192・叉鬼狩夜 死す
「おぉおおぉぉぉおぉ!!」
「カァアアァァァアァ!!」
狩夜と【厄災】の双方が、気合の掛け声と共に己が武器を振りかぶり、相対する敵に向けてほぼ同時に振り抜いた。
もう幾度目とも知れぬ聖剣と魔剣のぶつかり合い。その衝撃で聖域が揺れる最中、膂力で勝る【厄災】は、力任せに狩夜を薙ぎ払おうと更に魔剣を押し込んでくる。その瞬間、狩夜は逆に力を抜いた。
左斜め上から迫る【厄災】の斬撃を自身の右方向に流し、低身長を生かして斬撃の下に潜り込みながら左足を前へと踏み出す狩夜。その左足を軸に時計回りに一回転し、攻撃が受け流されたことでがら空きとなった【厄災】の脇腹に回転切りを見舞う。
「む!」
今までになかった虚実を混ぜた攻撃に、【厄災】の顔色が変わる。魔剣での防御を諦め、狩夜の右方向に跳躍しこれをやり過ごした。
そんな【厄災】を狩夜は追いかけ、背後から聖剣で切りかかる。
「先ほどまでとは動きのキレがまるで違うな、少年! 今までは手を抜いていたのか!?」
着地と同時に半回転し、魔剣で聖剣を受け止めながら【厄災】は言う。そんな【厄災】と鍔迫り合いをしつつ、狩夜は次のように答えた。
「んなわけあるかよ! ビビるのをやめて視野が広がっただけだ! 相手は人知を超えた化け物なんかじゃなく、僕と同じただの人間だってわかったからな!」
「――ッ!?」
狩夜の言葉に再度目を見開く【厄災】。動揺を見て取った狩夜は鍔迫り合いを切り上げ半歩後退。鍔迫り合いの勢いそのままに前傾姿勢となった【厄災】目掛け、無数の斬撃見舞う。
「クハ……クハハハ! この異形の怪物を! 人類史上最悪の【厄災】たるこの私を! 人間と呼ぶのか君は!?」
動揺を隠すように笑いながら瞬時に態勢を立て直し、狩夜の連撃すべてを叩き落とす【厄災】。そんな【厄災】に臆することなく更なる斬撃を放ちつつ、狩夜は「当然だ」とばかりに鼻を鳴らした。
「っは! 別の世界からきた僕から見たら、半人半魚の水の民も、半人半蛇の火の民も、お前と大して変わんねぇよ! 中身にしたってそうだろうが! お前はまだ人間だよ! 一度出した間違った答えが引っ込みつかなくなって、意固地になって突っ走ってるだけの、愚かで馬鹿な人間だ! なにが【厄災】だ笑わせるな! 完全に名前負けだ! ビビる必要がどこにある! お前と僕は、何一つ変わらない!」
「――ッ!?」
狩夜の言葉に刹那の時間硬直する【厄災】。再三にわたる動揺。圧倒的強者たる【厄災】に弱点があるとすれば、その強すぎる感受性だ。
狩夜はその弱点を容赦なく突く。
狩夜は右手を腰に回しながら、左手一本で聖剣を握り、真正面から【厄災】に切りかかった。半ば呆然としている【厄災】は、これまで通り魔剣で聖剣を防ごうとする。
が、狩夜はここで聖剣を引っ込め、跳躍。相手の虚を突いて魔剣の右側を素通りし、【厄災】の左側頭部目掛けての右回し蹴りを繰り出した。
「――ッ!?」
我に返り、【厄災】は咄嗟の判断で左腕のガードを上げ、頭部を守る。
ガード自体は間に合い、狩夜の蹴撃を防ぐことに成功した【厄災】であったが、防いだ狩夜の足から放たれたあるモノがガードをかいくぐり、【厄災】を襲った。
それは靴。
ガードの衝撃ですっぽ抜けるようにしておいた狩夜の登山靴が、【厄災】の顔面を直撃し、その視界を塞いだのだ。
「っく!? 足癖の悪い!」
顔のすぐ横にあった左腕を振るい、靴を払いのける【厄災】。直後、その表情が驚愕に染まる。
狩夜が右手で投擲したマタギ鉈が、靴の影から【厄災】の顔面に迫っていたのだ。
右の眼球に向けて一直線に迫る鋼の刃を、【厄災】は条件反射的に右腕を振るい、魔剣で弾き飛ばす。が、弾き飛ばした直後、己が失敗を悟ったのか顔を歪めた。
両腕を不格好に振るい、無防備となっている【厄災】。一方の狩夜は空中で体勢を整え、両腕で聖剣を握り、大上段に構えていた。
――届く!
なりふり構わず、手持ちの札を駆使して作り出した、千載一遇の好機。それを前にして、大切に思う人すべての姿が狩夜の脳裏に浮かび、消えていく。
――会うんだ!
最後に浮かび上がったのは、今こうして強大な敵と戦う最大の理由。レイラの力で病気を治し、満面の笑みを浮かべる最愛の妹の姿。
――この戦いに勝って、皆と! 咲夜と!
