183・すべてはこの瞬間のために

「一度は引退したそなたを、死地である開拓の最前線に担ぎ出すしかない無能な王を、どうか許してほしい。だが、我ら木の民に残った著名な開拓者は、もうそなたしかいないのだ。わかってくれ」


「頭をお上げください、父上。同胞たちは今、開拓の象徴を欲しています。ならばその役目、この私が必ずや全うして御覧にいれましょう。ウルズ王国第二王女、イルティナ・ブラン・ウルズは、現刻をもって開拓者に復帰します! いくぞメナド! 絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアに!」


「はい、姫様! どこまでもお供いたします!」




 待つ。




「カリヤの馬鹿! 大馬鹿! せっかく招待したのに、行方不明ってなによ行方不明って!? これからライブなのに! ボクの晴れ舞台なのに! 空席にしたら許さないって言ったのに! いったいどこでなにしてんのよ!? あんの根無し草はぁぁあぁあぁ!!」




 待つ。




「カリヤ君が行方不明?」


「はい。二ヵ月ほど前、ハンドレットサウザンドになった後、バカンスにいくと言ってエムルトからユグドラシル大陸に向かったのを最後に、忽然と姿を消したそうです。ランティス、なにか心当たりはありませんか? あるならば教えなさい」


「……いや、特にないな。これから私は絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアに向かう。道すがら探してみよう」


「魔物の再テイム成功、おめでとうございます。それにひきかえ私は……」


「焦るなカロン。幸運の女神は気まぐれだ。君に新たな出会いがあることを祈っているよ」




 待つ。




「まさか、こんなにも早くテンサウザンドになるとは……な。あのときの言葉と覚悟は、紛れもない本物だったというわけだ。カリヤ、お前の弟分と妹分は、俺の手から離れたぞ」




 待つ。




「ふむ、こりゃ凄い。どれも一級品の素材ばかりじゃ。だが小僧ども、金は持っとるんじゃろうな? わしは腕の安売りをする気は――って、なんじゃいこの大金は!? あの小僧といい、お主らといい、最近の子供は侮れんのう」


「いえ、このお金はお兄様――カリヤ・マタギ様からの預かりものですの」


「素材もあにぃ――カリヤさんから貰ったもので、ガリムさんに加工を頼めって助言してくれたのも、カリヤさんだよ」


「なんじゃ、あの小僧からの紹介か。ならば無下にはできん。よかろう。この仕事、ガリム・アイアンハートが請け負った!」


「ありがとうございます。カリヤ兄さんには、感謝してもしたりない」


「しかしカリヤか……あやつが姿を消してもう三ヵ月……どこでなにをしておるやら……巷では死んだなんて噂も――」


「っは! 馬鹿言うなよおっさん! カリヤの兄ちゃんが死ぬもんか! 今頃、俺なんかじゃ想像もできない、すっげーことをしてるに決まってるぜ!」




 待つ。




「わたくしは、根も葉もない噂など信じません。わたくしが信じるのは、あの時に感じた運命。カリヤさんは生きていますわ。どこかで、必ず」




 待つ。




「揚羽様ー! 大御所様ー! 御母上と木ノ葉様の御出産、無事に終わりましたぞー! 赤子はお二方とも元気な男の子なのですー!」


「そうか。二人同時に産気づいたときはどうなるかと思ったが、大事にいたらずなにより。世継ぎは生まれた。これで、思い残すことはなにもない」


「いかれるので?」


「うむ。恋焦がれながら想い人を待つのにはもう飽いた。余は狩夜を、旦那様を探しにゆく。紅葉、準備はできていような?」


「おうでやがりますよ! 矢萩、牡丹、お前たちも一緒にきやがるです!」


「っは! 御意のままに!」


「はいは~い♪ 了解でーす♪」




 待つ。




「オマケ、勇者様、信じていますよ」




 そして。




「なあ? なんか最近、水の味おかしくねぇ?」




 そして。




「レッドラインって、こんな場所にあったっけか?」




 そして。




「レッドラインがもの凄い速度で後退している!? いったいなにが起こってるんだ!?」




 そして。




「くそ……ここまでか……みんな逃げろ! 遺憾ながら、我々はエムルトを、希望峰を放棄する! 撤退! 撤退ぃー!!」




 そして。




「ケルラウグ海峡にディープラインの形成を確認……もう我々人類は……他大陸にいくことができません……」




 そして。




「大開拓時代が……終わった……」




 そして。




「マナが……消える……私が……世界樹が……枯れる……」




 そして。




 ――レイラ、葉々斬。




 その瞬間は、唐突に訪れた。


 狩夜が胸中で武器を求めた瞬間、レイラは狩夜の全運動能力を回復させる。それに並行して、狩夜の全身から蔓を引き抜き、結合を解除。背中からは葉々斬の柄を射出した。


 分離する直前にレイラが投与した回復薬の効果で、自身の体に空いた無数の穴が塞がるのを待つことなく、狩夜は動く。


 腰を浮かし、いつでも動けるようにと片膝立ちの体勢で固定していた両脚で世界樹の根を蹴る。そして、狩夜が動いたことによって効果が切れた《朧月の衣》の中から、弾丸の如く飛び出した。


 使用回数を使い果たし、灰となって消えていく《朧月の衣》。それを一切気に掛けることなく、狩夜は駆ける。もはや狩夜の目には、眼前の獲物、必殺の間合いの中で、無防備な姿で世界樹の根を齧っている、水晶の角を持つトナカイ以外は映っていない。


 突然灰の中から現れた狩夜とレイラの姿に、目を見開いて驚くドゥラスロール。彼は咄嗟の判断で後方に跳躍し、二人と距離を取ろうとした。


 が――


「おせえよ」


 ほぼ半年ぶりに狩夜の口が紡ぎ出したこの言葉が示す通り、なにもかもが遅すぎた。


 絶妙の位置に射出された葉々斬の柄を右手で受け取りながら、狩夜はドゥラスロールを追い、難なく肉薄する。


 虚を突かれ、無理な体勢でした不格好なバックステップなんぞに、敏捷重視のハンドレットサウザンドである狩夜が、追いつけないはずがない。


 一年前の狩夜では決してできなかった動き。自身の成長を実感しながら、狩夜は思う。


 ――地獄の中戦いに明け暮れ、もがき続けた半年。


 ――不眠不動で、ただただ獲物を待ち続けた半年。


 ――すべては、この瞬間のために!


「うおぉぉおぉおおぉ!!」


 この半年で、萎えるどころか更に研ぎ澄まされ、青き炎となった闘志を、芽吹いたばかりの刃に乗せて、狩夜は葉々斬を振り抜いた。


 白き聖獣の体に、若草色の閃光が走る。


 その一瞬後、聖域の空に、ドゥラスロールの首が舞った。

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