184・いんちき
――なにが起きた?
作戦は成功。神をも出し抜く奇策により、狩夜はドゥラスロールを奇襲。その体を葉々斬で切りつけた。
――なにが起きた!?
耐え難きを耐え、忍び難きを忍んできた一年。それらの総括ともいえる、自身の全てを込めた必殺の斬撃。それをもって、狩夜はドゥラスロールの首を飛ばした。首を切り飛ばした際の会心の手応えが、今も狩夜の手に生々しく残っている。
――なにが起きた!!??
聖獣・ドゥラスロールは死んだ。確かに死んだはずだ。
にもかかわらず――
――なぜドゥラスロールが、僕の目の前に立っている!?
葉々斬の刀身が描いた軌跡、必殺の斬撃の僅かに外。狩夜の攻撃が届かなかった場所に、白き聖獣が、水晶の角を持つトナカイが、無傷で立っていた。
まるで白昼夢を見たかのような異常事態。そして、その夢を、とびきりの悪夢を狩夜に見せたのが、眼前の敵であることは明白だ。
あたかも、はじめからその場所に立っていたかのように自身を見下ろすドゥラスロールを、技後硬直の最中にある狩夜は目をむいて睨み返す。
――いったいなにをした!? 答えろ、害獣の王!
自身の体感時間を圧縮し、一秒を可能な限り永遠に近づけながら、狩夜は視線で問いかける。
次の瞬間、狩夜の疑問に答えるかのように、ドゥラスロールの頭部で変化が起きた。
ドゥラスロールが頭上に頂く水晶の角。陽光を反射し、燦然と輝くその角全体に無数の亀裂が走り、跡形もなく砕け散ったのである。
ドゥラスロールの角が粉雪の如く聖域に舞い散る中、狩夜の脳髄に直感という名の電流が走り抜けた。そして、一つの答えが導き出される。
――こいつ、角を代償に、自分の死を無かったことにしたのか!?
根拠などないただの仮説。だがそうとしか思えない。
ドゥラスロールは自身の角を代償に、なんらかのスキルを発動。確定したはずの事象を捻じ曲げ、自らの死を無かったことにしたのである。
『聖獣たちは数千年もの間、世界樹を取り込み続け、格段に強くなっています。もしかしたら、私の知りえないなんらかの能力を、新たに習得している可能性もある。留意なさい』
作戦を決行する直前にスクルドが口にしたこの危惧が、最悪の形で現実になった。
こんな能力、狩夜は――いや、この世界の誰も知らない。
【厄災】から数千年。その年月の中で新たに作り出された、未知のスキルである。
女神の未来予測すら覆すそのスキルによって、狩夜の一年間の努力が、成功していたはずの作戦が、たった一手で覆され、一笑のもとに踏みにじられた。
奇襲作戦は、成功したが失敗だ。
無理矢理失敗に、させられた。
――落ち着け! 悲観するな! ドゥラスロールは仕留め損なったけど、状況はそこまで悪くない! 奴は角を、治癒能力を失った! ヒーラーがいなければ聖獣たちの連携は瓦解する! なら勝てる! 最後に笑うのは僕たちだ!
スキル発動の代償として、ドゥラスロールは己が能力の要である角を差し出した。あれほどの強スキルである。さしもの聖獣といえど、ノンリスクで使えるはずがない。
あのスキルは、一度きりの奥の手だ。その奥の手を使わせ、ドゥラスロールから治癒能力を取り上げたのだから、奇襲作戦は十分な戦果をあげたといえる。
回復できないヒーラーなんぞ、ただの足手纏いだ。この後、たとえ聖獣が集結したとしても、勝つのは――
「――っ!?」
ドゥラスロールを睨みつける自身の視界の中で起こった変化。自分たちを窮地に追い込むその現象を目の当たりにし、狩夜の全身に怖気が走る。
――やばい! もう次が生えてきた!
