176・聖獣打倒会議 下

 スクルドの言葉を聞いた狩夜に動揺はない。当然だ。強くなったといっても、いまだ狩夜の力は、レイラや聖獣に比肩できるものではないのだから。


 以前と比べれば、随分ましにはなった。それは間違いない。半年前の狩夜の戦闘力を1とするならば、今は100以上は確実だろう。


 狩夜単体を見れば、百倍以上の強化。一見凄い数字に見えるが、狩夜たちの総戦力から見ると、大した変化はない。半年前に10001だった戦力が、10100になっただけの話だ。そして、聖獣たちとの彼我戦力差は、こちらの戦力が1パーセント増したぐらいでひっくり返るようなものではない。


 ゆえに、聖獣四匹を同時に相手取った場合、狩夜たちは半年前と同じく敗北するだろう。できて善戦。勝敗は決して動かない。


 そんなことは百も承知だ。何度も何度も自問自答した真実。スクルドからも、レイラからも幾度も指摘された。今更なにを驚くことがあろうか。


 勇者だの、聖獣だの、大仰な肩書を持つ世界に選ばれた特別な存在を、日本の一中学生が、たった半年死に物狂いで特訓したぐらいで、能力的に凌駕できるなら苦労はない。


 そういった特別な存在を、馬鹿正直に力で上回ろうとすると、大抵の人間は不幸になる。狩夜のような凡人なら尚更だ。


 狩夜の――人間の強さとは、腕っぷしなどではなく、もっと別のものなのだから。


 そもそも、これは『おさらい』である。ゆえに狩夜は、以前の会議でも口にした言葉を、自陣営の基本方針を口にした。


「なら、四匹同時に相手をしなければいい」


「はい、その通りです。聖獣を四匹同時に相手しなければならない理由など、私たちにはありません。聖獣が集結する前に、各個撃破してしまえばよいのです」


「……(コクコク)」


 聖獣個々の力は、レイラに劣る。事実、半年前に狩夜たちは、当初単独で狩夜たちに対応しようとしたドヴァリンを圧倒し、瀕死にまで追い込むことに成功していた。


 そう、勝てるのだ。ダーインだろうと、ドゥネイルだろうと、相手が単独でありさえすれば。


 ようはデュアル・ジャベリンホッパーと同じである。連携が厄介ならば、分散した状態で戦えばいい。


「しかし、これは容易なことではありません。言うは易く、おこなうは難しの典型ですね。半年前の戦闘で、聖獣たちは個々の力では勇者様に太刀打ちできないと学習している。単独で私たちに対応しようとは、もう二度としないでしょう。真正面から戦いを挑めば、結果は火を見るよりも明らかです。となれば――」


「相手の不意を突いた奇襲しかない。できうる限りの準備をした上で、聖獣のどれか一匹に狙いを絞った奇襲を敢行し、その一匹を確実に仕留める」


「はい。そして、その一匹をなににするべきかは明白です」


「うん。後衛のドゥラスロール一択だ」


「……(コクコク)」


 そう、それ以外に選択肢はない。


 戦闘において、真っ先に潰すべきは回復役ヒーラーだ。パーティの戦闘継続可能時間を激増させる回復役ヒーラーの存在は、勝敗に直結すると言っても過言ではない。


 聖域での死闘の最中、狩夜が一番に恐怖したのは、不治の魔剣を振りかざすダーインでも、煉獄の炎ですべてを焼き尽くすドゥネイルでも、鉄壁の盾であるドヴァリンでもない。


 ドゥラスロールだ。


 映像を逆再生するかの如く、他の聖獣たちの傷を際限なく癒し続けるドゥラスロールの姿に、狩夜は心の底から恐怖を覚えた。


 他三匹の聖獣は、連綿と続く攻防の中、常にドゥラスロールの存在を意識して行動していた。ゆえにわかる。聖獣たちの連携、その要は間違いなくドゥラスロールであり、奴が欠ければ、聖獣たちの連携は根本から瓦解する。


