199・トーピードザロプス
狩夜が突撃という判断を下した直後、レイラは海中に沈め、
軍用ゴムボートを彷彿させるデザインをしたその舟は、モーターボート並みの速度で前進。ディープラインを一秒とかからず突破し、
この瞬間、狩夜とレイラの生死を左右するカウントダウンが始まった。
レイラが
海中で舟底に食らいつく水棲魔物をものともせずに、希望峰に向けて邁進する葉っぱ舟。一方、目的地である希望峰ではトーピードザロプスたちがあわただしく動き出す。
しかし、岩礁地帯の西端。すなわち海の手前まで移動すると様子が一変。その名が示す通り、発射管から打ち出された
縄張りが侵される前にあの舟を転覆させる。そんな確固たる意志の元、我が身を武器に変えて突撃していくトーピードザロプス。速度、膂力、殺気。どれもが申し分ないその突撃が直撃すれば、木造船ならば大破転覆。鉄の船でも大穴が空きかねない。
破壊こそされないだろうが、レイラの葉っぱでできた舟は小さく、突撃を受けた際の衝撃でひっくり返る可能性は多分にある。そして、海に投げ出されたが最後、人間である狩夜が海中で水棲魔物に抗う術はない。待っているのは確実な死だ。地の利とは、それほどまでに戦局を左右する。
そんな状況下で、海中から迫りくるトーピードザロプスたちを見つめながら、狩夜は次のように口を動かした。
「レイラ」
「……(コクコク)」
ただ名前を呼ばれただけでレイラは狩夜の考えを察し、両腕から蔓を伸ばす。次いで、左の蔓で狩夜の体を絡めとりつつ、右の蔓を高速で希望峰へと伸ばした。先端が硬質化したその蔓は、希望峰の岩礁部分ではなく、ほぼ直角に聳える岸壁部分に深々と突き刺さる。
次の瞬間、狩夜とレイラの体は舟ごと海面を離れて浮かび上がり、迫りくるトーピードザロプスたちの上を飛び越えた。
舟ではなく、蔓による高速移動にシフトしたレイラは、舟と櫂に変えていた左右の葉っぱを元に戻すと、狩夜の背中に張りつく。
レイラが全身から蔓を出し、自身と狩夜とが決して離れないよう固定していく中、狩夜は空中で体勢を整え、両脚で着地。トーピードザロプスの縄張りである希望峰の岩礁部分、その真っ只中に降り立った。
そこで狩夜を待っていたのは――
「きゅ?」
トーピードザロプスが縄張りを守ろうとした一番の理由。非戦闘員の、生まれたばかりの子供たちであった。
突然上から現れた狩夜のことを、つぶらな瞳で見上げるトーピードザロプスの子供。どんな生き物であっても、子供の頃は可愛いものだ。庇護欲を掻き立てるその姿には、万人が頬を緩めることだろう。
そんな子供を前にして、狩夜は一切躊躇することなく右足を振りかぶると、愛らしい顔を胴体から切り飛ばす勢いで、斧の如き回し蹴りを見舞った。
岩礁地帯に頸椎が圧し折れる音が響く中、トーピードザロプスの子供が宙を舞い、血反吐を撒き散らしながら岸壁に張り付く。
目の前で繰り広げられた惨劇に、周囲にいるすべての子供が目をむいて押し黙る中、狩夜は先ほど蹴り殺した子供がおもちゃにして遊んでいた、あるモノを注視する。
それは、誰のものとも知れぬ、人間の頭蓋骨。
自分が今立っている場所、その本質を再確認しながら、狩夜は胸中にて呟いた。
――ああ、そうだ。
生きて帰れれば僥倖とされるこの世の地獄。
食わねば食われる弱肉強食。そんな言葉すら生ぬるい蠱毒壺。
すべてが魔物に支配された、人の理が通じぬ世界。
一瞬の油断と躊躇が命取りとなる場所に再びやってきた狩夜は、海中でUターンし、慌てて希望峰へと戻ってくるトーピードザロプスたちの方へと視線を向け、唇を震わせる。
「まあ、相手に地の利がある場所でわざわざ戦う必要はないからね」
「……(コクコク)」
「それじゃ、鬼の居ぬ間にやることやっとこうかな」
この言葉の直後、狩夜は右手を腰に運び、鞘からマタギ鉈を引き抜いた。そして、自らに地の利がある陸の上で一陣の風となり、銀光を閃かせながらトーピードザロプスの縄張りを駆け抜ける。
十数秒後、トーピードザロプスたちが陸地に戻ったとき、そこには――
「……(ニタァ)」
狩夜の手で一方的に蹂躙にされ、ことごとく息絶えた子供たちの姿と、そんな子供たちを口裂け女のような笑顔を浮かべながら貪り食らう、不可思議な植物の姿があった。
