213・地の民の誇り

「ああ、できる」


 また一人、石工職人が可能であると声を上げた。


「できる! できるぞ!」


「あいつ等の力と、俺たち地の民の技術と知識が合わされば!」


「水道橋は造れる! 希望峰まで水を! マナを届けることができる!」


 満場一致。


 この場にいる石工職人たち、その全てが、水道橋は造れると断言した。この大事業は実現可能であると、決して夢物語ではないと、太鼓判を押す。


 計画の完遂は困難を極めるだろう。だが、成し遂げさえすれば、人類はまた他大陸にいけるようになる。


 信仰の対象である精霊の復活。魔物に支配された故郷の奪還。その望みは、潰えてなどいなかったのだ。


 石工職人たちが目の色を変える。


 狩夜が見つけ、守り、不格好ながら水道橋という形にしてみせた希望の光が、開拓の火が、絶望し、冷え切っていた人々に熱を宿していく。そして、急速に熱を取り戻していく心身の赴くままに、石工職人たちは高らかに叫んだ。


『大開拓時代は蘇る! 俺たち人類は、まだ終わっちゃいなかった!』


「うおぉおおぉおう! おうおう! うおぉおおぉ!」


 石工職人たちが叫んだ直後、この場にいる誰よりも早くそのことに気がついていたであろうイムルが、滂沱の如く涙を流し、咽び泣く。


 同業者が自身と同じ結論に行き着き、可能であると声を上げたことで、罪の意識が溢れ出したのだ。


 一週間前、自分が仕事の依頼を受けていれば。


 せめて、まともな設計図を渡していれば。


 今頃もっと。


 もっと――


「わしは馬鹿じゃ! どうしようもない大馬鹿もんじゃぁあぁあぁ!!」


 自分が彼らから奪った時間。無駄に消費された素材。それらにどれほどの価値があったのか。どれほど貴重であったか。


 それを正しく理解したイムルは、自己嫌悪に突き動かされ、己が額を何度も何度も地面に叩きつける。


 そんな彼と、石工職人らを見回してから、ガリムは言う。


「どうじゃ? いいもんが見れたじゃろう?」


 今も石を積み続ける小さな背中。


 絶望の時代という強大な敵を相手に、孤独な戦いを続けるその背中を、石工職人たちは、光を取り戻した瞳で凝視する。


「地の民の血が騒ぐじゃろう?」


 ガリムは、この言葉の後に右手を握り締め、自身の胸の中心へと勢いよく叩きつけた。


 鳴り響く大太鼓のような衝撃音。それと共に、厳しい表情で言い放つ。


ここに! 込み上げてくるもんがあるじゃろう!?」


 常人なら失神してもおかしくないほどの、凄まじい気迫のこもった問いだった。それを真正面から受け止め、石工職人たちは体を小刻みに振るわせる。


 だが、その震えは恐怖からくるものではない。


 己が胸の内から止めどなく湧き上がる、どうしようもない感情。


 石と金属と大地のスペシャリストである地の民。その本能。


 それらのうねりによる震えであった。


「あの橋と! あの背中を見て! それでも飲んだくれていたいと言うなら好きにせい! 他でもないお主らの、一度きりの人生じゃ! 誰にはばかることなく、自分のやりたいことに時間を使うがいい! じゃが、ここで奮起し立ち上がらぬ者を、わしは地の民どうほうとは認めん!」


 ガリムはここで言葉を区切ると、その野太い両腕を天高く掲げた。


 次いで、有らん限りの声で吠える。


「この “鉄腕”! ガリム・アイアンハートからの永遠の侮蔑! 避けられぬものと知れぇい!!」


『――っ!』


 この雄叫びを最後に、ガリムは踵を返した。そして、狩夜の背中を真っ直ぐに見つめながら「もう言うことはない」とばかりに、力強く歩き出す。


 直後、咽び泣いていたイムルが顔を上げ、額から流れ出る血を意に介さず駆け出した。先を歩くガリムを追い越し、誰よりも早く狩夜のもとへ向かう。


 その場に残された石工職人たちは、両の手を強く握り締めた後、右腕を大きく振りかぶり――


『ふん!』


 自身の手で、己が顔面を全力で殴りつけた。


 次いで、前に向かって歩き出す。


 一度きりの人生を、自分のやりたいことに使うために。



   ●



「なんだ!?」


 さほど離れていない場所から放たれた雄叫びと、凄まじい気迫。


 ユグドラシル大陸に生息する魔物では、まずありえない強大な気配を感じ取った狩夜は、石を積む手を止め、心身を戦闘モードに移行させつつ、発信源と思われる場所へと視線を向けた。


