209・魔剣の正しい使い方?

「――♪」


 建設開始から数時間、赤い光線の下にある木々を引っこ抜きながら前進し、狩夜の視界の外へと消えていったレイラが、自前で用意したブルドーザーに乗り、掘り返された地面を整地しながら戻ってきた。


 異世界の森の中を、すべてが植物で構成されたブルドーザーが驀進するという目を疑うような光景だが、レイラの万能性をよく知る狩夜はそれをスルー。葉々斬片手に石の切り出し作業を継続した。


 そして、大渓谷の手前でレイラがブルドーザーを操作、もう一往復してこようとUターンしたとき、それは起こる。


「――っと!?」


 黙々と作業を続けていた狩夜の口から困惑の声が漏れ、葉々斬の剣筋がずれる。結果、他の石と形の違う、歪な石材が出来上がった。


 集中が切れた様子で顔を動かす狩夜が、葉々斬の柄頭から伸びる蔓を視線で辿ると――


「……(しょんぼり)」


 申し訳なさげに頭を下げるレイラと、蔓に乗り上げているブルドーザーの姿が目に飛び込んでくる。


 そう、狩夜の剣筋がずれた原因は、蔓の上に重いものが乗り、葉々斬を自由に動かせる範囲が急減したこと。


 有線式の道具を使う際のあるあるだ。レイラが背中に張り付いているのならば問題ないのだが、二人の距離が開くと稀にこういったことが起こる。


「色々な分野で無線化が進むわけだ……」


 安定感抜群で誰でも使える有線式も良いが、自由度が高くストレスフリーな無線式はやはり便利で優秀であると実感しつつ、狩夜は「気にしてないよ」とレイラに向かって左手を振り、ついでとばかりに自身の体にまとわりつく粉塵を払う。


「えほえほ! 絶対体に悪いよね、これ……」


 高周波ブレードである葉々斬は、切れ味は素晴らしいのだが、チェーンソーのような方法で対象を切断しているため、どうしても粉塵が飛ぶ。そのため、現在狩夜の全身は石の粉末にまみれ、灰色に染まっていた。


 加えて、かなりの量の粉塵を吸い込んでいたらしく、口の中が妙に粉っぽい。「集中しすぎて気づかなかった……防塵マスクとゴーグルが欲しい……」と小声で呟いてから、狩夜は腰に括り付けてある瓢箪へと手を伸ばし、中の水で口をゆすぐ。


「ふう……早速準備不足が露呈したな……やっぱり何事も、計画通りにはいかないもんだね……」


 葉々斬の蔓も、粉塵対策も、レイラが近くにいれば問題ないので見落としていた。どうしたものかと首をかしげる狩夜であったが、直後、いい事を思いついたとばかりに、ポンと手を叩く。


「レイラ。アレ貸して、アレ」


「……(コクコク)」


 長年連れ添った嫁にするかのような、曖昧にすぎる呼びかけであったが、レイラは狩夜の要求に即応。口を大きく広げ、体内に保管していたあるものを吐き出す。


 それは、二人にとって因縁浅からぬ、漆黒の魔剣。


 そう、聖獣・ダーインの角である。


 蔓の上に乗せられ、ゆっくりと運ばれてきた魔剣。狩夜は葉々斬の柄を放り出した後、鍔も柄もない、剥き出しの状態のそれに右手を伸ばし、角のつけ根、頭蓋と接していたがゆえに丸みがあり、唯一刃の立っていない場所を握り締める。


 次いで、再び巨大岩石と向き直り――


「っし!」


 葉々斬と同じように一閃。


 すると、漆黒の魔剣はあっさり岩石に埋没し、何事もなく振り切られ、さも当然のように岩石を両断した。


 文字通り、何事もなく――である。


 粉塵はおろか、音も、手ごたえすらもなく、漆黒の魔剣は万象一切を切り裂きながら一直線に突き進み、狩夜が自主的にその動きを止めるまで、あらゆる抵抗を使い手に感じさせることはなかった。


「うっわ、気持ちわる! 前々から思ってたけど、どういう原理で切ってるんだこれ!? 分子結合でも断ってるのか!?」


 硬いはずの岩石を、空気のように切り裂く絶対切断能力。世界樹の聖剣とも互角に渡り合った魔剣の力に、狩夜は恐れおののいた。


 震える左手で切断面に触れてみると、磨き抜かれた大理石以上に凹凸がないことがわかる。切断面を合わせたら、そのままくっついてしまうんじゃないのか? と、思えるほどだ。


