194・第五章エピローグ 世界救済
「オマケェェエェェエェ!!」
「わぷ!」
戦いが終結すると同時に拘束から解き放たれたスクルドが、両腕を広げながら狩夜の顔に飛びついてきた。次いで、感極まった様子で口を動かす。
「よくぞ! よくぞやってくれました! あなたのおかげでイスミンスールは救われました! 私たちの勝利です!」
「勝った……のかなぁ? 全然そんな気がしないや。むしろ負けでしょ? ずっと手加減されてた。本気を引き出せたのはほんの一瞬。正直、何度死んでたかわからない――って言うか、一回本当に死んだし。聖獣たちが助けてくれなかったら、今頃世界は滅んでるよ」
顔面をスクルドの好きにさせつつ、狩夜はすぐ近くに横たわるダーインの体と、散乱するドヴァリンの角を見下ろし、複雑な表情で語りかけた。
「宿敵に助けられるとはなぁ……」
死後呪縛から解き放たれ、死を乗り越えて聖域の守護者としての責務を果たした、誇り高き聖獣たち。その亡骸の一つに右手を伸ばし、狩夜はやさしく撫で上げた。次いで、万感の思いを込めて礼を述べる。
「ありがとう。おかげで助かった。君らを殺すために鍛え上げた体に、君らに生かされた命を宿して、僕はこれからも生きていく」
「ダーイン、ドヴァリン、ドゥネイル、ドゥラスロール。あなたたちは私の誇りです。どうか、安らかに眠ってください」
狩夜の顔から離れたスクルドが、ダーインの亡骸と向き直り、両手を組んで祈りをささげる。
狩夜もそれに習おうとして、あることに気がついた。
ダーインの亡骸のすぐ傍ら、【厄災】と呼ばれた青年が倒れていた場所に、ドヴァリンの角に紛れて何かが落ちている。
「これって……クリフォダイト?」
数千年前、聖剣を通して世界樹に、そこから更に聖獣へと注ぎ込まれた邪気。それが再結晶したものだろう。
大きさは三センチ弱。再結晶の際に濃縮でもされたのか、色は赤褐色を通り越してほぼ黒。形状は正円を描く球形だったようだが、魔剣による斬撃で破損したらしく、真っ二つに両断されていた。
聖獣の暴走と、急激な強化の一因であろうそれを、狩夜は真摯に見つめる。
形状が球形だからか、それとも、つい先ほど同じように真っ二つにされたところを目の当たりにしたからか、狩夜はクリフォダイトを見つめながらあるモノを連想した。
「なんだろう……どこか世界樹の種に似てるような……」
狩夜がこう呟いた、次の瞬間――
「「あ……」」
狩夜とスクルドの口から、間の抜けた声が漏れる。
横から凄まじい速度で伸びてきた蔓が、クリフォダイトとダーインの体、そしてドヴァリンの角を、まとめて掻っ攫ったのである。
慌てて視線を横に向ける狩夜とスクルド。すると、頭上に咲かせた肉食花に、先ほどかっさらったものだけでなく、並行して回収していたと思しきドヴァリンとドゥラスロールの亡骸、ダーインの頭部をまとめて放り込む、レイラの姿があった。
狩夜とスクルドが、唖然とした様子で大口を開ける中、それらを速やかに体内に取り込んだレイラは――
「……(にぱぁ♪)」
全身から桜のような花を咲かせ「我が世の春がきたー♪」とばかりに、満面の笑みを浮かべる。
ドゥラスロールとドゥネイルに続き、ドヴァリンとダーインの力をも取り込んで、レイラは更なるパワーアップを果たしたようだ。
「うおぉおおぉい!? レイラさぁん!? 奇跡の大逆転の立役者たちを、なに無遠慮に食い荒らしちゃってるのかな君はぁ!? 途中! まだお別れの途中でしょぉおぉぉおぉ!?」
相棒のもとに全速力で駆け寄りながら、狩夜は非難の色を隠そうともせず言い放つ。
この狩夜の剣幕に、慌てた様子で笑みと花を消したレイラは「自分の力不足を痛感して、いても立ってもいられず……」と言いたげな顔で、申し訳なさげに肩を落としてみせた。
「むぅ……」
力不足。先の戦いで自身も痛感したそれを引き合いに出されると、狩夜としては弱い。
狩夜を守れなかっただけでなく、自らも命を落とした先の戦いは、レイラとしても思うところが多々あったのだろう。
険しい表情でレイラを見下ろしていた狩夜であったが、ものの数秒でそれを切り上げ、諦めたように溜息を吐く。
「まあ、食べるって行為は、殺した相手に対する最高の供養でもあるしね。救世の勇者であるレイラの力になれるなら、聖獣たちも本望だろう。うん」
「……!(コクコク!)」
祖父の教えである猟師の心得を元に紡がれた狩夜の言葉に「そうそう! その通り! さっすが狩夜! 分かってる~!」と、レイラはほっとした様子で首を縦に振った。
そんなレイラを意味深な笑顔で見つめながら、狩夜は言う。
「で、僕の分は?」
「……?」
「作戦開始前に言ったよね? 戦いが終わったら、僕とレイラの二人で聖獣を食べようって。まあ、ちゃんと約束したわけじゃないし、僕の活躍なんてレイラと比べたら微々たるものだろうけどさ、僕にも少しくらい聖獣を食べる権利はあると思うんだよ」
「――ッ!?」
「で、僕の分は?」
