203・希望への架け橋

「何も言えなかったなぁ……」


 泣き崩れたレアリエルに肩を貸し、「すみません、宿に戻ります! 少年! 先ほど見たものは他言無用と理解なさい!」と急ぎ足でオープンカフェを後にしたカロン。彼女らと別れた後、狩夜はレイラを頭上に乗せながら、西に向かって伸びるケムルトの大通りを、とぼとぼと歩いていた。


「クーデターの首謀者とか、道を踏み外して世界を滅ぼそうとしている人とかになら、その場の勢いで言いたいことを好き勝手に言えるんだけど……泣いてる女の子が相手となるとなぁ……」


 傷つき、弱り切って涙まで見せた喧嘩友達レアリエル。そんな彼女に何もしてあげられなかったことに自己嫌悪を覚えながら、狩夜は独り言ちる。


 超人的な身体能力を手に入れても、どれほど戦闘経験を積み重ねても、何度死線を踏み越えても、口が達者になったりはしないのだ。


 あのような状況下では、対人スキルと人生経験がものをいう。日本の一中学生であり、恋愛経験ゼロの狩夜にとって、泣いている女の子に気の利いた言葉をかけるという行為は、魔物の大群を相手に大立ち回りを演じる以上の難事であった。


「頑張れ」や「元気を出せ」と、安っぽい言葉で励ましたところで、なんの気休めにもなりはしない。それどころか逆効果にすらなりえる。限界まで頑張ってる相手に、もっと頑張れなどと残酷なことを言ってはいけないのだ。


「僕に任せろ」とか「僕が助けてやる」とも、やはり言えない。絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアは、狩夜とレイラだけでは攻略できないことが実証されたばかりであるし、一度背負った重荷を他者に押しつけ自身は逃げるという行為を、レアリエルは決してよしとはしないだろう。


「泣くなよ……お前はそんな女じゃないだろうが……なんとかしなきゃ……なんとか……」


 言葉でダメなら行動だ。レアリエルの涙を止めるために。そして、他でもない自分自身のために。狩夜はこれから何をすべきか頭を悩ませる。


 困ったときは現状の再確認だ。狩夜はこの二日間で集めた情報を、脳内で総括する。


 狩夜たち人類の勝利条件は、光の精霊の解放だ。これが大前提。決して揺るぎようのない至上命題である。


 光の精霊を解放するには、ミズガルズ大陸――すなわち絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアを踏破し、“邪龍” ファフニールを打倒するしかない。


 レイラやフローグといった、突出した個々人の力では絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアの攻略と、ファフニールの打倒は不可能。多くの仲間の存在が不可欠である。


 だが現状、その仲間が集まらない。仮に集まったとしても、大軍勢を運営、維持するために必要な資金と物資を、狩夜たちは用意できない。


 仲間、資金、物資の問題を解決するには、大開拓時代を復活させ、三国から開拓者ギルドへの融資を再開させる必要がある。


 大開拓時代を復活させるには、誰もが平等に他大陸にいけ、誰しもに平等にチャンスがある状況を作り出すしかなく、それを実現するには、希望岬を再びディープラインの内側へと戻さなければならない。


 そして、ディープラインを広げるためには、世界樹が放出するマナの量を増やさなければならず、マナの量を増やすためには、光の精霊を解放し、世界樹の傷を癒さなければ――


「って、あれ? これって――」


 総括の結果、思わず口から飛び出しそうになった「詰んでる?」という言葉を、狩夜はすんでのところで飲み込んだ。そして「いけないいけない!」と激しく頭を振る。


 言葉には力がある。そして、一度出た言葉はもう二度と口には戻らない。軽々に口にした言葉が、ときに取り返しのつかない事態を招くことを、狩夜は痛いほどに知っていた。


「他の誰かに教えられた方法……固定観念にとらわれてちゃだめだ……常識的な手段でどうにかなるなら、頭の切れる人がとっくに解決してる……発想を変えろ……今回ばかりは普通じゃだめだ……子供の戯言でも、狂人の絵空事でもなんどもいい……何か方法があるはずだ……何か……」


