208・建設開始

「レイラ、ここから狙える?」


「……(コクコク)」


 水道橋の建設に必要なすべての材料と、設計図を手に入れた狩夜は、ミーミル王国東部からケルラウグ海峡へと舟を出し、ミズガルズ大陸の手前、そのディープライン付近へと再びやってきていた。


 二百メートル先にある希望峰、その岸壁部分の先端を指差した狩夜からの問いかけに、レイラは「当然でしょ~」と言いたげに頷くと、右腕から木製のスナイパーライフルを出現させる。そして、波に揺れる舟の上であることを一切苦にせずに狙いを定め――


「マーカーシード」


 狩夜の言葉と同時に大型で流線形の種子を発射。希望峰の先端部分に見事命中させる。


 発射された種子が岸壁にめり込んだことを見届けた狩夜は満足げに頷き、希望峰へと向けていた指をほんの少し右へとスライドさせた。


「それじゃ、今度はさっき着弾した場所から一メートル右に。なるべく水平でお願い」


「……(コクコク)」


 狩夜の言葉に頷いたレイラは、銃口を僅かに動かした後、狙いもそこそこにスナイパーライフルを発射。狩夜の指示通り、一射目から右に一メートル、かつ、水平な場所に、二射目を命中させた。


「お見事です、先生」


「……(えっへん)」


 一射目より遥かに難易度が高かったであろう二射目を、要望通り完璧にこなしてくれた相棒に対し、拍手と共に心からの賞賛を贈る狩夜。一方のレイラは得意げに胸を張る。


 すべきことを終えた狩夜とレイラは、ついでとばかりに貝と珊瑚の死骸を追加採取した後、ユグドラシル大陸へと戻った。



   ●



「絶景かな、絶景かな」


 残り一つとなった事前準備。それを終わらせるべく、狩夜とレイラは、水道橋を使ってミズガルズ大陸へと送るマナの溶けた水、その水源予定地を訪れていた。


 それは、ミーミル王国とウルズ王国とを分かつ国境。大陸の中心である世界樹から見て南東方向へと伸びる、ユグドラシル大陸最大最長の大渓谷だ。


 世界樹の根の上に存在するユグドラシル大陸は、大陸の地形に世界樹の影響が如実に表れる。成長過程で根が波打てばそこに山ができ、大地が左右に引っ張られれば谷ができる。水源の位置も世界樹次第。


 イスミンスールに生きる人類は、こういった不可思議な地形を『世界樹の気まぐれ』と呼ぶ。狩夜の眼前に存在し、左右に向かって延々と続くこの大渓谷も、そんな『世界樹の気まぐれ』の一つだ。


 そして、狩夜のすぐ横を流れ落ち、大渓谷の中へと消えていく、一条の滝もまた、『世界樹の気まぐれ』の一つである。


【アンドヴァリ大瀑布】


 ウルズ王国の北東部、大径木が乱立する森の中にひっそりと存在する小さな泉を水源とするその滝は、用心深い者アンドヴァリという名の通り派手さはなく、幅も水量もほどほどであった。


 現状、安全地帯である水場にしか生活圏を構築できない人類にとって、マナの溶けた水が自然と湧き出る泉は、なによりも貴重であり、絶好の開拓地になりえる。


 しかし、湧き出る水が三大河川に合流することなく、滝という形で大渓谷に流れ込んでしまうその泉には、一般人の主な移動手段である川沿いを辿るという方法ではたどり着くことができず、腕に覚えのある開拓者しかその地を踏むことができない。そして、仮にたどり着けたとしても、泉の周囲に乱立する大径木は、一本切り倒すだけでも大仕事であり、少数での開拓は困難を極める。


 それら難題をすべて乗り越えて、一般人が生活できる環境を構築し、その土地の支配権を手に入れたとしても、前述したように川沿い辿るという安全な方法ではたどり着けないため、人の行き来や交易が一切ない、孤立した集落ができるだけだ。


 これらの理由から、アンドヴァリ大瀑布とその水源である泉は、手つかずのまま長らく放置され続けていたのである。


 狩夜とレイラが訪れる、今日、この時まで。


「ほんといい景色だね。長野県にある米子よなこ大瀑布の上に立ったらこんな感じなのかな? 写真でしか見たことないけど」


 大渓谷は、ウルズ王国側とミーミル王国側とで百メートル近い高低差があり、ウルズ王国側の方が高い位置にある。そして、狩夜が今いる場所はウルズ王国側。そのため、低い位置にあるミーミル王国の国土を一望できる。その景色は正に絶景であった。