 加えて、後衛であるドゥラスロールは、他三匹と比べて耐久力が低く、無力化が容易だ。そういった観点からも、狙うならばドゥラスロールである。これは、時間との勝負でもあるのだから。


 四匹の聖獣が集結する前に、ドゥラスロールを倒せるかどうか。その成否が、聖獣との戦いと、イスミンスールの命運を決める。


「聖獣たちは平時、外敵がどこから侵入しても対処できるよう、一ヵ所に固まらず、聖域内を徘徊しています。担当地区や、決められたルート等はありません。聖獣たちの完全なる自由意志に任せられています」


「普段単独行動しているなら、僕たちにとっては好都合だ。これ幸いとばかりに、ドゥラスロールを奇襲したいわけだけど……」


「その奇襲を成功させることが、この上なく難しい――いえ、ほぼ不可能であると言えます」


 ここで一旦言葉を止め、顔をしかめるスクルド。そして、次のように言葉を続けた。


「聖域は、その外周を覆うように円柱状の結界に覆われていて、女神と異世界人以外は、結界を越えることはできません。これは聖獣とて例外ではありませんので、なんらかの方法で聖獣を聖域の外におびき出し、罠にはめる――といったやり口は使えません」


「僕らの体に直接触れている無生物なら結界を越えられるけど、それ以外は越えられない。つまり、結界の外からの長距離射撃、砲撃、爆撃等は不可。どれも結界に阻まれて、聖獣には届かない」


「つまり、私たちが聖獣を倒すためには、一度は必ず結界を越える必要があるわけですが、この結界を越えるという行為が、奇襲を狙う私たちにとって大問題です。結界には、外敵から世界樹を守るという役割の他に、聖域に出入りする者を絶えず監視するという役割があります。何者かが聖域に足を踏み入れた瞬間、結界は聖域の守護者である聖獣たちに、そのことを速やかに伝えます。いかなるスキル、アイテムを使おうと、これを隠蔽することはできません」


「結界を越えた瞬間に探知されちゃうから、そもそも奇襲が成立しない。結界を越えた僕らがドゥラスロールの元に辿り着くころには、聖獣たちはもう集結済みで、万全の状態で僕らを迎え撃ってくるわけだ」


