169・妹分 ×3

「――ってことがあってさ。先生は俺の申し出を了承してくれたんだけど、まだ他にも頭を下げる相手がいるからって、合流場所と日時を決めた後、一旦そこで別れたんだ。んで、今日こうして合流したってわけ」


 逃げ出してもなにも言われない相手の登場に「おいカエル野郎! その雑魚ガキども一人でも死なせやがったら承知しねぇからな!」と言い残して、光の民の男性開拓者たちが姿を消した後、ザッツはフローグと知り合った経緯を狩夜に語った。


「フローグさん、遠征が終わった後、ヴェノムティック・クイーンの被害者全員に頭を下げて回ったんですか?」


「当然だ。あの夜にもそう言っただろう?」


 狩夜の問いに「疑われるとは心外だ」と言いたげに腕を組んで見せるフローグ。そんな彼を見つめながら「フローグさんは義の人だなー」と、狩夜は小声で呟いた。


 フローグの言うあの夜とは、第三次精霊解放遠征の出立式、その前夜のことだろう。狩夜は、とある理由で宴から抜け出してきたフローグを、城の客間に匿ったのだ。


 話がしたいというフローグに、狩夜はティールでの事件を語る。狩夜の話を聞いたフローグは、国がひた隠しにする真実に、己が過失に気がついた。


 わけありかつ出自不明。疑惑にまみれた自分がしでかしたこの不祥事が明るみに出れば、遠征軍に不和を招く。そう考えたフローグは、己が過失を遠征が終わるまでは口外しないでほしいと狩夜に頭を下げ、狩夜は自身の口からは決して口外しないと約束した。


 フローグは「借りができたな」「いつの日か、必ず返す」と言い残し、客間を後にする。そして、絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアで絶体絶命の危機に瀕していた狩夜を救うという、利子どころか三倍返しぐらいの方法で、その借りを返していた。


「先生って誰のことなんだろうって思ってたんですけど、フローグさんなら安心ですね。ザッツ君のこと、よろしくお願いします」


「任せろ。この俺が責任を持って、こいつをいっぱしの開拓者にしてみせる」


「へへ、すぐに追いついてやるからな! 首を洗って待ってろよ兄ちゃん!」


 フローグと並び立ち、やる気に満ち溢れた顔で高らかに宣言するザッツ。そんなザッツを、狩夜は笑顔で見つめ返した。


 すると――


「あの、ザッツ様? そろそろわたくしたちにも、カリヤ様に自己紹介をさせてほしいですの。お話、まだ終わりませんの?」


 ザッツのパーティメンバーの一人、一般的な木の民である女の子が、オズオズといった様子で話しかけてきた。ザッツは彼女の方に顔を向けると「あ、悪い悪い」と苦笑いを浮かべ、次のように言葉を続ける。


「兄ちゃん、紹介するよ。これが俺のパーティ『不落ふらく木守きまもり』のメンバーだ」


「はじめまして、ですの。カリヤお兄様。『不落ふらく木守きまもり』の盾を務めます、リース・シュッツバルトと申しますの」


 レザーアーマーの下から伸びるロングスカートの裾をつまみ、軽く持ち上げながら頭を下げる一般的な木の民の女の子――リース。全身から良家のお嬢様オーラを放出する彼女の前で、狩夜は「うん?」と盛大に首を傾げた。


「お兄様のことは、ザッツ様からかねてより聞かされておりましたの。ですから、こうしてお会いできる日を楽しみに――」


「ちょ、ちょっと待って!? お兄様? なんで? なんで僕が君のお兄様?」


 リースの自己紹介を途中で遮り、初対面であるはずの彼女が口にした「お兄様」という発言への説明を求める狩夜。するとリースは、キョトンとした顔を浮かべ、さも当然のようにこう断言する。