 すると、地の民の集団がアンドヴァリ大瀑布に向かって歩いてくる姿が目に飛び込んでくる。


 見覚えのある人々の姿に狩夜は体を弛緩させた後、こう呟いた。


「あれはガリムさんと……イムルさん? あ、他にもいる。ログで何かあったのかな?」


 彼らの纏うただならぬ雰囲気に、狩夜が神妙な顔で首を傾げていると――


「すまん! この通りじゃ」


 誰よりも早く狩夜のもとへとやってきたイムルが、狩夜の眼前で膝をつき、額を地面にこすりつけながら謝罪の言葉を述べてきた。


「ほえ?」


 実に見事な土下座を披露したイムルに対し、状況をまったく把握していない狩夜が、間の抜けた声を漏らす。



   ●



「そっか……僕たち騙されてたのか……」


 イムルに遅れること十数秒。やってきたガリムから事情を聞いた狩夜が、真顔で呟く。


 そんな狩夜の眼前には、いまだに土下座を継続しているイムルがいた。


 狩夜だけでなく、その頭上にいるレイラ、ガリム、石工職人たちの視線が自身に集中する中、イムルは頭を下げたまま、覚悟を感じさせる声色で言葉を紡いでいく。


「許してくれとは言わん。他ならぬわしが、自分自身を許せんのじゃからな。全人類の至上命題たる他大陸の開拓。精霊の解放。それに向かって邁進するお主からの依頼を断ったばかりか、誤った知識を植えつけ作業を妨害したわしは、間違いなく大罪人。今ここで殺されようとも文句は言えん。じゃが、厚かましいと承知で頼みたい。この水道橋造り、わしにも手伝わせてくれい!」


「……」


「後生じゃ! この水道橋を完成させ、大開拓時代の復活をこの目で見届けなければ、死んでも死に切れん! なんでもする! 橋が完成した後でなら、首が胴体から離れようと一向に構わん! じゃからどうか、このどうしようもない大馬鹿者に死に場所を! 己が恥辱をそそぐ機会をくれい!」


「だってさ、どうするレイラ?」


 視線を上に向け、自分同様イムルに騙された相棒に、一週間もの間ほぼ不眠不休で作業を続けていた自分以上の被害者に、狩夜は率直な意見を求めた。


 ペシペシ。


 するとレイラは「狩夜のしたいようにすればいいよ~」と言いたげに、狩夜の頭をただ優しく叩く。


 その後、狩夜は頑ななまでに土下座を継続するイムルを――過ちを犯し、罪の意識にとらわれている男を暫しの間見つめ、困ったように右手で頬をかいた。


 被害者からただ許すと言われただけでは、決して納得しない。


 何かしらの贖罪をしなければ、自分で自分を許せない。


 そんな人間が世の中にはいるということを誰よりも知っている狩夜は、悩みに悩んだ末に、こう告げた。


「なら、女神像を」


「は?」


 狩夜の口から飛び出した言葉に、困惑した様子で顔を上げるイムル。そんな彼に向かって、狩夜は次のように補足した。


「えっとですね、この水道橋にも、少しは飾り気が必要かなって。当代随一の石工職人が作った女神像なら、御利益もありそうですし。よかったら作ってくれないかな、と」


「おお……」


「僕、カリヤ・マタギは、水道橋と、世界樹の三女神を模した女神像三体の制作を、改めてイムル・ブロンズリバーに依頼します。今度は引き受けてくれますか?」


 狩夜はそう言って、地べたに両膝をついたままのイムルに向かって右手を差し出した。イムルはその右手を縋るように両手で掴んだ後、涙声で言葉を紡いでいく。


「おお……おお、おお! 作る! 喜んで作るとも! この腕によりをかけ! 三体と言わず十、二十! 百体でも、二百体でものう!」


 こうして和解は成立。


 狩夜は贖罪の方法を見つけ、心底安堵している様子のイムルをそのまま右手で引っ張り、立ち上がらせた。


「えっと、なら報酬は――」


 紆余曲折の末に依頼を引き受けてくれたイムルに向かって、さも当然のように報酬の話を切り出そうとする狩夜。が、すぐ横で話の成り行きを見守っていたガリムが一歩前に踏み出し、その言葉を遮る。


 次いで、この場にいる地の民を代表するかのように、高らかに宣言した。


「小僧! 金は要らん! その代わり、わしらに希望を見せてくれ!」


 直後、顔に青たん拵えて、不細工な顔を更に不細工にした石工職人たちが、一斉に頷いた。


 そんな男たちを何度も見回した後、涙腺が決壊する寸前の顔を隠すように、狩夜は深々と頭を下げる。


 そして、自ら進んで地獄にやってきた物好きを、最高にかっこいい男たちを、次の言葉で歓迎した。


「僕とレイラだけじゃ、だめなんです。皆さんの力を、その優れた知識と技術を、地の民の宝を、僕たちに貸してください」


『おうとも! 地の民の誇りにかけて!』

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