170・不落の木守

「自己紹介は終わったな? なら、そろそろ魔物どもを狩りにいくぞ。俺はどんなことがあろうとお前たちを守り通すつもりだが、短期間で強くなることを望み、ハンドレットで絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアに足を踏み入れる以上、それ相応の覚悟はできているだろうな?」


「「はい! 先生!」」


 はじめて絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアに足を踏み入れる『駆け出し』四人に対し、最終確認を取るフローグ。この確認に、ザッツ、ルーリンの二人は、迷いなく言葉を返した。


 が、その一方で――


「は、はいですの……フローグ様……よろしく、お願いいたしますの……」


「……微力を尽くします」


 リースとレイリィは、歯切れの悪い言葉を返す。どうやら二人は、フローグ主導で行われる今回の狩りに対し、思うところがあるらしい。


 人間離れした容姿をしているフローグへの不信感か、この世の地獄たる絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアへの恐怖か、もしくはその両方か。


 なんにせよ危険な兆候である。ここでは些細なミスやトラブルが命取りになりかねない。仲間同士での不和などもってのほかだ。


 開拓者の『最高峰』、ハンドレットサウザンドであるフローグがいるとはいえ、こんな状態で大丈夫か? と、狩夜は首を傾げる。


 そんなとき――


 チラ、チラ。


 リースとレイリィが、助けを求めるように狩夜へと視線を向けてきた。妹分からのSOSに、狩夜は右手で頬をかいた後、フローグに対しこう提案する。


「あの、フローグさん。お邪魔でないようなら僕もその狩りに同行してもいいですか? ザッツ君たちが心配です。フローグさんのことは信頼していますけど、ここじゃなにが起こるかわかりませんから」


「ああ、構わん。カリヤが一緒ならこいつらも心強いだろう。だが、休まなくていいのか? 見たところ、お前は狩りを終えて戻ってきたばかりだろうに」


「大丈夫ですよ。狩りは好きです。それに、頼りになる相棒もいますから」


「そうか。なら、一緒にいくか」


 この言葉と共にフローグは踵を返し、東門へと歩き出した。そんなフローグの右隣を狩夜が歩き、その後ろをザッツたち『不落の木守』の四人が続く。


 予期せぬ出会いとなりゆきで始まった久方ぶりの団体行動に、どうなることやらと頭を悩ませながら、狩夜は目前に迫った東門を潜る。



   〇



「あ、見て見て。レイラッチが動いたよ。ずっとあにぃの頭の上で寝そべってたのに、背中に向かってる。あは、可愛い♪」


「レ、レイラッチ!? ルーリンさん、ドリアード様の化身たるレイラ様を、そのように呼んではいけませんの! もっと敬意をもって接しなければだめですの!」


「落ち着いてリース。開拓者、カリヤ・マタギがテイムした植物型ユニークモンスター、レイラ。種族名・マンドラゴラが、精霊ドリアードの化身という情報はまだ不確定。断定は危険」


 エムルトを出たことで警戒レベルを引き上げたレイラ。そんな彼女が、狩夜の頭上から背中に向かっている姿を見つめながら、少女三人が黄色い声を上げる。


 他のテイムモンスターと隔絶した能力を有するレイラが、精霊ドリアードの化身ではないかというティールを発信源とした噂は、今やウルズ王国全土に広がっていた。


 ヴァンの巨人撃破を無理矢理自国と関連づけ、国民の士気を高めようと、ウルズ王国上層部が率先して広めたこの噂に対する少女らの反応は、


 リース・妄信。


 レイリィ・判断保留。


 ルーリン・どうでもいい。


 と様々である。


 信仰の対象、その化身かもしれない存在の一挙手一投足を注視する三人。そんな三人に向かって、ザッツが注意を促した。


「おい、お前ら。他のことに気を取られてないで、もっと周囲を警戒しろ。もうここはエムルトの外、レッドラインの内側とはいえ絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアだ。頼りになる先生と兄貴分がいるとはいえ、油断は禁物だぞ。気合を入れ直せ」


「は、はいですの! 申し訳ございませんのザッツ様!」


「気合と言えば……リース、レイリィ。二人とも、なんだよさっきの気のない返事は? 国の英雄が、あのフローグ・ガルディアスが、俺たちみたいな無名パーティを直々に指導してくれるんだぞ? もっとやる気を出せ。失礼だぞ」


「すみませんですの。頭ではわかっているのですが、わたくし、その、カエルが少し苦手で……」


「あー、好き嫌いはだめだよリッスン。美味しいじゃん、カエル」


「「「……」」」


 的を盛大に外したルーリンの発言に、他三人が半眼を作る中、レイリィは仕切り直すように「こほん」と咳払いをした。次いで言う。


「うちの中衛が馬鹿だと再確認できたところで、ザッツに問いたい。なぜザッツは、そこまでフローグ・ガルディアスを信用する? いくら国の英雄とはいえ、相手は出自不明のカエル人間。むしろ、私やリースの反応の方が自然だと思う」


「ん? まあ俺は、父ちゃんと母ちゃんから、スターヴ大平原攻略戦での先生の活躍を、耳にタコができるほど聞かされたからな。先生がいなかったら、何人死んでたかわからないって。だからかな、初めて会ったときから怖いとは思わなかったよ」


