216・己が技術と名を刻め

「さあ、今日も気合を入れていくぞ! ハイホホーハイホー!」


『ハイホホーハイホー!』


 作業の開始を告げるイムルの鬨の声に、水道橋建造に従事するすべての地の民が唱和した。次いで、一斉に大地を踏み鳴らす。


 その野太い足をバチに、大地を太鼓に見立てて、地の民はリズムを刻み、踊る。そして、地底にまで響けとばかりに、踊りながら叫んだ。


「この山掘ったらなんぞ出る!?」


『光り輝く金が出る!』


「この土練ったらなんぞなる!?」


『社交場彩る茶器になる!』


「この石削ればなんぞなる!?」


『人を魅了すぎょくになる!』


「この岩詰んだらなんぞなる!?」


『誰もが見上げる城になる!』


「この鉄鍛えりゃなんぞなる!?」


『命を預ける武具になる!」


「この腕磨けばなんぞなる!?」


『そいつは磨いてみなけりゃわからない!』


「命短し職人人生! 永久とわに生きれぬ身なばこそ!」


『その山、その城、その武具に! 己が技術と名を刻め!』


「ハイホホーハイホー!」


『ハイホホーハイホー!』


 地の民の誇りと、その生き様が込められた民族舞踏『クエイム』。


 地球でいうところのウォークライ(戦いやスポーツなどで、気勢を上げるためにおこなう舞踏や雄叫びのこと。ニュージーランドの『ハカ』や、サモアの『シヴァタウ』などが有名)に狩夜も混ざり、ガリムの隣で見よう見真似で舞い、大地を踏み鳴らした。そして、声を出すことのできない相棒の分もと、腹の底から鬨の声を上げる。


 いつのまにか作業開始前の恒例となったそれが終わると、気合を入れ直した石工職人と工夫らが、使命感に燃えた精悍な顔つきで割り当てられた仕事場へと向かい出す。


 狩夜とガリムもそれに続こうとして――


「盛り上がっているね。この大人数で、あれほど気迫の籠った『クエイム』は滅多に見られない」


 少し離れた場所から聞こえてきたとある男の声に、揃って足を止めた。


「ランティスさん!」


「おお、きたかランティス!」


 声の聞こえた方向に目を向けると、完全武装し、肩の上にテイムモンスターと思しきラビスタを乗せた、ランティスの姿が見て取れた。


 彼の背後には、ガリムとイムルに声をかけられ、複数のパーティに護衛されてここまでやってきた、ミーミスブルン在住の、多くの地の民の姿がある。


「うぉい! きてやったぞガリム!」


「なんだよ! なんだよ! 面白そうなことやってんなぁ!」


「うおぉぉおおぉ! すっげ! すっげー! おいらたちに見せたかったもんはこれかぁ!」


 彼らは、アンドヴァリ大瀑布に築かれた建造物群を見るなり、ログの住人たち同様目の色を変えた。


 彼方に見える山の中腹へと続く、整地された大地。


 崖の上に築かれた、技術力の高さを一目でうかがわせる強固な水門。


 計算され尽くした形で積み重なり、上にいくごとに徐々に小さくなっていく、大渓谷を横断する何段ものアーチ橋。


 イムルの指定した曲がり角、一の山に向かって等間隔に並び立つ、無数の橋脚。


 そして、天高くそびえるそれら橋脚のさらに上では、橋脚と橋脚とを繋ぐ極小のアーチ橋があり、そのアーチ橋と一体化している水路が、目的地であるミズガルズ大陸に向けて、すでに伸び始めていた。


 ここ数日の頑張りで完成したこれらは、石工職人はもとより、鍛冶師や開拓者を生業にしている者であっても、地の民ならば例外なく胸を打ち、奮い立たせるなにかがあるらしく――


「なるほど! この水道橋でミズガルズ大陸に水を届けようってわけだな!」


「見にこいと言うわけですね! こんなもの、直接自分の目で確かめなければ信じられるはずがない!」


「きたぜ、きたぜ! 久々の武者震いがよ!」


「ログの奴らだけでずるいぜ! 俺たちも混ぜてくれよイムルの旦那ぁ!」


 地の民たちは、我先にとガリムやイムルのもとに殺到。何をすればいいのか、どこにいけばいいのかと、怒涛の質問攻めを繰り出した。


 そんな中、ランティスはパーティメンバーと思しき男女三人と共に狩夜へと近づき、スポーツマンを連想させるさわやかな笑顔と共に告げる。


「やあカリヤ君。ガリム殿の要請に応じ参上した。私たち、新生『栄光の道ロード・オブ・グローリー』は、この大事業に喜んで協力しよう」


「ありがとうございます! ランティスさんが力を貸してくれるなら心強いです!」


「どういたしまして。でも、少し残念だな。どうしてスミス・アイアンハートで再会したときに、私に声をかけてくれなかったんだい? そうしてくれれば、私は発起人の一人として、君の隣に立つことができたのに」


