217・集う力

「カリヤの兄ちゃーん!」


 全身から出した蔓で、いくつもの支保工を組みつつ石を積んでいくレイラ。そんな相棒の隣で大岩を相手に魔剣を振り回していた狩夜の耳に、幼さを強く感じさせる声が届く。


 作業の手を止めて声が聞こえた方向に顔を向けると、『不落の木守』の面々が笑顔で手を振り、駆け寄ってくる姿が目に映る。


「ザッツ君!」


 半年ぶりとなる弟分、そして妹分たちとの再会に、狩夜も笑顔で手を振り返す。


 が――


「ん?」


 近づいてきた『不落の木守』の――とりわけ、先頭を走るザッツの姿に、狩夜は首を傾げた。そして、ザッツとの距離が近づいてくるにつれ、狩夜の表情が険を帯びていく。


「兄ちゃーん!」


 一方のザッツは狩夜の変化に気づかない。満面の笑みを保持したまま、振るために上げていた手を、狩夜のそれと打ち合わせようとして――


「誰だお前は!」


「ふえ!?」


 闘牛士のような動きで身を翻した狩夜に、手が触れ合う寸前でかわされた。


 狩夜がタッチに応じてくれる信じて疑わなかったザッツ。彼の手はみごとに空を切り、体が転倒寸前のところまでつんのめた。


「「「ええ!?」」」


 狩夜の予想外の行動に、リース、レイリィ、ルーリンの三人が驚きの声を上げる中、ザッツはなんとか転ぶことなく体勢を立て直し、すぐさま狩夜を非難する。


「ひでぇよ兄ちゃん! なんでよけるんだよ!」


 これに対し、狩夜はザッツに向かって右手を突き出し、人差し指と親指とで輪を作った。次いで叫ぶ。


「僕の知ってるザッツ君はこーんなに小さいんだ! 断じてお前のような、ヴァレンタインデーにクラスの女子全員からチョコを貰えそうな長身のイケメンスポーツマンではない! 本物のザッツ君をどこへやった! 言え! 言わないと酷いぞ!」


「ザッツは俺だよ! ヴァレンなんとかだのはよくわかねーけど、それじゃ豆粒だろ! 初めて兄ちゃんと会ったときだって、もっとでかかったよ!」


「黙れ! 僕を兄ちゃんと呼ぶなら身長で追い抜くな! 兄貴分を見下ろすな! 弟分に見下ろされると、自分が童顔低身長だっていう現実を否応なしに叩きつけられて泣きたくなるんだ! ほんとにやめて! お願いだから!」