「え? だって、ザッツ様のお兄様なら、わたくしにとってもお兄様ですの」


「……」


 リースのド天然発言に「なんでそうなるの?」と言いたげな顔で沈黙する狩夜。そんな狩夜の顔を見つめるリースの顔が、みるみる曇っていく。


「ひょっとして、お兄様と呼んではだめ……ですの?」


「う……」


 両目に涙を浮かべながら、上目遣いに尋ねてくるリース。そんな彼女に対する狩夜の返答は、もう一つしか残されていない。


「だめじゃない! 全然だめじゃない! 僕のことは好きに読んでくれてかまわないよ!」


 ここでだめと言える奴は人間じゃねぇ! とばかりに、狩夜は即座に了承の意を示した。すると、リースの表情がたちまち明るくなり、満面の笑顔で口を動かしてくる。


「はいですの! 以後よろしくお願いいたしますの! お兄様!」


「それじゃ、次は私の番」


 あたふたする狩夜の姿に、フローグとザッツが含み笑いを漏らす中、ブランの女の子が前に出た。


「パーティ『不落ふらく木守きまもり』所属のアーチャー。レイリィ・ブラン・グラナディラ。よろしく、カリヤ兄さん」


 年齢に不相応な落ち着いた口調で自己紹介をした後、軽く会釈して見せるブランの女の子――レイリィ。そんな彼女に対し、狩夜は困惑した顔で問いを投げる。


「なぜに君も僕のことを兄と呼ぶ?」


「さっきリースが言ったはず。パーティリーダーのザッツの兄貴分なら、私たちにとってもカリヤさんは兄貴分。よって、私がカリヤさんのこと兄と呼び慕うのは当然のこと」


「当然……なのかなぁ?」


 困惑顔のまま首をひねる狩夜であったが、リースにお兄様と呼ぶのを許した手前、レイリィにだめとは言えなかった。


「私は、カリヤさんの妹分として不足? 兄さんと呼んではだめ?」


「あ、いや、そんなことはないよ。うん、わかった。今日から君ら三人は、僕の妹分だ。僕みたいな凡人が、君たちの兄貴分でいいのかは疑問だけど……」


 後半が小声になった狩夜の言葉に、リースは「ありがとうございますですの、お兄様!」と目を輝かせ、レイリィは小さくほくそ笑む。


「言質は取った。頼りになる兄貴分をゲット。私は値千金の仕事をした」


「……」


 レイリィの発言に、この子は油断ならない気がする――と、顔を引きつらせ、冷や汗を流す狩夜。そんな狩夜を見つめながら、レイリィは意味深な顔で口を動かす。


「そんな顔をしないでほしい。妹分として、ちゃんと分はわきまえるつもりだし、嫌われるようなこともするつもりはない。だから安心して、兄さん」


「終わったレイリン? なら、次はあたしの番だね!」


 怪しい笑みを浮かべるレイリィを押し退けるように前に出たのは、木の民にしては珍しく真紅の髪をした女の子である。


 レイリンというのは、彼女だけが使うレイリィの仇名だろう。


「はじめまして! あたしは『不落ふらく木守きまもり』の棒術使い、ルーリン・カルタムスです! カリヤさんの目覚ましい活躍を耳にするたび、いつかお会いしたいなって思ってました! しかも兄貴分になっていただけるなんて感激です! これからよろしくね、お兄ちゃん♪」


「――っ!?」


 真紅の髪をした女の子――ルーリンの「お兄ちゃん」という言葉を聞いた瞬間、狩夜の脳裏をとある映像が駆け抜けた。


『ごめんね、お兄ちゃん……』


 それは、血の繋がった実の妹、叉鬼咲夜の泣き顔と、嗚咽交じりの謝罪。


 心臓を抉るような鋭い胸の痛みに襲われた狩夜は、右手で胸を抑えながら自らの目的を再確認した。


 かつて、自身が口にした心無い一言で傷つけてしまった妹への贖罪。今も病魔と闘う妹に、レイラという万病を癒す薬を届けることが、狩夜の戦う理由である。


 ――待ってろ咲夜。僕は必ず、お前の体を治してみせる。


「お兄ちゃん? どうかし――」


「ごめん……お兄ちゃんは勘弁してくれないかな?」


 心配した様子で声をかけてきたルーリンの言葉を遮るように、狩夜は言う。すると、ルーリンは目を丸くし、次のようにまくし立ててきた。


「えー!? なんでですか!? さっき三人とも妹分にしてくれるって言ったじゃないですか!? リースやレイリィは良くて、あたしはだめなんですか!? あたしは妹分失格ですか!?」


「違う違う、そうじゃないそうじゃない。その、僕には血を分けた実の妹がいるんだ。その妹が、僕のことをお兄ちゃんって呼んでるから、ちょっと……ね」


 もの凄く困った顔で狩夜がこう言うと、ルーリンは口の動きを一旦止め、狩夜の顔をじっと見つめながら二回瞬きをした。次いで、心底安堵した様子でこう口を動かす。


「なーんだ、よかった。そうゆうことか。あたし、なにか怒らせるようなことを言っちゃったかと思って、本気で焦っちゃいましたよ。お兄ちゃんって呼び方は、その妹さんの専用ってわけですね?」


「うん。悪いけど、遠慮してくれるかな?」


「分っかりました! ちょーっと残念ですけど、妹分より実の妹の方が大事なのは当然です! それじゃあたしは、あにぃって呼ぶことにしますね! これからよろしくね、あにぃ♪」


「ああ、よろしく」


 ルーリンは、心根の優しい元気っ子であり、物事を深く考えない性質たちらしい。狩夜の言葉に素直に頷き、呼び方を変えてくれた。


「へー、カリヤの兄ちゃんには妹がいるのか。ねぇ、今度紹介してよ」


 話の流れからして当然ともいえるザッツの提案に、狩夜は「そうだね、機会があれば」と、当たり障りのない言葉を返す。


 こうして、狩夜はザッツのパーティメンバーであるリース、レイリィ、ルーリンと知り合い、三人は狩夜の妹分となった。

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