「すみません。報いるものがなかったもので……できるという確信も、あのときはまだ……」


「お金なんて要らないさ。むしろこちらが出そう。この水道橋で他大陸への行き来が可能になり、大開拓時代が復活するというのなら、私は援助を惜しまないよ」


 こう言いながら右手を差し出すランティス。狩夜はこれに即応し、固く握手を交わした。次いで、ランティスのパーティメンバーたちと、簡単な自己紹介をする。


 そして、他にも――


「っよ! 久しぶりだな “根無し草ムーブウィード”!」


 ランティスと共に地の民を護衛していた開拓者の一人が、気安い様子で狩夜に話しかけてきた。


 テイムモンスターと思しきワイズマンモンキーの子猿を右腕に引っ付けた、光の民の男性。容姿は十人並みで、皮鎧を着こみ、石剣と木製のラウンドシールドで武装している。


 そんな彼を見つめながら、狩夜は小首を傾げた。


「……誰ですか?」


「うん? わからないか? まあ、あれから俺も一から体を鍛え直して、随分とたくましくなったからな。無理もないか。俺だよ俺。ベイリー・パイスキーだよぉ!」


「はあ……ベイリーさん……」


 ――どうしよう。名前を聞いてもわからなかった。


「護衛依頼を終えたらミーミスブルンに帰るつもりだったんだが、お前が発起人と聞いて気が変わった。ミズガルズ大陸で死ぬはずだった俺を、無償で助けてくれたあの時の恩、忘れちゃいないぜ! 俺たち『胸の高鳴りハイピッチ』にも、なにか協力をさせてくれよ!」


「そ、そうですか! ありがとうございます! 人手はいくらあっても足りないので、すごく助かります!」


「いいってことよ! 早速仲間に了承を取り付けてくるぜ! また後でな!」


 そう言い残し、パーティメンバーと思しき闇の民の女性(爆乳)と、牛の獣人である月の民(魔乳)のもとに向かうベイリー。


 どういった基準でパーティメンバーを選んだのか透けて見えるその背中を見つめながら、狩夜は思う。


 ――すごくありがたいけど……僕、あの人と会ったことあるかなぁ?


「まあ、借りは返さないとな。手伝うよ」


「カリヤ君! あの時はあたしのクーちゃんを直してくれてありがとう!」


「お前……オデ……助けてくれた……だから今度は……オデの番……」


「ヴァンの巨人を倒してくれて、本当にありがとうございます。今度は私たちが、君を助けます」


「あんたが繋げてくれた腕だ! 好きに使ってくれ!」


「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 過去、狩夜に助けられたから――と、協力を申し出る開拓者は、ベイリー以外にも大勢いた。


 狩夜は憶えていなくとも、相手は憶えていてくれたのだ。


 情けは人の為ならず。


 人に親切にすれば、その相手のためになるだけでなく、やがてはよい報いとなって自分に戻ってくる。


 狩夜は、このことわざの意味を噛みしめながら、彼らを仲間に迎え入れていった。


 そして、狩夜とまったく面識のない者も――


「なあ、なんか凄いことやってるぜ? 俺らにも、なんかやれることがあるんじゃないのか?」


「馬鹿野郎、ここから希望岬までだぞ? できると思ってんのかよ?」


「地の民の石工職人が目の色変えてできるって言ってんだから、できるんじゃねぇの? お前と職人の言葉なら、俺は職人の方を信じる」


「うーん……でもなぁ……報酬は出ないって話だぜ? ただ働きはなぁ……」


「飯は食わせてもらえるらしいぞ。それに、町に帰ってその後どうすんだよ? 仕事なんてろくにないだろうが?」


「う、確かに……」


「お前は、大開拓時代が終わったままでいいのかよ? 精霊様は封印されてて、故郷は魔物に支配されてる。いいのかよ、それで?」


「いや、そうは言わねぇが……」


「ああ、もういい。お前は一人で帰れ。俺は作業を手伝うぞ。もともと俺は、精霊様を【厄災】の呪いから解放するために開拓者になったんだ。金だの名誉だのは二の次なんだよ」


「あ、おい!? ああもう! わかった! やる! やるよ! 俺もやる!」


 英雄であるガリムと、当代随一の石工職人であるイムルの呼びかけに応じ、ユグドラシル大陸中から集結する地の民。彼らからの依頼を受け、護衛という形でアンドヴァリ大瀑布にやってきた開拓者たちが、次々に協力を申し出た。


 時間がたつにつれて、水道橋建造に従事する人が増えていく。理由は人それぞれだ。


 各々打算はあるだろう。


 腹に一物抱える者もいるだろう。


 だが、最終的にはある共通の目的に行き着き、彼らは一丸となる。


 人類の版図拡大。


 結局のところ、人という生き物は、この欲求に、集団意識に抗えない。歴史がそれを証明している。


 どれほどの困難が眼前に立ち塞がろうと、人類は力を合わせて目指すのだ。


 大山の頂きを。


 大海の向こう側を。


 大空の果てを。


 母なる星の外側を。


 その欲求が、人の性が、一人ではなにもできない脆弱な生き物に、月の土をも踏ませてみせた。


 不可能を、可能にしていったのだ。


 魔物に故郷を追われ、ユグドラシル大陸に泣く泣く押し込められた人類の発展欲求と、ソウルポイントで強化された開拓者たちの作業効率はすさまじく、水道橋の建造スピードが加速度的に増していく中――


「あ、いた!」


 手伝ってくれと声をかけた者たちとの、再会の瞬間が訪れる。

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