197・根無し草

「なにこれ?」


 体を休める意味も込めて舟路での移動を選択し、レイラの葉っぱでできた舟でウルズ川を下ること数時間。久方ぶりにやってきたウルズ王国の首都、その北門をくぐった際の狩夜の呟きがこれである。


 ユグドラシル大陸三大泉の一つ、ウルズの泉の中に築かれた水上都市、ウルザブルン。木と水と風の都は、その様相を一変させていた。


 といっても、風光明媚な街並みが瓦礫の山になっていたり、夥しい数の死体が街中に散乱しているというわけではない。


 街の中心にそびえるブレイザブリク城から放射状に伸びる大通りも、その大通り沿いの街並みも以前のままだ。周囲を見回せば木と風の民だけでなく、多種多様な通行人の姿が見て取れる。


 だが、街に活気がまるでない。


 大通りであるにもかかわらず人通りはまばらで、喧騒も小さい。行き交う人々の足取りは重く、誰もが暗い顔で下を向いていた。


 北門の外側へと目を向ければ、木造の舟着き場に腰かける多くの水の民がいる。が、こちらも町中と似たような状況であり、皆一様に意気消沈。


 死んだような目で舟着き場に寝転んでいる者も多く、築地で競りにかけられるマグロを連想させた。


「暗い、暗すぎる。何この状況? 僕らが聖域に潜伏していた半年の間に何かあったのかな?」


「……?」


 狩夜の言葉に「どうしたんだろうね?」と言いたげに首をかしげるレイラ。


「怪我とか病気ならレイラに治してもらえばそれで解決なんだけど、そんな感じでもないし……とりあえず、フローグさんが一番いそうな開拓者ギルドにいこっか。情報もそこで集めればいいしね。それに、僕たちお金持ってないから、クエストをこなさないとご飯も食べられない」


 半年前、狩夜は聖獣との戦いに使用する可能性のあるものを除き、所有していた価値あるモノすべてを処分していた。開拓者として活動する傍ら、自然とたまっていったお金も、自身を兄貴分と慕う後進たちにすべて渡してしまったため、完全な無一文状態である。


 狩夜が求めるまともな食事と休息をとるには、先立つものが必要だ。開拓者ギルドでクエストを受けた後、ラビスタやビッグワームを鎧袖一触蹴散らして、お金を稼がねばならない。


 狩夜は後ろ髪を引かれる思いで北門を離れ、開拓者ギルドへと向かった。


 売り物が妙に少なかったり、臨時休業している商店らを横目に、狩夜は大通りを歩く。


 ほどなくして、世界樹を簡略化したと思しきシンボルマークが描かれた、大きな看板を掲げる二階建ての建物が見えてきた。


 大開拓時代を支える重要施設にして、国内に点在する開拓者ギルドを統括する、ウルズ王国ギルド本部。


 この街を拠点としていたときに幾度となく訪れたその場所に、狩夜は再び足を踏み入れた。


 その後、狩夜はうんざりとした様子で呟く。


「ここもか……」


 酒場を兼ねたギルドの中は閑散としており、活気がまるでない。並べられた丸テーブルはほとんどが空席であり、ギルド職員もカウンターに一人しかおらず、その一人もカウンターに突っ伏している始末だ。


 かつての賑わいを知る狩夜は、本当に何があったんだ? と、胸中で呟きながら首を左右に振り、フローグの姿を探す。


 すると——


「およ?」


 残念ながらフローグの姿こそなかったものの、顔見知りを見つけることができた。


 本来は気軽に声をかけるような間柄ではないのだが、人恋しさもあり、狩夜は真昼間から飲んだくれている三人組に歩み寄ると、次のように声をかける。


「こんにちは、『荒野の三羽烏さんばがらす』の皆さん。奇遇ですね」


「あん?」


 黒い羽毛の翼を持つ、ガラの悪い風貌をした風の民の男性によって構成された三人パーティ、『荒野の三羽烏さんばがらす』。そのリーダーであるカラス型の風の民が、不機嫌そうな顔で狩夜を睨んだ。


 直後、その両目が見開かれ、次のように叫ぶ。


「おま!? “根無し草ムーブウィード” !?」


「ムーブ?」


 突然飛び出した謎の呼称に狩夜が首をかしげると、カラス男はしまったと言いたげな顔で視線をさ迷わせた。そして、歯切れの悪い口調でこう続ける。


「い、生きてたのかよ? 死んだってもっぱらの噂だったぜ?」


「はい、御覧の通りです」


 ――まあ、実際一回死んだけどね。


「そ、そうか……そりゃよかったな……うん……」


「はあ、どうも。それで、さっき僕のこと変な呼び方してましたよね? なんです? ムーブウィードって?」


「あ、いや、その……二つ名だよ。お前の」


「なんですと!?」


 狩夜は「この僕に正式な二つ名が!?」と、視線で語りながらテーブルに手をつき、身を乗り出すようにカラス男へと顔を近づける。


 すると、カラス男は若干脅えた様子でその身をのけぞらせ、狩夜から慌てて距離をとった。そして、こう言葉を返す。


「い、言っとくけど、俺が広めたわけじゃねーからな! 文句なら言い出しっぺのレアちゃんに言ってくれ!」


「レアが?」


 “歌姫” レアリエル・ダーウィン。


 風の民のトップ開拓者にして、アイドル。数少ないテンサウザンドの一人でもあり、第三次精霊解放遠征にも幹部として参加した。


 狩夜とは初めて会ったときから何かと衝突していたのだが、ヴァンの巨人との共闘を機に和解。今では衝突しつつも互いに認め合う、喧嘩友達のような関係である。


 カラス男が言うには、レアリエルはこの半年、ゆく先々で「カリヤは死んでない! 絶対ない! あいつは根無し草だから、そこらへんをほっつき歩いてるだけなの!」と触れ回っていたらしい。


 そのため、叉鬼狩夜は根無し草だと大衆に広く知られることとなり、いつしか “根無し草ムーブウィード” という二つ名が生まれたそうだ。


 一時期はヴァンの巨人を倒した際に生まれた “巨人殺しジャイアントキリング” を推す声も多く、長いこと競り合っていたらしいが、アイドルであるレアリエルの発言力はすさまじく、最終的に “根無し草ムーブウィード” 派が押し切ったらしい。


「そっか、僕は “根無し草ムーブウィード” か……」


 自身の知らぬところで定着していた二つ名を呟きながら、狩夜は思う。


 ――うん、僕にぴったりだな! 気に入った!