「……」


 怒っているようにも泣いているようにも見える顔で、理不尽極まることをまくし立ててくる狩夜に、心底困った顔で沈黙するザッツ。


 次いで背筋を伸ばした彼は、拳一つ分下にある、半年前に別れたときと比べ、見た目はほとんど変化のない狩夜を気の毒げに見下ろしながら、小声で告げた。


「しょーがねーだろ、育ち盛りなんだから……食って寝た分だけ身長伸びるんだよ……」


「自慢かぁあぁ! どうせ僕はチビだよどちくしょぉおぉおぉぉおぉ!」


「お兄様、落ち着いてくださいましですの!」


「大丈夫。兄さんは今のままでも十分魅力的だから」


「そうだよあにぃ! 可愛いのにかっこいい! これ最強!」


 傷心の狩夜と窮地のザッツを助けようと思ったのか、狩夜の周囲を取り囲むようにしながら励ましの声をかける妹分三人。


 嘘偽りのない、本心からの言葉であったが、これは完全なる逆効果である。


 なぜならば――


「くっそぉぉおぉ! 妹分にも追い抜かれたぁぁあぁ!」


 リースとルーリンの身長が、狩夜のそれをすでに追い抜いていたからである。『不落の木守』の中で一番小柄なレイリィをして、狩夜とほぼ同じ身長というのが現況なのだ。


 その現況が、妹分たちの接近により、白日の下にさらされた。


 これがとどめとなり、狩夜はその場で崩れ落ちる。ザッツら四人の中心で両手両膝を地面につけるその姿は、見ようによっては袋叩きにあっているようにも見えた。


「あ、『不落の木守』だ!」


「 “双剣” のザッツだ!」


「どういう状況だあれ?」


「お前ら、ちょっと名前が売れたからって、小さい子をいじめちゃだめだぞ」


「「「「ええ!?」」」」


 周囲から向けられる好奇の視線と非難の言葉に『不落の木守』の四人があたふたする中、狩夜は姿勢を維持したまま打ちひしがれる。


 この状況に、カリヤと、ザッツたち『不落の木守』、作業現場とで視線をいったりきたりさせながら「どうしよう!? どうしよう!?」とレイラが慌てふためく中――


「ふふ。なにも気にすることはないぞ、カリヤ殿。カリヤ殿は、小さいからいいのだ」


 周囲を取り囲む『不落の木守』を押し退けるようにして狩夜に接近した一人の女性が、狩夜の胴体に両手を回し、追い打ちの言葉と共に抱き上げる。


「小さい!?」


「「「イルティナ様!?」」」


 狩夜が血を吐くように叫ぶ中、突然現れた自国の第二王女――ドレス姿ではなく、開拓者として武装したイルティナの存在を目の当たりにし、リース、レイリィ、ルーリンの三人が、即座に片膝をついた。両親がイルティナの元パーティメンバーであり、昔馴染みでもあるザッツだけが「あ、イルティナ様。久しぶり」と気安い様子で片手を上げる。


 ショタコンの気があるイルティナは、至福のひと時とばかりに満面の笑みで狩夜を強く抱きしめた。その光景を「俺もよくやられたなぁ……」と、ザッツが生暖かい眼差しで見つめる中、狩夜が口を動かす。


「イルティナ様……きてくれたんですね……ありがとうございます……一年ぶりですね……」


「うむ、久しいな、カリヤ殿。この一年でカリヤ殿が打ち立てた偉業の数々、それらを聞くたびに私は心を躍らせたものだ」


 久方ぶりの再会だというのに、『不落の木守』たちの身体的成長と、イルティナの「小さい」発言にコンプレックスを強く刺激された狩夜のテンションは低い。イルティナに抱き締められ、背中に豊満な乳房を押しつけられるという、普段なら顔を真っ赤にして慌てふためくような状況でも微動だにせず、暗い顔と声色で挨拶をした。


 ウルズ王国の第二王女に対し、あまりに失礼な対応。だが、イルティナにはまったく気にした様子がない。むしろ、これ幸いにとばかりに、無抵抗な狩夜とのスキンシップを堪能する。


「あわ……あわわ……」


「勉強になる」


「あにぃとイルティナ様ってどういう関係?」


 肩越しに狩夜と頬ずりしたり、思うがままに頭を撫でたり、首筋に鼻を寄せてクンカクンカしたりと、やりたい放題のイルティナ。そんな彼女を興味津々な様子で凝視するリース、レイリィ、ルーリンの三人。


 他種族からお堅いと定評のある木の民。その例にもれず、男女のあれこれに対する知識に乏しい彼女らが、徐々に顔を赤くしていく中――


「私とネルさんが少し目を離した隙に……なぁにをやっているのですか姫様ぁ!」


 メイド服を脱ぎ、イルティナと同じく武装したメナドが、血相を変えて駆け寄ってきた。


 甥であるザッツが「あ、メナドおばさん。こんにちは」と声をかけるが、メナドはそれを無視。イルティナから狩夜を力任せに奪い取ると、自らの胸の谷間に狩夜を顔を押し付けるように抱き締めながら、険しい表情で言葉を続ける。


「このような場所で、それも模範となるべき民の目の前で、なにをしていらっしゃるのですか! ご自身の御立場をお考えください! ウルズ王国第二王女としての自覚はないのですか!」


「硬いことを言うなメナド。城の中で暇を持て余し、私も色々と溜まっていたのだ。少しくらいはっちゃけさせろ。それに、今の私は一介の開拓者にすぎん。王女である前に開拓者なのだ。なんの問題もない」


「大ありです! 逆ですからね! 逆! 姫様は、開拓者である前に王女なのです! 王族として節度ある行動を常に心がけてください! いいですね! カリヤ様ももっと強く抵抗してください! 大人しくしてると姫様が調子づきますから!」


「ふがふが」


 メナドの胸に溺れている狩夜は答えを返すことができなかった。代わりに「苦しいです」とメナドの肩を軽く叩くが、頭に血がのぼっているメナドはそのことに気づかない。


 一方のイルティナは「やれやれ」と言いたげに肩をすくめると、次のように反論した。


「相手はカリヤ殿なのだから、そう目くじらを立てるな。それに、王族としてと言うなら、私などよりカロンの方がよほど――」


「私を引き合いに出さないでください。どういう状況ですか、これは? 誰でもいいから説明なさい」


 噂をすれば影が差す。

 

 困惑した口調でイルティナの言葉を遮ったのは、間違いなくカロンの声であった。


「むぅ……カリヤさん、わたくしとの抱擁は拒否されましたのにぃ……」


 カロンに続いて聞こえてくる、アルカナのすねたような甘い声。


 そして――


「アイドルであるこのボクを呼びつけておいて……なぁに美人といちゃついちゃってるのかなぁ!?」


 ケムルトで狩夜と衝撃的な別れ方をしたレアリエルの、美声兼怒声が、周囲に響き渡った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る