168・ザッツと先生 下
「あれ? そう言えばザッツ君、身長伸びたね」
じゃれ合いの中でザッツの身体的変化に気がついた狩夜は、腕の力を緩めながら呟く。
半年前。狩夜がティールに滞在していた頃は、拳一つ分ぐらい狩夜の方が身長が高かった。だが、今ではほとんど同じぐらいの身長になっている。
ザッツは、この半年で随分と成長したようだ。
「そう言う兄ちゃんだって……あ――」
狩夜の腕が緩んだことで、自由に顔を動かせるようになったザッツ。彼は、自身の顔とほぼ同じ高さにある狩夜の顔をじっと見つめながら、気の毒そうに口を動かした。
「兄ちゃんは、あんまり変わらないね」
「やかましいわ! 人が気にしていることを!」
再度右腕に力を込め、ザッツの首を締め上げる狩夜。先ほどよりも若干強い締め上げに、ザッツは「ギブギブ! これやばい! まじやばい!」と、狩夜の腕を何度も叩く。
そんな中――
「おらぁ、巨人殺し! よくもやってくれたなごらぁ! この落とし前、どうつけるつもりだてめぇ!」
光の民の男性開拓者が復活した。怒りの形相を浮かべつつ、パーティメンバーを従えて狩夜に歩み寄ってくる。
その足取りはしっかりしており、大きな怪我はなさそうだ。手加減したとはいえ、テンサウザンドである狩夜の攻撃を受けてこれである。この男、やはり強い。
男性開拓者の怒りは、真っ直ぐに狩夜に向いている。彼の矛先がザッツから外れたことに安堵しつつ、狩夜は言う。
「あ、無事だったんですね。まぁ、怪我をしてたらしてたでレイラに直してもらうだけですけど」
近づいてくる光の民の男性開拓者からザッツたちを守るように前に出る狩夜。そして、相手の顔を真っ直ぐに見つめながら、こう言葉を続ける。
「始めに言っておきますが、僕は先ほどの件であなた方に謝るつもりは毛頭ありません。あなたの言う沽券だの、面子だののために、知り合いが一方的に傷つけられるのを黙って見ているなんて、僕にはできませんので。ただ、あなた方と敵対する理由も特にありませんから、この場は大人しく引き下がっていただけますと助かります」
「大人しく引き下がれだぁ? 人を不意打ちしておいて、随分と舐めた口を利くじゃねぁか巨人殺しさんよぉ」
「あの、さっきから僕ことを巨人殺しって呼んでますけど、僕の二つ名ってそれで決定なんですか? できれば別のが良いんですけど……」
「え? 兄ちゃん、嫌なの? “
「いや、確かにかっこいいけどさぁ、僕がヴァンの巨人を倒せたのって、ほとんどレイラのおかげだし……正直名前負けしてる気もするし……東京都在住の野球ファンの皆さんには嫌われそうだし……巨人殺しで定着する前に、誰か別の二つ名をつけてくれないかなぁ……」
「さっきから何わけのわからねぇことくっちゃべってやがる! そこの雑魚ガキはてめぇとどういう関係だ!?」
「えっと……弟分と書いてライバルと読む関係?」
ただの友人知人では「その程度の関係でしゃしゃり出るな! すっこんでろ!」とか言われそうだったので、ザッツとの関係をやや誇張して語る狩夜。
この発言に、ザッツはくすぐったげに笑い、木の民の少女たちは「おおー!」と、興奮した様子で声を上げる。
「弟分だぁ!? だったらちゃんと躾けとけ!
「いや、あの、お怒りのところ申し訳ありませんが、それは誤解です。ザッツ君の言う先生とやらは、僕じゃありません……違うよね?」
途中で不安になり、念のためザッツに確認を取る狩夜。この確認に「うん、兄ちゃんのことじゃないよ」と、ザッツは頷きながら答える。
どうやら、エムルトにいる狩夜を一方的に当てにして、なんの約束もなくユグドラシル大陸を飛び出してきた、というわけじゃないらしい。
狩夜は考える。まだハンドレットである彼らをユグドラシル大陸の外へと連れ出した先生とはやらは、一体誰なのだろう? と。
「っち、もうなんでもいいや。とにかく、足蹴にされて黙ってる気はねぇぞ? 詫びを入れる気がねぇならしかたねぇ、タイマンだこらぁ!」
「お、喧嘩ですか?」
相手がザッツとその両親を馬鹿にしたこともあり、少なからず怒っている狩夜は、男性開拓者の提案に乗り気な口調で言葉を返す。
すると――
「ちょ、不味いですよ兄貴! 相手は格上のテンサウザンド! ヴァンの巨人を倒した英雄ですぜ!」
「それに……あの子を敵に回すと……いざというとき……治療してもらえなくなる……やめたほうがいい……」
狩夜に対して明確に敵意を示したことで、レイラが不穏な顔つきで葉っぱを揺らめかせる中、痩せぎすの男と、太った大男が、慌てた様子で口を開いた。
二人は狩夜と事を交えるのは反対らしく、どうにかして男性開拓者の怒りを静めようと説得を試みた。だが、頭に血がのぼっている男性開拓者は聞く耳を持たず、次のように怒鳴り返す。
「うるせぇ! いくら強くても相手はガキだ! やられっぱなしで引き下がったら、誰になんて言われるかわかったもんじゃねぇ! お前らには男の意地ってもんがねぇのか!?」
「相手が子供だから不味いんでしょ!? 兄貴が子供相手に本気で戦えるわけねぇんですから!」
「うん……兄貴……子供好きだから……勝てるわけない……」
「んな!? ば、ばばば馬鹿野郎! そ、そんなわけあるか! 俺はガキなんて大っ嫌いだ! 見てるだけでなんかこう、ムカムカするんだよ!」
パーティメンバーからの指摘に、顔を真っ赤にして反論する男性開拓者。嘘を吐いていると一目でわかるその言動を見つめながら、やっぱり口が悪いだけのいい人かも――と、狩夜が思った、次の瞬間。
「あ、先生!」
狩夜の思考を遮るかのように、突然声を上げるザッツ。そんな彼の視線の先、男性開拓者の背後には、いつの間にか一人の男が立っていた。
とても背の低い人物であり、身長は一メートルほど。頭が大きくて首がなく、手足が短いため三頭身。指が四本しかない手に革製のグローブをはめ、金属製の鎧と剣で武装している。
緑と白ではっきりと色分けされた肌は、油を塗りたくったかのように艶めいており、誰もが振り返るであろう特異な顔からは、眼球が完全に飛び出している。三角形に突き出た口は非常に大きく、その大きな口の上には鼻孔が二つ存在し、その鼻孔から両目、両耳にかけて、黒い模様が続いていた。
あまりに特徴的で、有名すぎる人物の登場に、狩夜が目を見開く中、かの英傑は、男性開拓者の脇腹に右手を置きつつ、不機嫌そうな声色で言葉を紡ぐ。
「お前ら、俺の連れと恩人に、何か用か?」
世界最強の剣士、“流水“ のフローグ・ガルディアス。
この、世にも珍しいカエル男が、ザッツの言う先生、その人だった。
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