214・専門家の力

「お前らぁ! 今すぐ荷物をまとめろぉ! 明日の日の出と共にログをたつ! 遅れた奴は破門じゃ!」


 多くの石工職人が住居兼工房を構える石の町、ログ。その中で最も大きな工房、メイソン・ブロンズリバーに、イムルの声が響き渡った。次の瞬間、手持ち無沙汰な様子で寝転んでいた内弟子たちが、条件反射的に立ち上がり、慌ただしく動き出す。


 寝耳に水の命令であったが、誰も文句は言わない。内弟子たちにとって、師であるイムルの言葉は絶対だ。どのような状況であれ従うほかない。


 そんな内弟子たちを尻目に、イムル本人も荷物をまとめ始めた。愛用の仕事道具をひさかたぶりに手に取り、入念に埃を払ってからバックパックの中に入れていく。


「ちょっとあんた!? なんだい帰ってくるなり!?」


 騒ぎを聞きつけたのか、工房の奥から地の民の女性が飛び出してきた。イムルの伴侶と思しきその女性は、夫にして工房主であるイムルに駆け寄り、次のようにまくし立てる。


「酒場でガリムさんに殴られた後、無理矢理町の外に連れていかれたって聞いて心配してたんだよ! いったい何があったんだい!? 詳しく――」


「仕事じゃ」


 荷造りする手を止めることなく、伴侶の二の句を遮るイムル。そして、希望を取り戻し、使命感に燃える夫の横顔を凝視する伴侶に向かって、決意と共に告げた。


「このわし、イムル・ブロンズリバーの! わしら石工職人の! 一世一代の大仕事じゃあぁ!」


 一方、ログの町にある開拓者ギルドでは――


「おう、ランティスか! 今すぐアンドヴァリ大瀑布にこい! わしはそこで希望の光を見た!」


 イムルたち石工職人らと共にログへと戻ったガリムが、竹製のケージと向かい合いながら声を張り上げていた。ちなみにケージの中には、ガリムの剣幕に怯え、震えながら丸くなっているラタトクスがいる。


 ガリムは、ラタトクスの通信能力を使い、自宅でラタトクスを飼っている職人仲間や、国中の開拓者ギルドと、矢継ぎ早に連絡を取っていく。


「お前さん、わしに借りがあるじゃろ? それを今すぐ返してくれんかのう? なに、難しいことではない。アンドヴァリ大瀑布にきてくれんか? そうじゃ、きてくれるだけでいい。そこから先はお前さん次第じゃ」


「今何しとる? なに? 酒飲んで寝てた? 馬っ鹿もん! 目が覚めるもんを見せてやるから、これからわしが言う場所まで走ってこい!」


「口で説明してもわからんと言うなら直に見にこい! 百聞は一見に如かずじゃ! 自分の目で確かめて、それからどうするか自分で決めろ!」


「おう、久しぶりじゃな! その辺で暇しとる開拓者を捕まえて、今すぐアンドヴァリ大瀑布にこい! 鍛冶師のわしらでも、いないよりましじゃ!」


「だから! 護衛をつけて役人を一人! アンドヴァリ大瀑布に送ってくれと言うておるんじゃ! 自分では判断できない? ならわしの名前を出して、日和見決め込んどる王の腰巾着どもに、さっきの言葉を伝えんか馬鹿たれがぁあぁ!」


「そこな若造ども! どうせ暇なんじゃろ!? いっちょこのガリム・アイアンハートからの依頼を引き受けてみんか!」



   ●



「戻ったぞ、小僧!」


 アンドヴァリ大瀑布、早朝。


 準備があるからと、ガリムを護衛に一度ログへと戻ったイムルたち石工職人が、大荷物を抱えて戻ってきた。そんな彼らを、狩夜は笑顔で出迎える。


 そして――


「ああ、皆さんお帰りなさ――って、人数がすっごい増えてるぅうぅ!?」


「「なんでか知らんが、一晩で階段ができとるぅうぅ!?」」


 と、お互いに驚きの声を上げた。


 狩夜は、ログの住人が総出てやってきたのではないかと思えるほどの、地の民の大集団に目を剥いて驚き。ガリムたち地の民は、大渓谷を横断するアーチ橋の上に築かれた、ミーミル王国側とウルズ王国側とを容易に行き来できる石階段の存在に絶句していた。


 イムルたち石工職人に説得されて町を出て、ガリムが直接交渉で雇った開拓者たちに護衛されながら、ここまでやってきたログの住人たち。


 道すがら説明は聞いたものの、自分の目で見るまでは半信半疑だったらしく、彼らは口を半開きにし、呆けた様にアーチ橋と、その上に築かれた石階段を見つめていた。


 だが、それは長く続かない。


 ほとんどが地の民であり、その多くが石の切り出しや加工で生計を立てているログの住人たちは、昨日のイムルたち同様ほどなくして目の色を変えた。今や居ても立っても居られない様子で体を震わせている。


