持ちます。大船に乗ったつもりでいなさい」
残った三の山担当は、火の民の開拓者代表であるカロンに決定。火の民と光の民の開拓者も、ここに配置される。
――あれ? ランティスさんは、僕が異世界人って知ってるはずだけど?
ランティスがカロンにまとめ役を引き受けるよう促している最中、狩夜は探るような視線をそちらに向けた。それに気づいたランティスは、微笑を浮かべながらウィンクをする。
どうやら、この場では黙っているつもりらしい。
「わしら石工職人と、地の民の工夫たちは、すべての現場に均等に配置するので安心してほしい。わしからは以上じゃが、他になんぞあるかのう?」
『……』
イムルからの最終確認に、この場にいる全員が沈黙をもって答えた。
「ないようじゃな。小僧、締めろ」
「えっと……解散!」
ガリムに促され、話し合いの終了を告げる狩夜。それを合図に全員が動き出し、割り当てられた作業現場への移動準備を始める。
「あ、カリヤの兄ちゃん。難しい話終わった?」
そんな中、木の民の開拓者代表をイルティナに任せ、話し合いに参加しなかったザッツが、狩夜に話しかけてくる。
「うん、終わったよ。ザッツ君たち木の民は、一の山担当になったから。まとめ役のイルティナ様の指示に従ってね?」
「わかった。石積むぜ~。めっちゃ積んじゃうぜ~俺」
「あはは。頼りにしてるよ」
「にしても兄ちゃん、すっげぇ人捕まえたのな? アゲハ・ミツキって言ったら、誰もが知るフヴェルゲルミル帝国の至宝だろ?」
自分と同じく話し合いに参加しなかった紅葉と、そんな紅葉に近づいていく揚羽を見つめながら、ザッツは口を動かす。
「ほんとにね。僕にはもったいないくらいの凄い人だよ。ちょっと変わってるところもあるけどね」
――パーティリーダーを『旦那様』と呼ぶところとかが、特に。
「初めて会ったけど、絵にも描けない美しさってのは伊達じゃねぇのな。カロン様とか、アルカナさんもすげぇ美人だし、レアリエルさんや、モミジさんもとんでもなく可愛いし……俺、イルティナ様が世界一だと思ってたけど、わかんなくなってきたよ」
「あの人たちレベルになると、見る側の好みの問題になってくるから、考え過ぎるとドツボにはまるよ。ほどほどにね」
「式には俺も呼んでくれよな。いつぐらいになりそう?」
――式? 大開拓時代復活おめでとうパーティーとか?
「いやいやザッツ君。気が早いよ。そういう話は、この水道橋を完成させてからにしよう」
「あ、そっか。今はそんな場合じゃないよな。ごめん。俺が間違ってたよ」
「わかってくれればいいさ。でも、フローグさんはきてくれなかったな……皆と同じようにギルドに伝言を頼んでおいたんだけど……」
「先生は今、ユグドラシル大陸にいねぇんじゃねぇの? 俺らと別れるとき『俺は俺のできることをする。一から鍛え直しだ』とか言ってたぜ?」
「なら、アルフヘイム大陸かな?」
「たぶん」
アルフヘイム大陸。
ユグドラシル大陸の真南に存在するこの大陸に立ち入ることができるのは、現状〔水上歩行〕スキルを有するフローグのみだ。彼が他の開拓者に先んじてハンドレットサウザンドになれたのは、ここで得ることができるソウルポイントを独占しているからに他ならない。
ザッツの言葉通り、フローグが体を鍛え直しているというのなら、アルフヘイム大陸にいる可能性が高いだろう。
「まぁ、先生のことだから、万が一にも死んじゃいないだろうし、兄ちゃんからの伝言を聞いたらきっと駆けつけてくれるよ。それじゃあ兄ちゃん、またな。俺らも移動の準備があるから」
「うん。ザッツ君も頑張ってね」
こうして二人は別れ、狩夜はすぐ横の作業現場に、ザッツはパーティメンバーらと共に一の山へと向かった。
●
要所ごとに作業現場を分けたことで、水道橋の建造速度は更に加速した。
地の民の工夫と、男の開拓者がひたすらに石を積む。そんな男たちを、地の民の女が炊事などの雑務をこなすことで支え、女の開拓者が魔物から守った。
そうやって、アンドヴァリ大瀑布から一の山へ、一の山から二の山へ、二の山から三の山へ、三の山からユグドラシル大陸の東端へと、水道橋が伸びていく。
そして、中でも抜きんでて作業が早いのが――
「――っ!」
やはり、レイラ有するアンドヴァリ大瀑布班である。
支保工を一瞬で組み上げ、数十メートルの高さにまで石材を難なく持ち上げるレイラの仕事量と正確性は、他者の追随を許さない。
橋脚の建造をレイラ一人に任せ、他の工夫が総出で最上部の水路を造っても追いつけないほどの速度で、レイラは休むことなく石を積み続けた。
そして、一の山の中腹で建造が進む水道橋の曲がり角と、浄水槽が近づくにつれ、橋脚の高さが徐々に低くなり、ついに十メートルを下回ったころ、イムルが次のように話を切り出す。
「坊主。お前さんと、そのちっこいのはもういい。切りのよい所で作業を止めろ」
「え?」
「……?」
この言葉に「まだ曲がり角に繋がってませんけど?」と言いたげに首を傾げる狩夜とレイラ。そんな彼らに向かって、イムルは更に言う。
「天を突くほどの橋脚を高速で組み上げるには、坊主らの力が必要不可欠じゃったが、ここまで一の山に近づけばもう大丈夫じゃ。このぐらいの高さの支保工なら、他の現場と同じように《魔法の道具袋》を利用することですぐに組めるからのう。ここでのまとめ役はガリムに引き継がせて、わしと一緒に別の現場に移動するぞ」
「別の現場ですか? いったいどこに?」
「海じゃ」
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