繰り返されたこの言葉に、レイラの表情が凍りつく。
直後「えらいこっちゃ! えらいこっちゃ!」とでも言いたげに、狩夜の周囲を走り回るレイラ。そして、走り回りながら「どうしよう!? どうしよう!?」と頻りに周囲を見回す。
あ、こけた。
地面に転がったレイラは、すぐに立ち上がろうともがくが、焦っているためかうまくいかない。何度も起き上がろうとして、それと同じ回数失敗した。
ほどなくして動きを止めたレイラは、神妙な面持ちで狩夜と向き直り、その口を大きく開けた。そして “ポン!” という小気味の良い音と共に、あるモノを吐き出す。
それは、頭部から奇麗に分離されたダーインの角と、インゴット状にまとめられたドヴァリンの角。
どうやら、さしものレイラも、この二つだけは取り込むことができなかったらしい。
世界樹の根の上に並べたそれら二つを、御代官に菓子を差し出す越後屋のごとく蔓で押し出したレイラは、「これで許して」と狩夜に視線で訴えた。
そんなレイラに対し、狩夜は意味深な笑みを顔に張りつけたまま、こう切り返す。
「君が食べられなかったものを、僕が食べられると思う?」
この塩対応の直後、レイラは観念したのか、狩夜の足元に歩み寄ると丁寧に膝を折り、正座。
そして――
「全部食べちゃいました。ごめんなさい」
とばかりに、実に見事な土下座を披露した。
「ないんかい!」
そんなレイラの後頭部を、狩夜は容赦なく踏みつける。
「だから! 勇者様を踏むな!」
右足でグリグリとレイラの後頭部を踏みしめる狩夜に、怒りの形相でスクルドが飛び掛かる。周囲を飛び回りながら、狩夜の体をぽかぽかと殴りつけた。
「うん?」
スクルドからの攻撃をまったく意に介さず、レイラの後頭部をグリグリし続けていた狩夜が、不意に顔を上げた。
聖域の中心にそびえる世界樹の幹。その根元が、眩いばかりの光を放ったのである。
その光は、聖域に張り巡らされた根を伝い、狩夜たちのすぐそばへと移動した後、一本の光柱を形成。その光柱の中に、スクルドと同じ若葉色の髪と、天上の美貌を有する女性の立体映像が、実際に相対するのと変わらぬ精巧さで映し出された。
「またこうしてお会いできたことを、大変嬉しく思います。私の勇者様。そして、叉鬼狩夜さん」
女神ウルド。
世界樹の三女神の長女にして、世界樹と聖域の管理者。
イスミンスールの頂点に君臨する者との、一年越しの再会である。
「はうぁ! こ、これは姉様! 遠路はるばるご足労おかけして誠に申し訳ございません! 本来は私たちの方から御身のもとに出向くべきですのに!」
狩夜を殴るのをやめ、恐縮しきった様子で姿勢を正すスクルド。そんな彼女に「いえ、近いですよ。すぐそこではないですか」と、呆れたような声色で言葉を返すウルドの姿を、狩夜はざっと観察する。
一年前と同じく、その両手足は歯形に埋め尽くされており、絶え間なく血を流し続けていた。血染めのドレスに隠された体も同様だろう。
平然としているが、ウルドが凄まじい痛みに絶え間なく襲われているであろうことは、想像に難くない。
聖獣を倒しました。これで世界樹は元通り。めでたしめでたし――とは、どうやらいかないらしい。
「お久しぶりです、ウルド様。約束を守り、あなたとこうして再会できたことを、僕も嬉しく思います。でもすみません、一年もお待たせしてしまって」
右足の下からレイラを解放した後、謝罪の言葉と共にウルドに向かって深々と頭を下げる狩夜。
一方、狩夜の足元でどこか名残惜し気に立ち上がったレイラは「やっほー。久しぶり~」とばかりに、ウルドに対し右腕を振る。
凡庸な一般人である自分には土下座するくせに、世界の頂点には会釈すらしない相棒に、狩夜の顔が盛大に引きつる中、ウルドは「ふふ」と上品に微笑み、口を動かす。
「頭をお上げください、狩夜さん。一年など、悠久の時を生きる私たち女神からすれば、瞬きのようなもの。聖獣を倒し世界を救済するには、それだけの月日が必要だった。ただそれだけのことです」
この言動に、狩夜が「なんて器が大きい」と感動し、後でレイラの上でタップダンスを踊ってやると決意する中、ウルドは次のように言葉を続けた。
「あなた方の活躍により、私は――世界樹は、今もこうして生きています。イスミンスールは滅亡の危機を脱することができました。本当に……本当にありがとうございます。この恩義に対し、三女神の長女として、私はどのように報いればよいのか――」
「そ、それなら一つお願いが!」
恩に報いるという言葉に、狩夜は弾かれたように頭を上げた。そして、ウルドの言葉を遮って言葉を紡ぐ。
意地汚いかなとも思うが、狩夜にも譲れないものがある。狩夜はこの願いを叶えるために、死と隣り合わせの過酷な一年を過ごしてきたのだ。
「願い? 私にですか? なんでしょう?」
「僕を地球に、元の世界に戻してください! 世界樹なら、ウルド様ならできるんですよね!?」
「ええ、可能ですよ」
――よっしゃーーー!!