 動く雑草とは実にいい。風雨にさらされても、何度踏まれても、太陽に向かって真っすぐに伸びていく雑草のような心身を持てと、暗に伝えられているようではないか。


 植物型の魔物であり、実際に動き回るレイラをテイムしている現況にもかかっているし、少なくとも名前負けしている気がした “巨人殺しジャイアントキリング” よりはずっといい。


 ――雑草上等! 凡人の雑草魂を見せてやる!


「さすがアイドル。いいセンスしてるな。今度会ったらお礼をしないと」


「おいてめぇ!? いくら不名誉な二つ名をつけられたからって、俺たちのレアちゃん酷いことしたらただじゃ――」


「カリヤ様!?」


 慌てた様子で口を開いたカラス男の言葉を遮るように、カウンターの方から大きな声が響く。狩夜がそちらに顔を向けると、奥にある従業員の控室から、たった今出てきたと思しき人物の姿が目に飛び込んでくる。


 金髪をアップにした純血の木の民。切れ長の瞳をした真面目そうな女性であった。


「あ、タミーさん。お久しぶりです。よかった。やっとちゃんとした知り合いに会えた」


 タミー・カールソン。


 かつて、ティールの村で奇病に侵されていたところを、狩夜たちに助けられたギルド職員である。狩夜が開拓者になる際、受付を担当してくれた相手でもあった。


 タミーは、今にも泣きそうな顔で狩夜を見つめながら言う。


「カリヤ様……生きて……生きていたのですね!? 良かった、本当に!」


「はい。なんだかすみません……心配させちゃったみたいですね……」


「そうですよ! 凄く! 凄く心配しました! この半年ずっと行方不明で! もう死んでいるなんて噂が流れて! いったいどこで何をしていらしたのですか!?」


「えっと、実はとんでもなく手強い相手と戦ってまして、半年がかりの大仕事になっちゃいました。ごめんなさい」


 狩夜はカラス男をその場に残し、困ったように苦笑いを浮かべながらタミーへと近づいた。すると、タミーは凄い剣幕で狩夜を見下ろし、次のように言い放つ。


「そんな相手と戦うのなら、事前にギルドに相談するなり、仲間を集めるなりしてください! 見たところソロで戦いを挑んだようですね!? いくらなんでも呆れます! ソロでの活動は大変危険だと、私何度も何度も言いましたよね!?」


「すみません! 本当にすみません! 僕なりの事情があったんです! でもその事情は無事解決しましたので、パーティメンバーの件に関しては今後前向きに検討します! ですから、どうか穏便に!」


 タミーの頭に角が生えている光景を幻視しながら、狩夜は何度も頭を下げた。するとタミーは「もう、今後なんてありませんよ……」と悔しげに呟いたのを最後に、口の動きを止める。


 そんなタミーを訝しげに見つめながら、狩夜は尋ねた。


「あの、タミーさん。フローグさんって、今ウルザブルンにいますか? ちょっとお伝えしたいことがあるんですけど……」


「いえ、フローグ様は不在です。今どこにいるかもわかりません」


「そうですか。なら、伝言をお願いします。『問題は解決した。もう心配はいらない』と。僕の名前を出してくれれば、これで伝わるはずですから」


「承りました。当ギルドのみであれば無料ですが、手数料を払っていただけるのであれば、ラタトクスを通して先ほどの伝言を全開拓者ギルドに通達し、フローグ様がいずれかのギルドに顔を出した際、速やかにお伝えできるよう取り計らいますが?」


 タミーの言うラタトクスとは、額に赤い宝石がめり込んでいる栗鼠のことだ。


 通信能力を有しており、様々な分野で日々大活躍。イスミンスールではポピュラーな情報伝達手段の一つとして、人々の生活に深く根づいている。


「ああ、ラタトクス伝言サービスですね。お願いしたいんですけど、実は今金欠でして。何か良いクエストありませんか? 僕、なんでもやりますよ」


「ありません」


「手頃なのはありませんか? なら【ラビスタ狩り】と【害虫駆除】を、それから――」


「ですから、ありません。現在、当ギルドは――いえ、ユグドラシル大陸に存在する全開拓者ギルドは資金繰りが悪化しており、クエストの発注、及び受注業務を停止しております。再開の目処は立っておりません」


「え?」


 タミーの口から飛び出した思いがけない言葉に、狩夜の表情が凍りつく。


「ど、どうしてそんなことに……?」


「まさかとは思いましたが、やはりご存知ないようですね。現在、世界樹から放出されるマナの量が激減しているのです。それに伴い、レッドラインが大きく後退し、希望峰までもが飲み込まれました。ミズガルズ大陸は今、その全土がマナの枯渇した地。完全なる絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアとなっているのです」


「んな!?」


「開拓の前線基地であったエムルトは壊滅。ケルラウグ海峡ではすでにディープラインの形成が確認されております。もう我々人類は、他大陸にいくことができません」


「……」


「大開拓時代は、終わったのですよ」

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