 人類の大半。そして、誇り高い風の英傑すら押し潰した絶望の時代。眼前に立ち塞がる巨大な壁。剣では切れず、拳では殴れない敵を前に、狩夜は思考を巡らせる。


 考える。


 考え続ける。


 人類が唯一魔物に勝る、最強の武器を行使する。


 絶望の闇の中、自分だけが持つ勇者レイラという光を頼りに、希望へと続く道を模索する。


「はい、そこで止まって……通行証がないなら通行料を払ってね……」


 気がつけば大通りの終点であるケムルトの西門、そのすぐ近くにまできていた。そこには、今まさにケムルトの中に入ろうとしている皮袋を背負った風の民の商人と、見るからにやる気のない様子でそれに対応する、光の民の門番がいる。


 外から中に入る際、ケムルトでは通行証の提示、もしくは通行料が必要となるが、中から外に出る際は楽なものだ。狩夜は誰に呼び止められることもなく、ユグドラシル大陸随一を誇る巨大な城壁に造られた立派な門を潜り、ミーミル川沿いの街道へと足を踏み出した。


 この街道を真っ直ぐ歩けば、ミーミルの泉に。そして、その上に築かれた水上都市、ガリムが工房を構えるミーミル王国の王都、ミーミスブルンへとたどり着く。狩夜はそこでポールアクスをお金に変えなければならない。


「はい、確かに……ようこそ、城塞都市ケムルトへ……」


「はぁ~、ここがケムルトだべか。こったら立派な城壁、オラ初めて見ただよ。こんなどえりゃもんは造っちまうんだから、地の民の職人さんたちは大したもんだで」


 狩夜と入れ替わる形でケムルトの中へと入った風の民の商人が、感嘆した様子で呟く。そして、キョロキョロと辺りを見回しながら、次のように言葉を続けた。


「この城壁もそうだけんろ、さっき渡った橋も凄かっただなぁ。川幅の広いミーミル川の対岸を繋いでよぉ。あんの橋があるおかげで、水に濡れることなく誰でもケムルトに入るこどができんだから、ありがてぇありがてぇ」


「――っ!?」


 瞬間、狩夜の脳内の電流が走る。


「橋……対岸を繋ぐ……誰でも……」


 風の民の商人がケムルトの奥に向かって歩みを進める中、狩夜は歩きながら小声で呟く。そして、ミーミスブルンに向かう足取りが徐々に早くなり、終には走り出した。


 興奮を抑えきれないといった様子で走りつつ、狩夜は世界情勢に絶望することなく商売を続け、今この時にケムルトを訪れてくれた風の民の商人に、心の底から感謝した。


 次いで叫ぶ。


「ある! あった!」


 見つけた光明。現状を打開しうる希望の光。


 でも、これはきっと夢物語。言うは易く、行うは難しの典型例。困難極まる大事業。


 人に話せば、間違いなく笑われる。


 誰もが後ろ指を指し「気でも狂ったか?」「できるわけがない」「あいつは馬鹿だ」と、狩夜のことを揶揄するだろう。


 だが、狩夜はそれでも構わなかった。


 笑いたければ笑えばいい。馬鹿にしたければすればいい。


 すでに何度も通った地獄だ。慣れ親しんだ感覚だ。そんなことで、叉鬼狩夜の歩みは止まらない。


 絶対に無理なら諦める。だが、僅かでも可能性があるならば、狩夜は走れる。ボロボロになり、壊れて止まるその時まで、走り続けることができる。


 それが、叉鬼狩夜という人間の本質だ。


 そして、すべきことが明確になればやる気が出るのが人間である。絶望という暗闇の中で進むべき道を見つけ出した狩夜は、嬉々として頭上の相棒へと語りかけた。


「見つけたよレイラ! 大開拓時代を復活させる方法を!」


 レイラが「どうするの?」と言いたげに小首をかしげた直後、他の誰が笑っても、彼女だけは笑わないと信じ、狩夜は自らの考えを高らかに宣言した。


「僕らで建てるんだよ! 希望への架け橋を! 文字通り!」


「……?」


「ケルラウグ海峡を横断して、ユグドラシル大陸と希望岬を繋ぐ、水道橋を造る!」

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