178・白亜の双剣

「それじゃ、最後にザッツ君。君にはこれだ」


「骨でできた双剣? 兄ちゃん、これは?」


 狩夜が両手に一本ずつ持っているのは、刃渡り五十センチほどの、骨から削り出されたと思しき白亜の双剣であった。


 削り方はまだまだ大雑把で、鍔も無ければ柄紐も巻かれていない。正真正銘、ただ骨を削っただけの、原始の武器である。


 その双剣をザッツに手渡しながら、狩夜は口を動かした。


「これは、僕の予備武器にする予定だったものなんだけど……ね。うん、君にならいい。ザッツ君にあげるよ」


「え!? 予備武器!? 兄ちゃんの!?」


 両手で一本ずつ剣を受け取りながら、ザッツは叫ぶ。


 兄貴分である狩夜から、予備武器を渡される。我が身に突然訪れたこの事態に、ザッツは目を白黒させた。


 狩夜から受け取った素材を夢中になって検分していたパーティメンバーたちも事の重大さに気づき、パーティリーダーに視線を集中させる。そんな中、ザッツは両手に持つ双剣の刀身を、まじまじと見つめ――


「ん?」


 困惑顔で首を傾げた。


 困惑顔を維持したまま右手に持っていた一本を小脇に挟んだザッツは、空手となった右手の人差し指を、左手で持つ剣の刀身、その最も薄い部分、つまりは刃に触れさせる。そして、そのまま横にスライドさせた。


 パーティリーダーの突然の暴挙に、リースたちが息を飲む。


 剣に対してそのような事をすれば、指の肉が裂け、血が噴き出る。しかもあの剣は、かの巨人殺し、カリヤ・マタギの予備武器だ。なれば、相当の業物のはず。指が飛んでもおかしくない――とでも彼女らは考えたのだろう。


 が、その心配は杞憂に終わる。ザッツの人差し指に、なんら変化は起こっていない。


 無傷な自身の指を見つめながら、ザッツは落胆した様子で口を動かした。


「兄ちゃん……これ、刃が立ってない……」


「そりゃそうだよ。未完成だもん、その双剣。それ、僕のお手製でさ」


 真顔で告げられたお手製という言葉に、ザッツたち『不落の木守』の上半身が横にずれた。期待が盛大に裏切られたことをリアクションで表現する弟分たちに、狩夜は苦笑いを浮かべる。


「そっか……これ、兄ちゃんの手作りか……」


「うん。日々の空き時間を使ってちょこちょこ加工してたんだけど、まあご覧の通りさ。現状のそれは、とても剣なんて言える代物じゃない。鈍器に毛が生えた程度の武器だよ。期待外れでごめんね?」


「いや、謝んなくていいよ。兄ちゃんの手作りってんなら、それはそれで特別感あるし、嬉しいよ。使うかどうかは別にして、一応貰っとく。あんがと、兄ちゃん」


「そう。あ、でも、使ってる素材はそりゃあ良いものだからさ、完成すればそれなりのモノになる――と思うよ? リースたちに渡した素材と一緒に、プロの職人に仕上げを頼んでみたら?」


「ん、わかった、そうする。でも、ロバストアルマジロの鱗甲板だの、トライデントフィッシュの歯だのを加工してもらうとなると、並の職人じゃ無理だよな……誰に頼むか……」


「え? ガリムさんでよくない?」


 ガリム・アイアンハート。


 地の民にして、精霊解放遠征にも参加していた、ユグドラシル大陸随一の鍛冶師。彼ならば、双剣の仕上げだけでなく、ロバストアルマジロの鱗甲板とトライデントフィッシュの歯、“落ち目殺し” の尾毛も、うまいこと加工するだろう。


 だが、狩夜が良かれと思って口にしたガリムの名を聞いた瞬間、ザッツたちの顔が盛大に曇った。数秒の沈黙の後、自分たちの乏しい懐具合を吐露する。


「俺たち、ガリム・アイアンハートに仕事を頼めるような大金、持ってない」


 ユグドラシル大陸随一の肩書は伊達ではなく、ガリムは腕の安売りはしない。彼が作り上げた武器防具には、目が飛び出るような高値がつくことが常だ。たとえ素材が持ち込みでも、それ相応の金額を要求されるだろう。


「レイラ」


 強力な武器防具が手に入ると思った矢先に突きつけられた悲しい現実に、両肩を深く落とすザッツたち。そんな彼らを見つめながら、狩夜は再び相棒の名前を口にする。


 名前を呼ばれただけで狩夜の意図を察したレイラは、各種歯幣が詰め込まれ、パンパンに膨らんだ布袋を吐き出した。


 狩夜は、開拓者として活動した半年で稼いだ有り金、そのすべてが入った布袋を、この世界に来た当初は欲しくて欲しくて仕方なかった、慎ましく暮らせば一生安泰であろう大金を――


「じゃ、これもあげるよ」


 もういらないとばかりに、ザッツに向かって放り投げた。


「うわ、重!? これ、金だよな? あげるって……はぁ!?」


 両手に剣を持っていたので、両腕で抱き締めるように布袋を受け止めたザッツは、その重さに驚き、次いで狩夜が口にした「あげる」という言葉の意味を正しく理解して、もう一度驚いた。