ウルドの回答を聞いた後、胸中で盛大にガッツポーズを決める狩夜。すぐ隣で浮遊するスクルドが、なんともいえない寂し気な表情を浮かべていることに気づくことなく、興奮した様子で口を動かす。
「これで治る! 妹は、咲夜は助かるんだ! レイラ! 一度僕と一緒に地球に戻って! 大丈夫、約束は守るよ! なんだってする! 妹の体が治った後は、僕は君の奴隷でかまわな――」
「ですがそのためには、世界樹が万全の状態である必要があります」
「い……って、え?」
狩夜の言葉を、今度はウルドが遮った。そして、冷水を浴びたかのように体を強張らせる狩夜に対し、畳みかけるようにこう言い放つ。
「そして、万全の状態とはすなわち、現在封印されている世界樹の分身、八体の精霊の解放を意味します」
「……」
突如として突きつけられたあまりにあんまりな現実に、フルマラソンを走り切ったのにゴールがなかったような顔で、狩夜は絶句する。
そんな狩夜を、この上なく沈痛な面持ちで見つめながら、ウルドはなおも口を動かした。
「以上の理由から、狩夜さんを今すぐ元の世界にお返しすることは、残念ながらできません。かえって落胆なさるかと思い、一年前はあえて伝えなかったことなのですが、誰から聞いて――って、一人しかいませんか」
この言葉と共に、呆れ顔で視線を横に向けるウルド。それに釣られる形で、狩夜とレイラも視線を横に向ける。
彼らの視線の先には、コソコソとこの場から逃げ出そうとしているスクルドの姿があった。
そんなスクルドの背中目掛け、狩夜は怒りに震える声で告げる。
「スクルド……弁明を聞こう……」
この言葉に両肩を跳ね上げた後、恐る恐る背後を振り返るスクルド。そして、右手を胸の高さまで上げ、力を入れ過ぎて変色している中指を、同じく力の入れ過ぎで変色している親指で押さえつけている狩夜の姿を目の当たりにし、顔を青くした。
次にスクルドは「知らなかったんです。助けてください」とばかりに、姉であるウルドへと視線を向ける。しかし、ウルドは首を左右に振り「管轄外である異世界転移を、独断で狩夜さんへの報酬とした、あなたの落ち度です。大人しく裁きを受け入れなさい」と、真顔で口を動かした。
そしてレイラは、我関せずといった様子で、事の成り行きを見守っている。
進退窮まったスクルドは、視線を二度左右に動かした後、意を決したように大きく頷いた。次いで、狩夜に向かってこう言い放つ。
「オマケ、何をやり切った顔をしているの! 私たちの冒険はこれからよ!」
「ふざけるなぁ!」
「へぷっ!」
狩夜、渾身のデコピンが炸裂。
スクルドの体がスパイラル回転をしながら吹っ飛び、大きく放物線を描いてから世界樹の根の上に墜落した。
「ふ、ふふ……ふふふ……」
墜落後、右手で口元を拭いつつ立ち上がるスクルド。そして、不敵な笑みを浮かべながら口を動かす。
「効きましたよ……いいもの持ってるじゃないですか、オマケェ……ですが腰が入ってません! その程度で歴戦の戦乙女であるこの私をどうにかできると思ったら大間違いですよ!」
「膝笑ってるぞ! 大丈夫か!? 叩いてごめんねぇ!」
苛烈なようなで微笑ましいじゃれ合いを披露する狩夜とスクルド。それを傍から見つめながら、ウルドは言う。
「愚妹が多大なご迷惑をおかけいたしました。心中お察しいたします。ですが、あなたの願いは聞き届けました。今度こそお約束いたしましょう。八体の精霊が解放された暁には、このウルドが責任をもって、元の世界の望む場所、望む時間に、狩夜さんを送り届けてさしあげますわ」
「……(ペシペシ)」
レイラは狩夜の足元に歩み寄り、励ますように優しく脚を叩いてから「これからも一緒にがんばろうね」と言いたげに、奇麗な笑みを浮かべる。
かくして、狩夜たちの活躍により、イスミンスールは滅亡の危機を免れた。
だが、妹の救済という狩夜の願いは叶わず、それを成し遂げるには、世界樹が万全の状態でなければならないことが明かされる。
世界各地で封印されている八体の精霊を解放するという、新たな冒険の幕が、今開かれた。
次なる舞台は、
狩夜とレイラの冒険は、まだまだ続く。
「ああもう! わかったよ! やるよ! やるさ! やればいいんだろ! ちっきしょぉおおぉぉぉおぉぉ!!」
スクリーム・フロンティア 引っこ抜いたら異世界で
第一部・ユグドラシル大陸編 完
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