215・もし暇なら――

「お前らさ、俺につき合ってティールにいることないぞ? しばらく開拓者としては活動できそうにないし、一度家に帰ったらどうだ?」


 ウルズ王国北部にある村、ティール。


 その中を、パートナーであるラビスタと共に歩く開拓者の少年が、頭だけで後ろを振り返りながら口を動かす。


 銀髪と褐色の肌。初代勇者の血筋である『ブラン』の木の民である少年の名は、ザッツ・ブラン・マイオワーン。そんな彼からの――パーティリーダーからの突然の提案に、パーティメンバーは次のように答えた。


「そんなのダメですの! わたくしたちとザッツ様は一心同体! これからもずっと一緒ですの!」


 腰にまで届く金髪ロングヘアを持つ木の民の少女。盾役、リース・シュッツバルト。


「その実家に、ザッツから決して離れるなと言われている。心配無用」


 銀髪を肩上のセミロングにした、ザッツと同じ『ブラン』の少女。後衛、レイリィ・ブラン・グラナディラ。


「そうそう! あたしらはさ、好きでザッツンと一緒にいるんだから! 気にしなくても大丈夫!」


 木の民にしては珍しい真紅の髪を持ち、その髪を三つ編みにしたうえでお団子にまとめた少女。中衛、ルーリン・カルタムス。


『不落の木守』


 かの世界最強、フローグ・ガルディアスに鍛えられ、全員がテンサウザンドであり、強力な装備で武装した彼らは、新進気鋭のパーティとして、けっこうな有名人である。


 が、そんな有名人たちも、活躍の場がなければただの人と変わらない。


 ミズガルズ大陸への行き来が不可能となり、クエストという収入減を失った彼らは、仕方なくザッツの実家があるティールの村へと戻り、そこで村の発展に寄与していた。


 村の周囲の木を切ったり、森の魔物を間引いたり、他の村や町へ買い出しにいったりと、別に彼らでなくてもいい仕事で日銭を稼ぎ、漫然と日々を過ごす。


 これではいけない。もっと別の、自分たちにしかできない仕事をしたい。そう強く思いつつも、現況を打開する術がない。


 絶望の時代の只中で、彼らはその力と若さを持て余していた。


「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ、テンサウザンドの開拓者がするような仕事、ティールにはねーじゃんか。ここに実家がある俺は多少やりがい感じるけど、お前らはなぁ……」


 ザッツは困ったように右手で頭をかきながら歩みを進め、開拓者ギルドへと向かう。


 どうせ今日も、クエストの発注は無い。


 そう頭では理解し、無駄と知りつつも、ザッツたちは毎日開拓者ギルドに顔を出す。


 諦めたくない。


 世界のどこかで、何かが変わっているかもしれない。


 自分たちにはどうにもできない――でも、あの人たちなら。


 そんな淡い期待を抱きながら、彼らは今日も、開拓者ギルドの出入り口を潜った。


 そして、聞く。


「あ! 『不落の木守』の皆様! おはようございます。つい先ほど、ラタトクス伝言サービスのご利用がありましてですね。カリヤ・マタギ様から、皆様宛のメッセージを預かっています」


 自分たちには想像もできない凄いことを平然とやってのける、兄貴分と慕う男の名を。


「カリヤの兄ちゃん!」


 目の色を変えてカウンターに駆け寄る『不落の木守』。そんな彼らの様子に目をむいて驚く木の民の受付嬢に、ザッツは尋ねた。


「それで、兄ちゃんは俺たちになんて!?」


「え、えっとですね『手伝ってほしいことがある。もし暇なら、アンドヴァリ大瀑布にきてほしい』以上です」


「よし! すぐに出発するぞ! 文句のある奴はいるか!?」


「あるわけがありませんの! 大恩あるお兄様からの呼び出しですのよ!?」


「兄さん、生きてた。良かった」


「あにぃに会える♪ あにぃに会える~♪」


 その後、『不落の木守』は大急ぎで準備を整え、住人たちとの別れもそこそこに、ティールの村を飛び出していった。


 アンドヴァリ大瀑布に向かう道中、ザッツは呟く。


「カリヤの兄ちゃんの方から連絡を取ってきた……俺たちを頼ってくれたんだ……あの兄ちゃんが俺たちを……やばい! なんか滅茶苦茶嬉しい!」



   ●



「退屈だ……」


 ウルズ王国の王都、ウルザブルン。


 その中心にそびえる白亜の城、ブレイザブリク城のバルコニーに佇む女性が、気だるげな様子で呟く。


 褐色の肌に薄黄緑色のドレスを纏い、銀色の長髪を手持ち無沙汰な様子でいじる彼女の名は、イルティナ・ブラン・ウルズ。


 ウルズ王国の第二王女であり、開拓者でもある彼女は、小さく溜息を吐いた後、次のように独白を続けた。


「こんなことになるのなら、ティールの支配権を手放すのではなかった……」


 かのスターヴ大平原攻略戦のおりにパートナーを失い、一度は開拓者を引退したイルティナであったが、開拓の象徴になってほしいという国王からの嘆願に一念発起。おおよそ半年前、同時期に魔物のテイムに成功した、とある知人のパーティに入れてもらう形で、開拓者へと復帰していた。


 その際にイルティナは――


『開拓者が魔物に支配された土地を開拓し、そこに人が住める環境を構築した場合、開拓者はその開拓地の支配権を得る。この支配権は、他者に譲渡、又は売却してもよい』


 という開拓者の権利に基づき、所有していたティールの支配権をウルズ王国に譲渡している。


 譲渡と引き換えに手にした資金と、複数の金属装備、《魔法の道具袋》等を手に絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアへと足を踏み入れたイルティナたちは、引退していた期間の遅れを取り戻そうと、サウザンド級の魔物を相手取り、日々戦いに明け暮れた。