ドゥラスロールの頭部。水晶の角のつけ根であった部分から、新たな角の先端が顔を出し、もの凄い速さで伸び始めたのである。
トナカイの角は雄と雌の双方に生えており、おおよそ一年の時をかけて少しずつ成長。雄は秋から冬に、雌は春から夏に抜け落ちる。
だが、ドゥラスロールのそれは一年がかりなどという速度ではない。あの勢いだ。ものの数分で元の大きさにまで成長することだろう。
角が伸び切ってしまえばどうなるかは想像に難くない。ドゥラスロールは治癒能力を取り戻す。それどころか、先ほどのスキルをもう一度使用することすら可能だろう。
あのスキルは、一度きりの奥の手などではない。僅か数分のクールタイムで、何度でも使用可能なのだ。そしてドゥラスロールは、その度に事象を、運命を捻じ曲げる。捻じ曲げ続ける。
狩夜とレイラが力尽きる、そのときまで。
――ふざけるな! いくらなんでも
なんという不条理。これは、神の眷属だけが使える、最大級の不正行為と言っていい。それをあろうことか、世界の命運をかけたこの戦いで使用されたことに対して憤った狩夜が、たまらず胸中で毒突いた瞬間、事態が動く。
ドゥラスロールが世界樹の根を蹴り、狩夜たちから距離を取るように跳躍したのだ。他の聖獣と合流するつもりだろう。
圧縮された時間の中、ゆっくりと遠ざかっていくドゥラスロールの姿を見つめながら、狩夜は聞こえるはずのない声を聞く。
「無駄な努力、ご苦労様でした」
言ったのはドゥラスロールか? それとも、地球ですれ違った名前も知らない誰かか? 一年前の自分かもしれない。
今までの努力を、苦労を、痛みを、すべて否定する言葉。人一人の心を折るに十分であろうその言葉を聞いた後、狩夜は――
――よくあることだ、気にするな!
技後硬直が解けると同時に世界樹の根を蹴り、一切躊躇することなく、ドゥラスロールの後を追った。
この苦境にあってなお、狩夜の双眸に諦めの色はなく、灯る闘志に陰りはない。
なぜなら、慣れているから。
積み重ねた努力が報われず、なに一つ成果を上げられずに終わる。
よくあることだ。
練りに練った計画が、思いがけない要因で失敗に終わる。
よくあることだ。
無知ゆえに選択を間違え、とんでもない窮地に陥る。
よくあることだ。
叉鬼狩夜は、今の自分が特別不幸などとは思わない。
どれもこれもが、ありふれた悲劇である。毎朝配達される新聞に目を落とすまでもなく、自身の人生をほんの少し振り返れば、誰もが思い当たることがあるだろう。
ドゥラスロールが使ったスキルにしてもそう。他者に運命を捻じ曲げられるなど日常茶飯事。金、権力、地位、名声。それらの力で、真実と嘘とが、白と黒とが、今日もどこかで入れ替わる。
わざわざトラックにひかれて、異世界にいく必要などない。
それに対して毒突くのはいいだろう。人間として当然の権利だ。だが、
人間の世界は不安定で、不条理と、不平等と、不公平で満ちている。そんなクソッタレな世界でも、人は夢を描き続け、前へ前へと進んできたのだ。それができるのが人間なんだ。でなければ、人間なんぞとうの昔に滅んでる。
失敗と徒労、挫折と苦悩を幾度となく乗り越えて、叉鬼狩夜はここにいる。慣れ親しんだ感覚だ。何度も何度も潜り抜けた地獄だ。今更立ち止まる理由がどこにある。
狩夜は走った。そしてそれは、未来へと繋がる唯一の正解だった。
予期せぬ窮地に心を揺らし、目を曇らせてはいけない。今は好機だ。勝機なのだ。角が伸び切る前に、聖獣が合流する前に、ドゥラスロールをもう一度仕留める。それ以外に、勝つ手段などない。
苦渋を飲み慣れた狩夜だったから気づけた。辛酸をなめ飽きた凡人だったから走れた。刹那ためらえば世界が滅んでいたであろう状況で、報われなかった努力の残骸たちが、一人の少年の背を押した。
無駄な努力などない。すべては今日という日に、この戦いに繋がっていたのだ。そのことを証明するために、狩夜は相棒の名を、目の前の苦境を打開しうる武器の名を、全力で叫ぶ。
言葉には力がある。そう信じて。
「頼む、レイラ! 僕を、このどうしようもない凡人を、男にしてくれ!」
「……!(コクコク!)」
「魔草三剣が一つ!
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