 ここで、狩夜とスクルドは口の動きを止めた。そして、レイラも加えた三人で頭を抱える。


「何度聞いても、どれだけ頭をひねっても、難攻不落っていう感想しか出てこない……いやぁ、さすがは神が構築した防衛機構……」


「【厄災】以前は頼もしく感じていたこれらが、今はこの上なく憎らしく思えます。攻略する側から見ると、これほどまでに厄介極まるものだとは……」


「……(コクコク! コクコク!)」


 この後、暫しの間沈黙が訪れ、重苦しい空気が家の中を支配した。


 自分たちの前に立ちはだかる巨大な壁。その強大さと、自らの力不足を痛感し、彼らは思う。


 この状況を打破するには、神をも出し抜く奇策が必要だ――と。


「やはり、ドゥラスロールへの奇襲を成功させるには、オマケが考案したしかなさそうですね」


「……(こくこく)」


「勇者様も賛成ですか。やや運任せなきらいのある作戦なので、私としましては少々思うところもあるのですが……」


「その運の部分を、君の能力で補強するんじゃないか。期待してるよ、未来を司る女神様」


「もちろん、やれるだけのことはやります。ですが、確定した未来というものはそもそも存在しません。私にできるのは、作戦の成功確率を僅かに上げることだけですよ?」


「十分。その僅かな確率に、値千金の――いや、金に換えられない価値がある。それに、たとえスクルドが予測した未来が外れても、僕らは君を恨みはしないよ。ね、レイラ?」


「……(コクコク)」


「……わかりました。私も覚悟を決めましょう。それで、決戦の日時は? あなたの準備が整うまでには、あとどれくらいの時間がかかりますか?」


「こっちはあと少し……あと少しだよ……」


 すでに作戦は煮詰まり、狩夜の準備は間もなく終わる。


 決戦の日は、近い。



   〇



 次の日、狩夜は日の出前に目を覚まし、開拓者ギルドに立ち寄った後、すっかり日課になったエムルト周辺の魔物の間引きをおこなった。次いで、レッドラインまで足を運ぶ。


 レッドラインの先は、マナが完全に枯渇した世界。内包する世界樹の種が不完全なため、マナの単独生成がおこなえず、一部外部に頼らざるを得ないレイラは、レッドラインの外では三分しか戦えないという弱点を持つ。


 そのことを考慮し、狩夜は『レッドラインを越えた後、三分以内に必ず内側へと戻る』を、何度も繰り返すという方法で、レイラと共にレッドライン周辺に生息する魔物を狩り、ソウルポイントを稼いだ。


 昼頃にそれを終え、エムルトに戻り、再び開拓者ギルドへ向かう。そこで待ち構えていた怪我人をレイラに治療してもらい、受付に依頼達成の報告をする。


 一昨日までなら、この後すぐに聖獣打倒会議となるのだが、昨日に続き、今日もそうはならなかった。ザッツたち『不落の木守』に、一緒にお昼を食べようと誘われたからである。


 フローグも交えた六人での昼食。久しく味わっていなかった、他愛ない会話と笑顔の絶えない食事を満喫した後、狩夜はザッツたちの鍛錬につきあった。


 フローグの手で瀕死てきどに痛めつけられた魔物に、必死に食らいつくザッツたち。何度か危険な場面もあったものの、彼らは激闘の末、見事に勝利を収めた。

 

 狩夜は、絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアでの初勝利に沸く彼らと共にエムルトへと戻り、一緒に夕食を食べ、連日となるスクルドの小言を聞きながら、聖獣打倒会議に臨む。


 そんな日々が三日ほど続いた後の、ある日の早朝――


「「「「いやったーーー!!」」」」


 エムルトの一角、ザッツたちが寝泊まりするテントの内側から、歓喜の声が上がった。それに遅れること数秒、四人の少年少女が、満面の笑みを浮かべながら外へと飛び出してくる。


 彼らが向かう先には、魔物や無法者からザッツたちを守るべく、一人外で寝起きしているフローグの姿があった。


 とうに起床していたらしいフローグは、完全武装で直立している。そんな彼に三人のパーティメンバーを引き連れて駆け寄ったザッツは、次のようにまくし立てた。


「先生、先生! 聞いてくれよ! 今日俺たちは、ついに『一人前サウザンド』になったんだ! やっぱ絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアはすごいよな! ユグドラシル大陸じゃ一年だの二年だのかかるのに、ここじゃたったの数日なんだからさ! この後はどうすんの!? やっぱ訓練内容とか少し変わんのかな!? なあなあ、先生!」


「……」

 

 フローグは、ザッツの言葉に答えない。この上なく真剣な表情で、別の方向を見つめ続けている。


「先生? さっきからどこ見てるんだよ?」


 何一つ反応を返さないフローグを不審に思ったのか、ザッツたちがその視線を辿る。すると、そこには——


「あれ? 兄ちゃんだ? 今日は出発するのがおそ――っひ!?」


「「「――っひ!?」」」


 彼を兄貴分と慕うザッツや、リースたちすら恐れおののき、顔を引きつらせるほどの凄絶な笑顔を、頭上のレイラと共に浮かべる狩夜の姿があった。


 化物を見るかのような目で自身を見つめる弟分たちの視線を意に介さず、狩夜は笑顔を浮かべ続ける。


 そんな中、フローグは一人呟いた。


「きたか、カリヤ・マタギ。俺と同じ場所に」

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