207・石の町ログ

「さて、石は手に入ったし、次はモルタル作りだね」


 ところ変わって舟の上。


 狩夜とレイラはフヴェルゲルミル帝国からユグドラシル大陸を離れ、西側に広がる海、そのディープライン付近にいた。


 このまま直進すれば、フローグが発見し、ちょっと覗いて引き返したという魔境。月の民の故郷であるヨトゥンヘイム大陸へとたどり着く。


 もちろん、狩夜の目的はヨトゥンヘイム大陸への上陸などという無謀を通り越した自殺行為ではない。目当てのものは西ではなく、下。海の中にある。


「レイラ、蔓を伸ばして籠状に組んでから、海底をざっと浚ってみて」


「……(コクコク)」


 ディープラインは青潮である。そして、青潮が発生している場所では酸素濃度が低下し、魚や貝は生きることができない。


 なので、そんな場所の海底を浚えば、当然あれらが手に入る。


「……」


 レイラが、「採れた~」と言いたげな顔で、海中から引き揚げた籠状の蔓を狩夜へと差し出す。


 その中には――


「貝と珊瑚の死骸。ゲット」



   ●



 目当てのものを手に入れた狩夜とレイラは、ユグドラシル大陸へと戻り、次の作業をはじめる。


 レイラは葉っぱの片方を巨大化、二つ折りにし、簡易的な容器を形成すると、体内に保管していた貝と珊瑚の死骸を口から吐き出し、その中へと入れていく。


「それじゃ次は、手に入れた貝と珊瑚の死骸を――」


 それが終わると、レイラは残った葉っぱを巨大化させた後、巻物のように丸め、巨大な槌を形成する。そして、その槌を――


「粉々にする」


 容器の中へと叩きつけた。


 葉っぱの槌に何度も何度も叩き割られ、貝と珊瑚の死骸は、石臼にかけたかのように粉々となった。


 白い粉末となったそれらを手ですくいながら、狩夜は言う。


「炭酸カルシウム。ゲット」



   ●



「次。本来なら火山灰を集めたいんだけど、それは非現実的だから、集めた粘土に僅かでも鉄等の鉱物を含んでいるであろう、ギョッルの廃坑から採取した石の粉末を混ぜて――」


 狩夜の説明の最中、剥き出しの地面に置かれた山盛りの粘土と向かい合うレイラが、右腕から朝顔の蕾のような噴射口を出現させ――


「焼く」


 火炎放射器の如く、炎を吐き出した。


 聖獣ドゥネイルを取り込んだ際に手に入れた力を使い、レイラは眼前の粘土を見事に焼き上げていく。


 ほどなくして出来上がった灰色の固形物を手に取り、狩夜は口を動かした。


「焼成粘土。ゲット」



   ●



 焼き上がった焼成粘土を、貝や珊瑚の死骸と同じく粉々にしていくレイラを尻目に、狩夜は最後の仕上げに取り掛かる。


「そんでもって、作った炭酸カルシウムと、焼成粘土を混ぜ合わせれば――」


 言葉通り、炭酸カルシウムと焼成粘土を混ぜ合わせてできた薄灰色の粉末。それを見つめながら、狩夜は言う。


「セメント。ゲット」


 そして、このセメントに一対二、もしくは一対三の重量比で砂を混ぜ、水を加えれば――


「モルタルの完成だ!」



   ●



「ここにいるって聞いたけど……」


 作ったモルタルのテストを終えた狩夜は、再びミーミル王国を訪れ、その南東部に存在する石の町、ログへとやってきていた。


 ログの泉に寄り添うように作られたその町は、石の町というだけあり、家も街道も石造りである。城塞都市であるケムルトのそれと比べると見劣りするが、立派な石の防壁で町の外周を覆い、魔物からの襲撃に備えていた。


 住民のほとんどが地の民であり、その多くが石の切り出しや加工で生計を立てているというログは、日の出から日没まで石を削る音が絶えることはないと有名である。だが、いざ狩夜が訪れてみると町は静まり返っており、他の町と同様活気がまるでない。間違いなく絶望の時代の影響である。


 そんな町中で、唯一活気のある場所。町一番の酒場の前に、狩夜は今立っていた。狩夜が探す人物がここにいるらしい。


 食事処と酒場を兼ねている開拓者ギルドならともかく、未成年かつ童顔低身長である狩夜にとって、純然たる酒場は本来縁遠い場所である。正直入りにくいのだが、狩夜は意を決して出入り口に手をかけ、店内へと足を踏み入れた。


 少年にしか見えない狩夜の来店に、地の民の女性店員が訝しげに首をかしげながら「いらっしゃいませ」と声をかける中、狩夜は酒とつまみの匂いが充満する店内をざっと見回す。


 酒場の中は、仕事を放り出し、絶望の時代から目を背けようと酒に逃げ、昼間から飲んだくれている地の民であふれていた。これでは誰が誰だかわからない――と、眉をしかめる狩夜であったが、意外な事に、目当ての人物はすぐに見つかる。