『――――ッ!!』
激昂し、岩礁地帯へと上がってくるトーピードザロプス。怒りを力に変えて子供の仇を討つべく驀進するが、あまりに遅い。遅すぎる。普通の人間相手ならばともかく、ソウルポイントで同等以上に強化されたものから見たら、もはやただの的であった。
そして、外敵の前でただの的と化した愚かものを見逃すほど、狩夜とレイラは、蠱毒壺の理は甘くない。
相棒にとてもよく似た笑みをトーピードザロプスに向けた後、狩夜は右手に握るマタギ鉈を逆手に持ち替え、迫りくるトーピードザロプスに向けて突貫。敏捷の差で自然とできる隙間を縫うように駆け抜けながら、その首を順次切り飛ばしていく。
『――!?』
狩夜の手で半数以上の仲間が物言わぬ肉塊となったころ、ようやく相手の力量と自らの愚を悟ったのか、生き残りたちが逃走を開始した。人間を優先的に攻撃するという魔物の本能を振り切るかのように海へと飛び込み、我先にとその場から離脱する。
「……(ギラリ)」
が、ここでレイラが動いた。
岩礁地帯の端で足を止め、追撃を断念した狩夜の背中で「一匹たりとも逃がさない~」と言いたげに両目を光らせた後、両腕から細長く鋭い、暗緑色の葉っぱを無数に生やしてみせる。
棒手裏剣を彷彿させるその葉っぱを両腕から自切し、海面へとばら撒くレイラ。その姿を背中越しに見つめながら、狩夜は呟く。
「あの葉っぱは、ウミショウブの……なるほど、海草か」
海草。
海の中で生育する水草の一種。
同音異義語である海藻とよく混同されるが、藻類である海藻と違い、海草は花を咲かせて種子によって増える、れっきとした被子植物である。
レイラが今回出した植物は、そんな海草の一種であるウミショウブに酷似していた。
オモダカ目トチカガミ科ウミショウブ属であるウミショウブは、これ一種のみでウミショウブ属を構成する変わり種である。
刀によく似ていると言われるショウブ目の名がついたことからもわかるように、ウミショウブの葉は刃物の如く鋭く流線形だ。しかし、レイラの両腕から生えてきたそれは、如くではなく、もはや刃物そのものに見える。
そんなウミショウブの刃たちは、海面にばら撒かれるやいなや高速で海中を疾駆し、逃げるトーピードザロプスを追いかけ始めた。
「は?」
本来はあり得ない異常事態を目の当たりにし、狩夜の口から間の抜けた声が漏れる。
見たところ、ウミショウブにはスクリュー等の推進力を発生させるものも、方向を変える舵のようなものも存在しない。ならばなぜ、ウミショウブはあれほどの速度で海中を駆け、目標を追尾しているのだろうか?
「あれ、どうやって動いて――って、そうか、ドヴァリンの遠隔操作能力か」
海中を自由自在に動き回る無数の刃から、狩夜はとある難敵の姿を思い出す。
そう、異常事態の正体は、レイラが取り込んだ聖獣の一体、ドヴァリンの遠隔操作能力であった。レイラは、我がものとしたその力を使い、ウミショウブの刃を遠隔操作しているのである。
水棲魔物のお株を奪う速度で海中を縦横無尽に疾駆する無数の刃から、必死に逃げるトーピードザロプス。しかし、ほどなくして追いつかれ、急所を貫かれた後、あえなく絶命した。
これにてトーピードザロプスの群れは全滅。狩夜とレイラは無事にミズガルズ大陸への上陸を果たし、フローグに続いて二例目となる、ディープラインを越えての他大陸上陸を成功させた。
「……(ニタァ)」
体に突き刺さったままのウミショウブを操作し、トーピードザロプスの亡骸を希望峰へと近づけ、頭上に咲かせた肉食花に順次放り込んでいくレイラ。この捕食行為にもマナが消費されるのだが、レイラに取り込まれた魔物たちは世界樹の種の成長に使われている。戦力増強、そして、奪った命を無駄にしないために必要なことと割り切り、狩夜は何も言わなかった。
自身の背中で相棒が暴食に耽る中、狩夜は眼前に聳える岸壁の上、かつてエムルトがあった場所へと視線を向ける。
「さてさて、ここから先はどうなってることやら」
レイラが捕食を終えるのを見計らって呟かれたこの言葉と共に、狩夜は足を前に踏み出した。
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