 だが、決してそうなることはない。なぜならこの魔剣には、絶対切断以外にも、不治の呪いという力が備わっているからだ。


「なんて恐ろしい武器だ……これの使い手と三度もやりあって、よく生きてるな……僕たち……」


 そう呟き、再度岩石に向かって魔剣を振るう狩夜。有線と粉塵から解放されたことにより、葉々斬のとき以上の速度で石材を切り出していく。


 そして、レイラがブルドーザーで二往復。ロードローラーに乗り換えて更に三往復したところで――


「うん、とりあえずこんなところかな?」


 この言葉と共に手を止めた。狩夜の眼前には、山のように積み上がった石材らの姿がある。


 一つは、縦千ミリメートル、横五百ミリメートル、高さ二百五十ミリメートルの直方体。辺の長さの比率が四対二対一という、使い勝手の良いもの。


 もう一つは、半開きの扇状に切り出された、並べると円形になるもの。


 用意した石材は、基本この二種類のみである。


 作業の効率化で大事なのは、規格の統一だ。これら統一された石材を積み上げ、ときに加工し、狩夜とレイラは水道橋を造っていく。


「それじゃレイラ、下はよろしくね。僕は上にいくから」


「……(コクコク)」


 レイラと狩夜の分業は続く。レイラは加工された石材の一部をアンドヴァリ大瀑布の上へと蔓で運んだ後、残りの大部分を体内へと保管。そして「何かあったらすぐに呼んでね~」と言いたげに手を振ってから、大渓谷の中へとその身を投げた。


 レイラの小さな体が大渓谷の底へと消えていくのを見届けた後、狩夜は崖を蹴り上がり、アンドヴァリ大瀑布の上へ。その後、レーザーフラワーが咲いている場所の周りを、魔剣と骨製のスコップを駆使して掘り返し、できた穴の中に石材を敷き詰めていく。


 造っているのは水門。


 水道橋を使ってミズガルズ大陸へと運ぶ水を流したり、堰き止めたりする際に必須となる設備を、イムルに書いてもらった設計図通りに作っていく。


 一方のレイラは、決して少なくない水が流れる大渓谷の底。その僅かに手前で整地作業を進めていた。


 方法は、地形の方を石材に合わせて調整するという、レイラだからできる荒っぽいもの。


 二枚の葉っぱを縦横無尽に振るい、光線の真下に位置する大渓谷の一部分を、巨大な直方体が綺麗に納まるような形に切り取り、瞬く間に整地を終わらせたレイラは、体から無数の蔓を伸ばし、かまぼこ状の支保工しほこうを等間隔にくみ上げた。


 支保工とは、トンネルや橋などを造る際に、上、または横からの荷重を支えるために用いる、仮設構造物のことである。


 自身と繋がる支保工を見つめながら満足げに頷いたレイラは、両手からも蔓を伸ばしつつ、次々に石材を吐き出し、支保工に沿って扇状の石材を並べていった。


 ほどなくして完成する石のアーチ。だが、レイラは一切休むことなく作業を続行。できたばかりの石のアーチと同じものをすぐ横に作り、連ねていった。それと並行し、アーチの上に直方体の石材を並べていく。


 その建造速度は、多種多様な重機を駆使する現代の地球人から見ても、驚異的な速度、かつ、正確性であった。


 たった一人で、重機数千台、作業員数万人、費用数億円規模の仕事をこなし、レイラは急ピッチで作業を進める。


 そして――


「……(コクコク)」


 わずか一時間足らずで、大渓谷を横断する上路式と呼ばれるアーチ橋が完成。レイラは「こんなもんかな~」と言いたげに頷いてから蔓を動かし、支保工を取り外す。


 荷重を支える役目を担っていた支保工がなくなっても、橋が崩れることはなかった。己が橋脚のみで自立し、自重を支え、その形を保ち続けている。


 これで、の作業は終了だ。


「……(キリッ!)」


 レイラは「これからが本番だ~!」と言いたげに表情を引き締め、視線を上に向ける。彼女の視線の先には、遥か上に存在する大地の切れ目があった。


 レイラはこれから、アーチ橋の上にアーチ橋を、そして、更にそのまた上にアーチ橋を造るという作業を、大渓谷の底から地表まで、延々繰り返さなければならないのである。


 その途方もない作業を前にして、レイラは嫌な顔一つしなかった。全身から出す蔓の本数をさらに増やし、一段目を超える速度で二段目を造り始める。

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