 他の地の民と同様に、頭でっかちの五頭身。彫りが深いその顔には一センチほどで切りそろえられた鬚が生えており、顎全体を覆っていた。体は筋骨隆々であり、両手は傷とタコに覆い尽くされている。


 一目でこの人だとわかった。ガリムほどではないが、目に見えて雰囲気が違う。肌から感じる圧が違う。


 酒に溺れ、カウンターに突っ伏した状態でこれだ。平時はもっと凄いに違いないと思いつつ、狩夜は足早にその人物へと近づき、次のように声をかける。


「あの、あなたがイムル。イムル・ブロンズリバーさんですか? 当代随一の石工職人と言われる?」


「んあ?」


 狩夜の呼びかけに反応し、カウンターに突っ伏していた地の民の男――イムルが体を起こす。そして、酒気のせいか、いまいち定まらない視線で酒壺と杯を探しながら口を動かした。


「誰じゃお前さんは? イムル・ブロンズリバーは確かにわしじゃが……なんぞ用かのう?」


「やっぱりあなたがイムルさんでしたか! 実はですね、あなたの腕を見込んで仕事の依頼を――」


「やめてくれ」


 狩夜の言葉を遮り、イムルは酒を呷る。その言葉と行動には、明確な拒絶の意が込められていた。


「ぶはぁ……今わしは休業中じゃ。帰ってくれ」


 ここで言葉を区切ったイムルは、酒壺を傾け空になった杯に酒を注ぐ。そして、揺れる酒の水面を見つめながら次のように口を動かした。


「人類が他大陸にいく術が失われたと聞き、故郷であるニダヴェリール大陸を魔物から取り戻すことも、地精霊ノーム様の復活も不可能だと理解した瞬間、全身から力が抜けてしもうたんじゃ。仕事の依頼なら――」


「他はもう当たりました」


 今度は狩夜が言葉を遮る番だった。他を当たれというイムルの言葉の先を取り、次のように言葉を続ける。


「ミーミスブルンでも、ケムルトでも、他の町や村でも、声をかけた石工職人の方々には、すでに門前払いされています」


 フヴェルゲルミル帝国から時計回りにユグドラシル大陸を移動、ミーミル王国の主要都市を順番に回り、石工職人の工房を大小問わず、虱潰しに回った狩夜であったが、良い返事は一度として聞けていない。


 門前払いや居留守などまだいい方。会話が成り立たないこともしばしばあった。突然の罵声と共に、手当たり次第ものを投げつけられたこともあるし、何度話しかけても無反応で、延々と空を見上げていた者もいる。


 誰もが絶望に捕らわれ、もう何をしても無駄なのだと、仕事を放棄していた。最後に残ったのがミーミル王国とウルズ王国の国境付近にあるここ、ログであり、イムル・ブロンズリバーなのだ。


 狩夜は、もう後がないとばかりに何度も何度も頭を下げ、届いてくれと願いながら声を張り上げた。


「お願いします! もうイムルさんしか頼れる人がいないんです!」


「何度頭を下げられようと、答えは変わらん。力が抜けたと言ったろう。今のわしには、思い通りに石を割るどころか、削ることすらできやせん」


「なら設計図! 基本的な石の組み方が書かれた、設計図だけでいいですから!」


 勇者であるレイラの助力があろうと、門外漢である狩夜が独力で水道橋を建てられるわけがない。専門家の助力は必要不可欠であり、石工職人が書いた設計図の入手は、作業開始前にクリアしなければならない最低線であった。


「設計図だけ……のう。ものはなんじゃ?」


 根負けしたのか、酒の水面を見つめつつ、何を造りたいのか尋ねるイムル。狩夜は弾かれたように顔を上げ、気が変わらいうちにとばかりに口を動かす。


「水道橋です!」


「ほう、水道橋とな。なるほど、未開拓の土地にマナの溶けた水を届けて、そこを開拓しようと……なら、人類の版図拡大のためにも協力せねばならんな。紙と筆」


「ここに!」


「設計図を書きながら軽くレクチャーもしてやろうかの……あ、じゃがその前に、酒で喉の滑りをよくせんといかんなぁ……」


「すみませーん! 追加注文お願いしまーす!」


「お、すまんのう」


 あざといやり口で酒を要求するイムルに、狩夜は乞われるがままに酒を奢った。そして、要所要所で酒を強請りながらも進んでいくイムルのレクチャーに対し、一字一句聞き逃すまいと真剣に耳を傾け、必死にメモを取っていく。


 レクチャーの最中、イムルの視線がただただ酒に向けられ、一度とて自身を見ていないことに気づかずに。


 数時間後、イムルのレクチャーを聞き終えた狩夜は、イムルへの報酬と、奢った酒代とで随分と軽くなった財布代わりの皮袋と紙の束を手に、次のように口を動かした。


「設計図。ゲット」

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