「それを使って、ガリムさんに仕事を依頼するといい。それだけあれば、たぶん足りるでしょ」


「う、受け取れないよ、こんな大金!?」


「あげるって。僕を追い抜くんだろ? なら、手段は選ばずに、チャンスは生かすべきだと思うけど?」


「……」


 諭すような口調で紡がれた狩夜の言葉に押し黙るザッツ。二人のやりとりをリースたちが固唾を飲んで見守る中、十数秒の逡巡の末、ザッツは意を決したように口を開く。


「じゃ、借りとく。うんでもって、兄ちゃんに負けない立派な開拓者になってから、倍にして返す」


「そっか、わかった」


 一方的な施しをよしとしないザッツの高潔な姿に、笑みを浮かべる狩夜。そして、もう話は終わりだとばかりに体の向きを変えると、ユグドラシル大陸のある西に向かって歩を進める。


「それじゃあね、ザッツ君。リース、レイリィ、ルーリンも。ここを離れる前に、君たちに会えてよかった」


「俺たちも兄ちゃんに会えてよかったよ! 色々ありがとう! またな! カリヤの兄ちゃん!」


 またな。という再会を望むザッツの言葉に、狩夜は振り返ることなく歩を進め、昨晩と同じく無言で右手を振ることで答えた。


 そんな狩夜の背中に向かって、大きく手を振るザッツたち。彼らは、乱立する円形の天幕の影に狩夜の姿が隠れるそのときまで、手を振り続けた。


 そして、狩夜の姿がザッツたちの視界から消えた瞬間――


「困るなカリヤ。俺の教え子に、分不相応なものを勝手に渡さないでくれ」


 天幕の影で狩夜を待ち構えていたフローグが、困り顔で苦言を漏らす。


 狩夜は、フローグの姿を一瞥したものの、立ち止まろうとはせずに、そのまま西に向かって歩みを進めた。


 立ち止まる気はないという、狩夜からの無言の意思表示。それを汲み取ったフローグは、自らもまた歩き出し、狩夜の右隣に並ぶ。次いで、返答を求めるような視線を狩夜に向けた。


 このままいかせてくれそうにないフローグに、狩夜は困ったように眉を八の字にすると、次のように釈明する。


「分不相応もなにも、渡したのはただの素材じゃないですか。大丈夫ですよ。エムルトにはあれらを加工できるような職人もいなければ、まともな設備もありません。ザッツ君たちの装備が強化されるのは、ずっと先の話――」


「ただの? 馬鹿言え。あの双剣が、そんなちゃちな言葉で済まされてたまるものか」


 見る人が見れば気づく。武器職人としては門外漢であるはずの狩夜が、通信簿で『美術・3』を取る程度の技量で削り出したにもかかわらず、あの双剣には、えもいわれぬ凄味があったことに。


 フローグは「いったいなにを素材に使ったらああなる? あの骨はいったい何の骨だ?」という言葉と共に、狩夜に強い視線を向けた。狩夜は諦めた様に小さく溜息を吐くと、双剣に使った素材について語り出す。


「あれも、ハンドレットサウザンド級の魔物から採れた素材ですよ。って言うか、あれを奴から切り落としたのって、フローグさんなんですけど」


「……ああ、そうか。アイツの右前足か。なるほど、どうりで……」


 フローグの言うアイツとは、狩夜とフローグ、そして紅葉が、レッドラインを越えた先で遭遇した、虎型の魔物のことである。


 種族名は不明。なぜならあの魔物は、〔鑑定〕スキル持ちの開拓者が遭遇したことのない、未確認の魔物だからだ。


 あの虎型の主との戦いの後、地面に転がっていた奴の右前足に目をつけた紅葉が、個人所有していた魔法の道具袋を使い、回収。ユグドラシル大陸へと持ち帰り、ヴァンの巨人との戦いの後「今回の礼でやがります」と、半ば押し付けるように狩夜に渡してきたのだ。


 レイラが肉を食い尽くした後に残った、骨と爪。ユグドラシル大陸の東端に位置する城塞都市ケムルト、そこに店を構え、ミズガルズ大陸へと向かう腕に覚えのある開拓者を相手に商売をする名のある職人たちですら、硬すぎてどうにもならん――と匙を投げたそれらを使い、もしものときの予備武器でも作ろうかと狩夜が考えたのが、あの双剣の始まりである。


 使用した骨は、四肢動物の前腕を構成する平行に並んだ二本の骨。尺骨しゃっこつ橈骨とうこつだ。


 素材が素材である。完成すればそれ相応の武器になるだろうと、日々の僅かな空き時間を使い、レイラの力を借りて少しずつ加工していたのだが、結局聖獣との決戦には間に合わなかった。


 ならば、ここでザッツにあげてしまってもかまわないだろう――と、狩夜は考え、先ほど手渡してきた次第である。


 狩夜は思う。フローグの指導によって鍛え上げられたザッツと、ガリムの手によって磨き上げられた双剣。その二つが合わさったとき、どのような開拓者が生まれるだろうか? と。


 そして、狩夜は夢想する。ウルズ王国が躍起になって育成しているという木の民の開拓者の象徴。本命は別という下馬評を覆し、その座に就いた。強くたくましくなった弟分ライバルの姿を。

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