175・聖獣打倒会議 上

 異世界・イスミンスールは、滅亡の危機に瀕している。


 世間一般には知られていないが、これは純然たる事実だ。狩夜は世界樹の三女神の一人、ウルドからその話を聞き、自身の目で聖域の現状を、世界樹の状態を確認している。


 聖獣。


 世界樹の眷属にして、最終防衛ラインを務める、四匹の鹿。


 その聖獣が、『厄災』の呪いにより暴走。聖獣から害獣へと姿を変えた彼らは、本来は守護すべき対象である世界樹に文字通り牙をむき、その幹や根を無差別に、無計画に、無遠慮に、数千年もの間食い荒らし続けている。


 このままでは世界樹は枯れ、世界からマナは完全に枯渇。人類に残った最後の版図であるユグドラシル大陸までもが、魔物に占拠、支配されてしまう。


 もしそうなれば、人類に滅亡以外の未来はない。


 それを阻止すべく、狩夜とレイラは聖獣の打倒に挑み――失敗。敗走を余儀なくされた。そして、世界に残された時間が、あと一年しかないことを知る。


 あれからおおよそ半年。狩夜は毎日のように魔物を狩り、自身の強化に努めてきた。それに並行し、聖獣を打倒しうる手段や武器、作戦等を、日夜考え続けた。


 それら考えを仲間と共有し、意見交換をする場が、聖獣打倒会議である。


「ごめんね、スクルド。色々あって、こんな時間になっちゃった」


 ザッツたち『不落の木守』の鍛錬に同行した結果、ここ最近の会議開始時間よりも大幅に遅れてしまったことを気にし、ばつの悪い顔で頬をかく狩夜。直後、スクルドは「ふん」と鼻を鳴らし、狩夜から顔を背けてしまう。


「ええ、本当に。ほ・ん・と・う・に、遅くなりましたね。イスミンスールの明日を左右するこの会議よりも、あのような少年少女を優先するなどもってのほかです。事の重大さを、あなたは理解しているのですか? このままでは、このイスミンスールは滅んでしまうのですよ?」


「そんな言いかたしなくてもよくない!? ザッツ君とは前に色々あってさ、ほっとけなかったんだよぉ……」


「ザッツ? あなたは三人の少女の方を気にしているように、私には見えましたが?」


「そ、そんなことは……」


「可愛い女の子から兄と慕われて、鼻の下を伸ばして、いい御身分ですね、オマケ? そもそも、あなたは人になにかを教えられるほどにものを修めたのですか? 身の程を知りなさい、この未熟者」


「あうあう……ごもっともです……はい……」


 スクルドからの厳しい指摘に、がっくりと両肩を落とす狩夜。そんな狩夜の頭上では「狩夜をいじめるな~!」とでも言いたげに、レイラが短い両腕を振り回し、スクルドに抗議している。


 そんな二人の様子に、スクルドは小さく溜息を吐いた。次いで言う。


「まあ、オマケも反省しているようですし、お説教はここまでとします。作戦もだいぶ煮詰まっていますし、時間もあまりありませんので、本日は結論を出す前の、おさらいということでいかがでしょう?」


「異議なし」


「……(コクコク)」


「では、早速始めます。まず、我々が打倒を目指す聖獣は、全部で四匹存在し、各々が決まった役割を持っています」


 ここで一旦言葉を区切り、スクルドは四匹いる聖獣の名と、その役割を一つ一つあげていく。


「盾役・ドヴァリン」


 青みがかった毛皮を持つ、見上げるような巨体を誇るヘラジカ。


 無数に細分化し、縦横無尽に空中を疾駆するかの者の角は、ドヴァリンの意志一つでそのありようを瞬く間に変化させ、聖獣たちを守る盾にも、外敵を貫く矛にもなる。攻撃と防御を同時にこなし、戦闘選択肢を爆発的に増加させる万能の武器。


 その能力ゆえに、ドヴァリンは盾役でありながら、立ち位置は基本的に中衛だ。最前線から一歩引いた場所で戦場全体を俯瞰し、場合によっては前衛にも、後衛にもなる。


 結果的に盾役なだけであって、その実、なんでもこなすオールラウンダーだ。バランス面と安定性では、聖獣の中でも随一だろう。


「前衛・ダーイン」


 漆黒の毛皮を持つ、筋骨隆々の禍々しい牡鹿。


 かの者の能力は、絶対切断と表現して差し支えない物理攻撃である。


 額から生えた、ユニコーンと見紛う鹿らしからぬ一本角は、不治の呪いを帯びた魔剣であり、この世のものとは思えない切れ味を誇る。


 この魔剣の前では、あらゆる防御が意味をなさない。金属装備は紙の如く両断され、世界樹の種によって強化されたレイラの体すら容易に切り裂く。


 物理特化の前衛担当。その瞬間攻撃力と身体能力は、他の聖獣の追随を許さない。


「前衛兼、中衛・ドゥネイル」


 赤みがかった毛皮を持つ、角のない牡鹿。


 一見すると女鹿のように思えるが、それは違う。かの者の角は、決まった形がなく、また、常時頭上に掲げておく必要のないものなのだ。


 それは、炎。


 彼が願い、求めた瞬間、煉獄の蓋を開けたかのごとく頭部から噴き出す紅蓮の炎こそが、ドゥネイルの角なのだ。


 遠近の双方に対応する、千変万化のその角は、万物の全てを焼き尽くし、通過した後にはなにも残らない。


 ダーインと双璧をなす、属性攻撃特化の前衛。火を弱点とするレイラの天敵とも言える相手だ。


「後衛・ドゥラスロール」


 純白の毛皮に包まれた、水晶の角を持つトナカイ。


 かの者は、魔法が失われたこのイスミンスールで、レイラ以外には唯一と言っていい治癒能力の持ち主だ。


 水晶の角から放たれる癒しの光は、瀕死の重傷であろうが、部位の欠損だろうが、瞬く間に治癒し、聖獣たちの傷と戦闘継続能力を、際限なく回復させ続ける。


 戦闘時には後方に下がり、決して前に出るようなことはない。他の聖獣たちに守られながら、徹頭徹尾支援に徹する。


 生粋の後衛。ドゥラスロールは、この滅びかけた世界に残った、最後の回復役ヒーラーである。


 これら四匹が揃い、連携したときの戦闘能力は、凄まじいの一言。攻撃、防御、共にほぼ完璧であり、長期戦にも短期戦にも、長距離戦闘にも近距離戦闘にも対応する。隙なんてどこにもありゃしない。


 聖域に許可なく足を踏み入れた者を、確実に抹殺するために用意された、万全の布陣。その完成度は、同じフォーマンセルの『不落の木守』とは比較にならないほどに高く、強さの質こそ異なるが、かの【返礼】、ヴァンの巨人をも凌駕すると狩夜は考えていた。


「オマケ。この半年間、あなたが戦いに明け暮れ、力を求め続けたことを、私は知っています。その結果、現状この世界で、技とスキルを考慮しなければ、十指に入るであろう力を手に入れたことも、知っています。認めましょう。あなたは強くなった。半年前とは比べものにならないほどに」


「……」


 スクルドの称賛に、狩夜は沈黙をもって答えた。そして、彼女の次の言葉を、自身も自覚している残酷な事実を待つ。


「ですが、それでも足りません。聖獣四匹を同時に相手取った場合、我々に勝機はないでしょう」

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