それら大切な人たちへの思いを力に変えて、己が全てを聖剣に込めた渾身の一撃を、狩夜は【厄災】目掛けて振り下ろす。
「もう一度、会うんだぁあぁぁぁあぁぁあぁ!!」
万物を切り裂き破砕する、緑色の刀身が【厄災】に迫る。
そんな中――
「え?」
水平に描かれた漆黒の虹が、聖剣の斬撃に割り込み、狩夜の両腕と胸部、そして、
「あ」
漆黒の虹を描いた当人である【厄災】の口から、些細な失敗をしたかのような声が漏れた。
次の瞬間、漆黒の虹が通過した場所に存在したすべてのモノが上下にずれ、重力に従って力無く落下を始める。
意識が遠のいていく最中、狩夜は見た。
【厄災】の右腕、その関節部分が粘土のように蠢き、人間ではありえない駆動をしている光景を。
世界樹の種が機能を停止し、急速に枯れていくレイラの姿を。
上下に切り分けられた自身の胸部から、人間が生きるのに必要不可欠なものが零れ落ちる瞬間を。
「皆……ごめん……」
最後の力でこう呟くと同時に瞳から光が消え、叉鬼狩夜だった肉の塊が、世界樹の根の上に転がった。
「オマケ……勇者様……そんな……そんな……イヤァァァアァァアァ!!」
仲間たちの死と、自陣営の敗北を目の当たりにし、信じたくない、こんなことあってはならないとばかりに、スクルドが悲痛な叫び声をあげる。
だがこれは、決して不条理な敗北というわけじゃない。
順当な結果だ。
彼我の戦力差を考えれば当然だ。
命の危機に直面した【厄災】の体が、生存本能に従って動き、今出せる最高の動きで、眼前に迫る脅威を排除した。ただ、それだけのこと。
相手が格上と知りつつ、無策で戦いを挑んだ者の、お決まりの結末。
それが、この惨状のすべてであった。
「しまったな……つい。残念だよ、少年。君にはもう少し、この体の慣らしにつき合ってほしかったのだが……な」
決着がついた後、足元に転がる狩夜の亡骸を、どこか名残惜し気に見下ろしていた【厄災】であったが、この言葉と同時に踵を返し、その場を離れた。
聖域を悠然と進む【厄災】。
かの者の歩みを阻むものは、もう誰もいなかった。
特等席で見せてやるという自身の言葉を守るためか、拘束されたスクルド目の前で足を止める【厄災】。次いで、聖域の中心に聳える世界樹と向き直り、右腕と一体になっている魔剣を天高く掲げる。
「世界の命運は決した。さあ、人類の終わりを始めよう」
この言葉の直後、魔剣が赤黒い光に包まれた。
その光は徐々に太く、長くのびていく。そして、魔剣を包む光の量に反比例するかのように、【厄災】の体は徐々に細く、まるで老いるかのように衰えていった。
ほどなくして、魔剣を包む光は天を突くまでに巨大化。【厄災】が我が身を犠牲に作り上げた赤黒い光の大剣の長さは、世界樹の幹の直径を明らかに超えている。
「やめて……お願い、やめてぇ! 世界樹を! 姉様を殺さないでぇ!」
「やめぬよ。追い詰められ、進退窮まった挙句、無理矢理出した雑な答えであろうとも、私はもう引き返すことはできんのだ」
【厄災】の意図を察したスクルドが、女神の矜持を捨て涙ながらに懇願する。しかし、【厄災】はその懇願を無慈悲に切り捨て、巨大な魔剣を振りかぶりながら、次のように言葉を続けた。
「長かった……長い長い……永遠にも思えた私の孤独な戦いが……これでようやく終わる……」
「やめて!」
「人類は今度こそ滅びる! 世界に我が世の春が来る!」
「やめてぇ!」
「罪深き人間どもよ! 我が裁きを受けるがいい!」
「誰かなんとかしてぇぇえぇぇえぇぇぇ!!」
【厄災】と女神の声が聖域に響いた直後、魔剣は世界樹に向かって振り下ろされた。
世界樹が一刀のもとに切り倒され、人類が、世界が、イスミンスールが滅ぶ。
まさにその時――
「は?」
聖域を駆け抜けた緑色の流星が、背後から【厄災】の右肩を貫き、魔剣と繋がる右腕を胴体から切り離した。
右腕が宙を舞い、魔剣を包む光が瞬く間に消えていく中、【厄災】は背後を振り返り、自身を貫いた流星の出どころを探す。
その視線の先には――
「なぜだ!?」
死んだはずの叉鬼狩夜が、同じく死んだはずのレイラを――
同刻。
戦場から少し離れた場所で事切れている白き聖獣。その頭上で燦然と輝く、水晶の如き角の全体に無数の亀裂が走り、跡形もなく砕け散った。
事象がねじ曲がり、条理と不条理が、生者と死者が、勝者と敗者が入れ替わる。
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