190・過去最強の敵
「魔草三剣・葉々斬! 草薙!」
【厄災】が戦いの始まりを告げた直後、狩夜は相棒に武器を求めた。
この呼びかけに即応したレイラは、背中から木製の柄を二つ射出。狩夜がそれを両手で受け取ると、稲の葉によく似た葉々斬の刀身と、柊の葉によく似た草薙の刀身が芽吹く。
右手に葉々斬。左手に草薙。これが現状における叉鬼狩夜の
相手が何をしてきても対応できるよう、狩夜は二本の剣を構えながら両の目を光らせた。そんな狩夜の背中では、余裕の一切ない表情を浮かべるレイラが右腕からガトリングガンを出現させる。
とりあえず遠距離攻撃で様子見だとばかりに、レイラがガトリングガンの銃口を【厄災】へと向けた、次の瞬間――
「「――ッ!?」」
狩夜の視界から【厄災】の姿が掻き消え、目に映る景色の上半分が白に、下半分が黒に埋め尽くされる。
白が【厄災】の上半身で、黒がダーインの下半身だ。狩夜たちとの間合いを【厄災】が一瞬で詰めた結果、体のつなぎ目が狩夜の眼前に現れたのだ。
油断も隙も無かったはずなのに、狩夜はおろかレイラですら反応できない速度で間合いを詰めてきた相手に驚愕しつつ、狩夜は全力でバックステップを踏む。それと並行して両腕を動かし、葉々斬と草薙を交差させながら頭上へと運んだ。
レイラもまた二枚の葉っぱを硬質化させ、狩夜を守る盾とする中、【厄災】は間合いを詰めたときにはすでに振り上げていた右腕を、右手と一体化しているダーインの頭部を、狩夜とレイラ目掛けて振り下ろしてくる。
不治の呪いを帯びた魔剣が、聖域の宙に漆黒の虹を描いた。
漆黒の虹は、葉々斬と草薙、レイラの葉っぱとガトリングガンを、空気の如く切り裂いた後、狩夜の体まであと一センチほどの場所を通過し、地面すれすれで停止する。
幾度となく狩夜の窮地を救い、強敵を屠ってきた葉々斬と草薙。その刀身がレイラの葉っぱとガトリングガンの銃身共々、世界樹の根へと落ちていく最中、狩夜は三度バックステップを踏み【厄災】から大きく距離を取る。一方の【厄災】は狩夜を追おうとはせず、振り下ろした魔剣を胸元へと運び、それと下半身とを交互に見つめた。
「はぁ! はぁ! はぁ!」
――今、一回死んだな……
あと一歩。魔剣を振り下ろす際、【厄災】があと一歩足を前に踏み込んでいたら、狩夜は間違いなく死んでいた。
なぜ、僕はまだ生きているのだろう? と、冷や汗にまみれたで表情で語りながら、狩夜は荒い呼吸を繰り返す。そんな狩夜の疑問に、思案顔で自らの体を見下ろす【厄災】が答えた。
「ふむ、この体は扱いが難しいな。二足歩行と四足歩行では、だいぶ勝手が違う。以前のように空も飛べんし、慣れるまでには少し時間がかかるか」
慣れ。狩夜が今も生きている理由がそれであるらしい。そして、その体に慣れていない【厄災】にすら、今のままではまったく太刀打ちできないということが、先の攻防ではっきりした。
狩夜は、両手に握る柄を放り出しながら、覚悟と共に告げる。
「レイラ、
「……(コクコク)」
よほどのことがないかぎり
レイラも理解しているのだ。
遠近中防とか、相手が何をしてきてもとか考えてる場合じゃない。あの魔剣の斬撃を止めないことには、勝負にすらならない。
中ほどから断ち切られた葉っぱを根元から自切し、新たに二枚の葉っぱを生やした後、レイラはその身を聖剣へと変えた。それを両手で握り締めた瞬間、狩夜の身体能力が激増する。
「ほう」
狩夜が
――よし、今度は見える!
