第六章・希望への架け橋編

195・第六章プロローグ 手負いの虎

 ――痛い! 痛い! 痛い!


 ――だが、それ以上に……


「ガァアアァアァアァァァァアァアァ!!」


 ――憎い!!


 四肢の一つを失い、慣れない三足歩行で荒野を駆けながら、手負いの虎が叫ぶ。


 自身の存在とその力を誇示し、他者を恐怖させる雄々しい咆哮ではない。我が身に刻まれた傷と、敗北の屈辱を一時紛らわせるための、無様で愚かしい怨嗟の声だ。


 これが密林の王者の姿かと、自身を律する考えも浮かびはする。だが、失った右前足と腹部に空いた穴から発せられる空虚感と激痛が、その考えを上書きし、かの者を激昂させ続けた。


 恥辱を晒す自分自身。地面を蹴る度にぐらつく体。明らかに低下した敏捷。そのどれもが腹立たしい。


 ――憎い!


 右前足を切断した、人間の匂いがするあのカエルが。


 ――憎い!


 我が身に無数の風穴を開けた、角の生えた人間の雌が。


 ――憎い!


 その二人への復讐を邪魔した、人間の子供が。


 ――憎い! 憎い! 憎い!


 ――こいつらは、必ず殺す! どんな手を使ってでも! 何を引き替えにしても! 必ず! 必ずだ!!


 この世の地獄に生を受け、己が快、不快のみを指針に漫然と生きてきた。ただそれだけで、ミズガルズ大陸の森林地帯の主となった天才。


 そんな天才に、生まれて初めて目的ができた。


 超えるべき壁の存在が、明確な指針が、生き物を強くする。


 かの者の進化が、始まった。

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