 そんな努力のかいもあり、誰一人欠けることなくテンサウザンドの高みへと足を踏み入れることに成功。さあこれからだ――というときに、絶望の時代が訪れた。


 不可能となった他大陸の開拓。


 終わりを告げた大開拓時代。


 そして、不必要となった開拓の象徴。


 開拓者としても、村の為政者としてもやることを失ったイルティナは、城の中で暇を持て余していた。


 今日も退屈な一日になるのだろうな――と、イルティナが漠然と考えた、次の瞬間。


「姫様! 大変です! 姫様! 姫様ぁ!」


 メイド服を纏ったブランの女性が、血相を変えて駆け寄ってきた。


 彼女の名は、メナド・ブラン・シノート。イルティナの従者兼パーティメンバーである。

 

「どうしたメナド。騒々しい」


 いじっていた銀髪から手を放し、イルティナは問う。すると、メナドは嬉しげな顔で、次のように返答した。


「つい先ほど、城のラタトクスに連絡が入りました! カリヤ様から、姫様とわたくし宛です! もし御手隙であるならば、アンドヴァリ大瀑布にきてほしいと! 生きていた! カリヤ様はやはり生きていたんですよ!」


 メナドからの報告を聞いた後、イルティナは二回まばたきをした。次いで小さく笑みを浮かべ、言う。


「すぐに城を出る。供をしろ」


「はい!」


 狩夜との別れ際『何か困ったことがあれば、いつでも私を頼ってくれ。王女だからと遠慮したら許さんからな』と、自身の口で紡いだ言葉を守るべく、イルティナは足早に歩きだす。


「一年ぶり……か。ふふ……カリヤ殿は、私が本当に困っている時に現れてくれるのだな……」



   ●



「まさかの行き違いでやがりますか……」


 スターヴ大平原に存在するとある農村に、若草色をした前髪の生え際から、二本の角を生やす月の民の少女がいた。


 少女の名は、鹿角紅葉。


 袖なしの白衣しらぎぬ、丈の短い膝上袴、太ももまで届く長足袋に身を包む紅葉は、意気消沈した様子で深々と溜息を吐く。そして、村唯一の宿の一階から、村に隣接する広大な麦畑を一望できる二階の大部屋へと向かいながら、次のように言葉を続けた。


「引き留めることに失敗した青葉も青葉でやがりますが、狩夜も狩夜でやがりますよ。家に立ち寄ったのなら、紅葉たちが戻るまで逗留してくれやがればいいですのに」


 事の起こりはこの宿に部屋を取った直後、宿で飼われているラタトクスを借り、弟である青葉に定期連絡を入れたところ、なんと旅の目的である探し人当人が、実家を訪れていたと言うではないか。


 なんでも石が大量に必要になり、ギョッルにある岩山の石を譲ってくれないか――と、頼みにきたらしい。


 青葉がギョッルの廃坑へと人を送ってみたところ、すでに狩夜はその場におらず、岩山があったはずの場所には大穴ができていたとかいないとか。


 行方不明になってから半年、狩夜がどこで何をしていたのか。それほどまでに大量の石を何に使うのか。気になることは多々あるが、目下紅葉を悩ませているのは別のこと。


 この不幸な行き違いと、弟が探し人を引き留めることに失敗した事実を、旅の連れであり、武の好敵手であり、主筋でもある幼馴染に、いったいどう伝え、どう謝罪したものか? ということである。


 黙秘や嘘は無意味を通り越して逆効果だ。連れの耳は特別製。ラタトクスを介した弟との会話も、先の独白も全て把握されているはず。素直に頭を下げ、誠心誠意謝るより他にない。


「……」


 紅葉は「ついてしまったでやがります……」とその表情で語りながら、部屋の出入り口の前でしばし立ち尽くした。


 だが、こうして部屋の前に紅葉が立っていることも、連れの耳には筒抜けである。紅葉は意を決し、引き戸を勢いよく開け放った。


 すると――


「あ、紅葉様! 青葉様への定期連絡は終わりましたか!? ならば、今すぐ出立の準備を! ここでの宿泊はなくなりました!」


 肌の露出が極めて少ない黒の忍び装束を着込む、濃紫の髪をショートカットにした女性。


 猪牙忍軍棟梁、矢萩。


「この部屋から開拓者ギルド内での会話が聞こえちゃうとか、マジパナイですよね! さっすがフヴェルゲルミル帝国随一の地獄耳! 凄いを通り越してドン引きって言うか――って危な!? ちょっと矢萩、いきなり苦無投げないでほしいし!? 牡丹じゃなかったら死んでたし、今の!?」


 露出過多でミニスカートな白とピンクの忍び装束を着込み、桃色の髪をツインテールにした女性。


 猪牙忍軍副棟梁、牡丹。


 自身の非公式パーティメンバーである二人が、大急ぎで旅支度をしている光景が視界に飛び込んでくる。


 そして、旅支度を二人に任せ、開け放たれた窓から部屋に吹き込んでくる穏やかな風に、白い長髪と頭上のうさ耳を靡かせていた女性が、紅葉の方へと振り返った。


 紅葉の連れ――美月揚羽は、雪のように白い肌を紅潮させつつ、頭に挿した薔薇に酷似した花を左手で一撫でする。その後、真紅の瞳で紅葉を見つめながら、微笑と共に告げた。


「ゆくぞ、紅葉。アンドヴァリ大瀑布で、余の想い人が――愛しい旦那様が待っている」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る