先ほどと違い、狩夜の目には【厄災】の動きが見えていた。
体感時間を圧縮し、一秒を可能な限り永遠に近づけてもなお神速の如き速度で接近し、魔剣による斬撃を繰り出してくる【厄災】。その斬撃を、狩夜は
聖域で、再び聖剣と魔剣がぶつかり合った。
聖獣二体を取り込んだことで、格段に強化されたレイラ。よって
人類初の『未到達領域』に足を踏み入れた狩夜。今この瞬間、叉鬼狩夜は間違いなくイスミンスール最強の人間である。
だが、それでも――
「ぐ、がはぁ!?」
力の差は歴然。
狩夜は、たった一合で【厄災】に弾き飛ばされ、大きく後退することを余儀なくされる。
ダーインのときと同じく、聖剣は断ち切られることなく魔剣を受け止めてみせた。が、それゆえに【厄災】の膂力を、余すことなく狩夜に伝えた。両腕だけでなく全身が、骨の髄まで痺れている。
「なるほど。その武器は世界樹の聖剣を模しているのか。よくできてはいるが、本物には遠く及ばん。本物とやり合ったことのある身としては、いささか物足りんな」
自陣営最強の武器を物足りないと一蹴され、狩夜は悔し気に顔を歪める。
たった二度の攻防で格付けが済んでしまった。だが、それでも狩夜は諦めない。闘志の燃える双眸で【厄災】を見据えながら、痺れる体に鞭を撃ち、聖剣を構え直す。そんな狩夜を感心した様子で見つめ返し、【厄災】もまた魔剣を構えた。
「オマケ、今いきます! 同化して〔
狩夜の劣勢を見て取ったスクルドが、険しい表情で叫んだ。背中の羽を懸命にはためかせ、全速力で狩夜のもとに向かう。
すると、【厄災】は忌々し気に顔を歪め、狩夜からスクルドへと視線を移した。次いで、左手の人差し指を伸ばしながら口を動かす。
「羽虫が。貴様は引っ込んでいろ」
この言葉の直後、人差し指の第一関節から先が粘土の如く左手から分離し、スクルド目掛けて撃ち出された。
「こんなもの!」
スクルドは空中で身を翻し、迫りくる指の射線軸上から退避する。が、次の瞬間、【厄災】の指が蜘蛛の巣の如く広がり、攻撃範囲を激増。スクルドの体を絡め取った。
「きゃあ!?」
スクルドを絡め取った後も直進を続ける【厄災】の指は、一際大きく盛り上がった世界樹の根にぶつかることでようやく停止。その場にスクルドを拘束する。
どうにかして拘束から抜け出そうと、懸命にもがくスクルドであったが【厄災】の指はびくともしない。
「しばらくそこで大人しくしていろ。貴様には、私が勇者を始末し、世界樹を切り倒すところを特等席で見せてやる」
「スクルド!?」
仲間の窮地に名を叫びながらそちらに視線を向ける狩夜。しかし、狩夜の目に映ったのは拘束されたスクルドの姿ではなく、再度視界を覆い尽くす白と黒。
「仲間を気にかけている余裕があるのか?」
「――ッ!?」
この言葉と共に、あえて狩夜の眼前に回り込んだであろう【厄災】が、魔剣を振り下ろしてきた。
狩夜はとっさに聖剣を横に構え、真上から迫りくる魔剣を受け止める。
「が、がぁああぁぁあぁ!!」
全身の力を振り絞り、必死に斬撃に抗う狩夜であったが、両の腕と両の脚が、すでに【厄災】の膂力に屈しかけていた。筋肉が寸断し、骨が軋む音が、体のいたるところで響く。
――強すぎる!
大願成就を目前にして立ち塞がった、過去最強の敵。その圧倒的な力量を、狩夜は胸中でそう評した。
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