「ガリムさん!? こんなに大勢連れてきて、助かりますけど大丈夫なんですか!? 毎日の食料とか!? 雨風をしのぐための天幕とか!?」


「ちゃんと考えとるから心配するな! それより小僧、なんじゃあれは!?」


「あんな階段もん、昨日まではなかったじゃろう!?」


 石階段を指差しながら駆け寄ってくるガリムとイムル。そんな彼らに対し、狩夜はサムズアップをしながら口を動かした。 


「僕やレイラと違って、皆さんには両側を行き来する手段がないと不便かなと思いまして。夜なべして造っておきました。階段くらいなら簡単ですしね」


「あの大階段を、一晩でか!?」


「水道橋を見たときも思ったが、とんでもない建造速度じゃの!」


「まあ、一度造ったものを無駄にするのもなんですから。変えるんでしょう? 水道橋の建造ルート」


「うむ!」


 イムルは狩夜の問いに大きく頷いた後、背負っていたバックパックをおろした。次いで、中からユグドラシル大陸東部の詳細な地図を取り出す。


 地面に広げた地図の上で指を滑らせながら、イムルは次のように解説した。


「坊主が一人で考え、当初予定しておったルートがこう。大きな障害物を避けようとして、山と山の間を通り、できうる限り平地を通ろうとしておるな?」


「はい。水は低い方にしか流れませんし、平地の方が石を積みやすいですから。なにより、指針となるレーザーフラワーの光線が山に遮られてしまうと、僕とレイラだけじゃどうにもなりません」


 水道橋の建造が最も難しいのは、どう考えても海上である。海上部を少しでも短くしたいのだから、終点である希望峰に向かって、一直線に水道橋を伸ばせるはずがない。


 そして、水は低きにしか流れないのだから、おのずと水道橋の建造ルートは常に海抜の低い場所を――山と山の間を縫うように、平地を選んで進むようになる。そして、最終的にケムルトのほど近く、ユグドラシル大陸の東端へとたどり着いた後、海へと伸びていくというものと相成った。


「うむ、いかにも素人が考えそうなことじゃな。しかし、わしが今から提言する新ルートでは、むしろその逆。山とその斜面を、積極的に利用する」


「ええ!?」


 狩夜が驚きの声を上げる中、イムルはバックパックの中から筆と墨を取り出しつつ、次のように説明した。


「山を避けるように水道橋を造った場合、曲がる回数がどうしても増えるし、その曲がった部分は石の積み方が複雑なうえ、ひどく脆い。橋全体の長さも増し、必要となる素材も増える。これではあまりに非効率じゃ。しかし、山をうまく使うことで、これらの問題はすべて解決することができる」


 自信ありげにこう言ったイムルは、地図上に筆を走らせながら、説明に説明を重ねていった。


「水道橋を曲げる際には、必ず山を使うこととする。使うと言っても頂上ではないぞ? 海抜差を考慮したうえで、丁度良い高さの中腹を利用するんじゃ。そうすることで、高所落下の危険を孕む陸橋の上ではなく、地に足がつく場所で複雑な作業をおこなえるようになり、わしら工夫の負担を最小限にしつつ、水路の強度を大幅に増すことが可能となる。水道橋の全長も当然短くなるし、山の斜面を利用すれば陸橋も短くなり、素材を節約できる」


「なるほど……」


「さらに、山中には浄水槽も造る。坊主は水を運ぶことしか考えておらんかったようじゃが、どうせなら普通に飲める水を希望峰まで届けたいからのう。マナの浄化作用だけでは、細かい砂や虫の死骸といった不純物は取り除けんからな」


「ほへー」


「希望峰で普通に飲める水じゃと!? それは素晴らしい話じゃな!」


 水源のない希望峰では、エムルトが健在であったときでも水が貴重品であった。船を使って輸送したものを、決して安くない金額を払って買うか、海水を蒸留して自分で作るしかない。


 そのことを身をもって知り、水をめぐっての流血沙汰を何度も見てきた狩夜とガリムが、イムルの言葉に感嘆の声を上げた。


「それらを考慮したうえでルートを再考した場合、最適解は――こうじゃ!」


 地図から筆を上げた後、イムルは狩夜の眼前にそれを突きつける。


「うわぁ……凄い。三回しか曲がってない」


 イムルが提言した新ルートは、狩夜の考案したルートよりも、遥かに無駄が少なく、洗練されていた。全長も明らかに短い。


 狩夜は「やっぱり専門家の力は凄いなぁ」と呟きながら、頭上のレイラ共々地図を凝視した。


「どうかの? 坊主さえよければ、こっちのルートで進めたいんじゃが?」


「いいも何も、これ以外ないでしょう。ぜひともお願いします」


「話のわかる依頼人で助かるわい。んで、早速坊主たちに頼みたい事があるんじゃが――」


「この新ルート上の整地をしてくればいいんですよね? 任せてください。レーザーフラワーの中間地点も、これらの山に植え直してきますよ」


「よろしく頼む。坊主らが整地を進めとる間に、わしらは拠点の構築と、水門の建造をやっておくとしよう。悪いが、お前さんが造った水門は使えんぞ。設計図が適当じゃったし、新ルートの場合、水門は滝を挟んで逆側じゃからな」


 申し訳なさげに頭をかくイムルに「気にしてませんよ」と狩夜は笑った。


「石材は、昨日もらった指示通りに切り分けたものを、モルタルと一緒に滝の横に置いておきました。水門の方はお願いします」


「っほ! こんなに頼りになる依頼人は他におらんな! 任せておけい!」


 イムルはこう言って踵を返し、仕事の開始を今か今かと待っているログの住人たちのもとへと小走りに向かった。


「小僧。整地ついでに開拓者ギルドに寄って、手伝ってくれそうな知人がいるなら連絡を取ってみろ。お前さんが思いついた大事業は、当代随一の石工職人のお墨付きじゃ。実現可能とわかった今なら、手伝ってくれと頭を下げることもできるじゃろう?」


 生き生きとした様子でログの住人たちに指示を出していくイムルの後ろ姿を見つめながら、ガリムが言う。


 その後「わしはそうした」と付け加え、意味深に笑う偉大なる先人に対し、狩夜は――


「ええ、もちろんそのつもりです。と言うか、ここで声をかけなかったら、後でこっ酷く怒られそうですからね」


 と、年相応の笑顔を浮かべながら、素直に答えた。

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