「そう、ルーリンは?」


「え? そんなの、人は見かけで判断しちゃいけないって、お父さんとお母さんに言われたからに決まってるじゃん」


「……ルーリンさんは凄いですの」


「……うん。ルーリンは器が大きい」


「やった、リッスンとレイリンに褒められた」


「ばんざーい」と、ルーリンが全身で喜びを表現する中、レイリィは小さく他溜息を吐く。そして、次のように言葉を続け、話のまとめにかかった。


「なんにせよ、かの “流水” と、巨人殺しの庇護下にある状態で、絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアに足を踏み入れることができたことは、間違いなく僥倖。このチャンスを逃す手はない。だからリース、今は不信感を捨てて、私たちも頑張ろう」


「そ、そうですの! レイリィさんの言う通りですの! フローグ様は怖いですけど、挫けませんの! わたくしも頑張りますの!」


 やや時間はかかったものの、パーティリーダーの指示通り気合を入れ直すリースとレイリィ。その後『不落の木守』の四人は、油断なく武器防具を構え、周囲を見回し始めた。



   〇



 ――うぉおおおい! 内緒話をしているのハンドレット四人! テンサウザンドの聴力舐めんな! 丸聞こえだぞ!


 背後にいる『不落の木守り』の会話。それを、あえて聞こえないふりをしている狩夜が、冷や汗を流しながら胸中で叫ぶ。


 開拓者が言うところの壁を三度破り、常人よりも遥かに優れた感覚器官を有する狩夜には、四人の会話は丸聞こえだった。そして、テンサウザンドの狩夜に聞こえているということは、当然ハンドレットサウザンドであるフローグにも聞こえているということである。


 早いとこザッツたちに「聞こえてるよ」と指摘してあげればよかった――と思いながら、狩夜は恐る恐る視線を左に向ける。


 すると、狩夜の視線に気づいたフローグが、次のように口を動かした。


「気にするな、あの手の反応には慣れている」


 言葉通り、ザッツたちの会話を気にした様子は、フローグには一切ない。それどころか「むしろ、随分とましな方だ」と微笑んですら見せた。


「素直ないい子たちだ。俺の目の届く場所で、死なせるわけにはいかんな」


「……ですね」


 この短いやり取りだけで、フローグがどのような人物であり、どのような人生を歩んできたか、ある程度わかるというものである。


 世界最強の頂に立つ、異端の剣士。その孤高な姿に、狩夜は胸を打たれた。


 僕も頑張ろう――と、狩夜が胸中で呟いた次の瞬間、背後から内緒話ではない声が上がる。


「先生、質問! この辺りで特に注意する魔物はなんですか!?」


「少なくとも、今のお前たちより弱い魔物は一種類とて存在しない。だから、すべての魔物に警戒しておけ。わかりやすくていいだろ?」


 フローグとパーティメンバーのわだかまりを、少しでも解消しようと思ったのか、率先してフローグに声をかけるザッツ。そんな彼に、フローグは純然たる事実を即答した。


 その結果――


「「「「……」」」」


『不落の木守り』の四人、ドン引き。「本当に大丈夫か?」「生きて帰れるのか?」と、その表情で語りながら、一様に沈黙した。


 ――フローグさーん! それ、事実ですけど! 本当のことですけど! もうちょっとオブラートに包みましょう! 相手はまだ『駆け出し』の、十歳そこそこの子供なんですから!


 これまた、フローグがどんな人生を歩んできたかわかるやり取りであった。フローグのコミュニケーション能力の低さに、狩夜は右手で顔を覆う。


「あ、あの、カリヤお兄様はどう思われますの?」


 沈黙に耐え兼ねたであろうリースが、今度は狩夜に向かって問いを投げる。この問いかけに、狩夜は懇切丁寧に答えた。


「えっと、そうだね。やっぱり一番に警戒するべきは、ラビスタの上位種であるラビスタンかな。奴らが使う電撃は、光属性の状態異常攻撃で、防御方法が少なく、極めて避けづらい。毛色以外ラビスタと変わらないからと油断した開拓者が、数えきれないほど犠牲になってる。皆も気をつけるように」


「は、はいですの! 肝に銘じますの!」


「あとは――そうだね、バッタ目が強いかな」


「バッタ目って言うと、あのピョンピョン跳ねる昆虫の?」


 右手でアーチを二度描きながら言うレイリィ。狩夜は深く頷いた後、補足説明を開始した。


コオロギファントムキラークリケットも、ケラグリロタルパスタッバーも、もの凄く強いよ。現状、『不落の木守』だけでこいつらと相対したら、為す術もなく全滅すると思う。だから、絶対に僕とフローグさんの近くを離れないようにね」


「わかった、バッタ目だね。気をつけるよ、あにぃ」


「うん、よろしい。もっともこの二種類は、基本的にレッドラインの向こう側に生息する魔物だから、この辺りには滅多に姿を現さないけどね。この辺りに生息するバッタ目は、負飛蝗オンブバッタ型の――」


「そこまでだ」


 有無を言わさぬ口調で狩夜の言葉を遮りながら、フローグが唐突に足を止めた。


 『不落の木守』の四人が、何事かと彼に視線を集中させ、レイラが狩夜の背中をペシペシと叩く中、フローグは剣を抜き放ち、外敵の接近を告げる。


「全員武器を構えろ。そのバッタ目のお出ましだ」

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