 その絶景を暫し楽しんだ後、狩夜は希望峰のある東北東へと視線を移し、谷に沿って歩き出す。


「この辺りでいいかな……」


 こう口にし、地盤がしっかりした場所で足を止める狩夜。次いで、相棒へと声をかける。


「レイラ、レーザーフラワー」


「……(コクコク)」


 狩夜の呼びかけに応じ、頭上のレイラが動く。右腕から木製の銃身を伸ばし、種を二連射。発射された種は、谷のすぐ手前に、一メートルの間隔を開けて着弾する。


 次の瞬間、大地にめり込んだ種が発芽し、瞬く間に成長。トレニアによく似た純白の花を咲かせた。


 トレニア。


 シソ目アゼナ科ツルウリクサ属の一年草。


 観賞用として日本でもよく栽培されるトレニアだが、この花にはとある逸話が存在する。


 それは、東京上野にある国立科学博物館にて、世界初となる光る花として展示されたことがある――というものだ。


 蛍光タンパク質の遺伝子情報を、科学技術を用いてトレニアに導入することで生まれたその光る花は、暗闇の中で鮮やかな黄緑色の蛍光を発し、来場者の目を大いに楽しませたという。


 そして、世界樹の種を内包するレイラによって作られたこのレーザーフラワーには、その光る花の逸話に関連するある力が備わっていた。


 開花したばかりのレーザーフラワーは、明確な意図をもって動き出し、純白の花を東北東へと向ける。そして、左右の花が連動して角度を調整し、高さが水平になったところで、柱頭部から直径一ミリメートルほどの赤い光線を照射した。


 狩夜は左側の花の前で右手を振り、照射された光線を遮ったり通したりを繰り返し、人体に害がないことを確かめながら口を動かす。


「この光線が、希望峰に植えつけたマーカーシードに向かって伸びてるんだよね? どう? 中継地点はちゃんと機能してる?」


 希望峰からアンドヴァリ大瀑布までの道中、狩夜とレイラは橋の通過予定地の要所要所にも種を植えつけてきた。


 レーザーフラワーの開花と同時にそれらも一斉に成長。希望峰とアンドヴァリ大瀑布の海抜差を自動測定しつつ天高く茎を伸ばし、光線の方向と角度を調整する中継地点になるという手筈である。


「……(コクコク)」


「よかったぁ。ここから希望峰までの正確な距離が分からないから、橋の傾斜が計算で出せなかったんだよね。まあ、出せたところでちゃんとした目印がなくちゃ、建設中に絶対曲がるし、高さもずれるだろうから、どっちみちこれしかなかったんだけど」


 レイラが「大丈夫~」と言いたげに頷くのを頭皮で感じた狩夜は、心底安堵した様子で口を動かす。そして「念のため」と表情で語りながら、こう言葉を続けた。


「レイラ、この光線に沿って葉っぱを広げてみて」


 喜望峰までの距離が距離なため、ほぼ水平に見える赤い光線。レイラは左側の葉っぱを動かし、その光線に沿って横に広げる。


 狩夜は右手でポケットをまさぐり、事前に拾っておいた円形のどんぐりを取り出す。次いで、レイラの葉っぱの中心に丁寧に乗せた。


 すると――


「よし」


 どんぐりは、重力に従って低き方――東南東へと転がり、葉っぱの上から落ちた後、大渓谷へと消えていった。


 目に見える形で光線が傾斜していることを確かめた狩夜は、真剣な顔で告げる。


「後は、この二本の光線に沿って、ひたすらに石を組んでいくだけだね」


「……(コクコク)」


 これで、すべての準備は整った。


「よし! 水道橋、建設開始だ! いくよレイラ! この閉塞感渦巻く絶望の時代に、僕らで風穴を開けるよ!」


「……!(コクコク!)」


 気合の掛け声と共に地を蹴り、大渓谷を難なく飛び越えた狩夜は、百メートルの高低差をものともせずにミーミル王国側へと着地する。それと同時にレイラが狩夜の頭上を離れ、その口を大きく広げた。


 “ポン” という小気味の良い音と共に吐き出されたのは、ギョッルの廃坑から採取した、見上げる程に巨大な岩石。


 珍しく狩夜から離れたレイラが両手から蔓を伸ばし、力任せに周囲の木々を引っこ抜いて、光線が通る場所の真下を整地していく最中、背中から木製の柄が射出される。


 それを狩夜が右手で受け取った瞬間、柄からは稲の葉に酷似した刃が芽吹いた。


 魔草三剣・葉々斬。


 プラントオパールと超振動を利用した高周波ブレードである剣を手に、狩夜は巨大な岩石と向き直る。


 そして――


「っし!」


 迷いのない動作で一閃。頑強な岩石を豆腐の如く切り裂き、一定の大きさの石を次々に切り出していった。

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