167・ザッツと先生 上

 祖父の家の裏庭に生えていたマンドラゴラを引き抜いたことを切っ掛けに、異世界イスミンスールへとやってきた、どこにでもいる普通の中学生、叉鬼狩夜。


 右も左もわからない世界で、狩夜が初めて訪れ、多くの人と出会い、一般常識を学んだ場所、それがティールである。


 狩夜とザッツは、そこで出会った。


『なんで……なんでもう少し早く、この村にきてくれなかったんだよ……もう少し早くお前がきてれば、父ちゃんも、母ちゃんも、死なずにすんだのに!』


 原因不明の奇病が蔓延し、村人は一人残らず倒れ、壊滅寸前だったティールの村は、レイラの力によって救われる。


 しかし、誰よりも早く発病したザッツの母と、病身でありながら村を守るために体を酷使し続けたザッツの父は、狩夜がティールを訪れたときにはすでに他界しており、助けることができなかった。


『みんなみんな、大っ嫌いだ!』


 誰よりもティールに貢献した父が死に、そんな父のおかげで他の村民は生き長らえた。その現実を受け入れることができず、ザッツは塞ぎ込み、自身を取り巻くすべてのものに呪詛を吐くようになってしまう。


 そんな折、両親を殺した奇病の原因が判明した。


『絶対、父ちゃんと母ちゃんの仇を討ってやる!!』


 新種の魔物、ヴェノムティック・クイーン。その下位個体であるヴェノムマイト・スレイブ。それらが親の仇であると知り、ザッツは両親の敵討ちを決意する。


 そして、ティールの存亡をかけた、ヴェノムティック・クイーンとの死闘が始まった。


『父ちゃんと母ちゃんの仇をこの手で討たない限り、俺は後にも先にも進めない! そんなの死んでいるのと変わらないじゃないか!』


 狩夜は、レイラとザッツたち村民全員の力を借りて、ヴェノムティック・クイーンを撃破。人知れず魔物に支配されていたティールの村は、真の意味で解放される。


 両親の仇を討ち、呆然と立ち尽くすザッツ。そんな彼に向かって、狩夜は優しい嘘を吐く。


『君が攻略法を見つけてくれたおかげで勝てたよ。ありがとう』


 瞬間、ザッツの両目から大粒の涙が溢れた。そのまま倒れるように狩夜の胸に顔を埋め、盛大に泣き始める。


 その後、ザッツは生来の明るさを取り戻し、ティールから旅立つ狩夜を安心させるため、魔物のテイムに挑戦。これを成功させた。


 自分はもう大丈夫。そう狩夜に証明したザッツは、別れ際にこう宣言する。


『これからは、ライバルだ!』


 あれから半年。随分と立派になったザッツが、狩夜の前に立っている。



   〇



「半年ぶりくらいかな? 元気してた?」


「してたしてた! 兄ちゃんの方は――って、聞くまでもないか。なんたって、あのヴァンの巨人を倒した英雄だもんな!」


「あ、ザッツ君も知ってるんだ?」


「当ったり前だろ! ユグドラシル大陸じゃ、どこもこの話題で持ち切りさ! 俺もライバルとして鼻が高いぜ!」


 右手の人差し指で鼻をこすりながら「へへ!」と笑うザッツ。その屈託のない笑みに釣られ、狩夜も笑う。


「それにしても……」


 ひとしきり笑った後、狩夜はザッツから視線をそらし、その背後へと目を向けた。そこには、ザッツのパーティメンバーと思しき、木の民の美少女三人組の姿がある。


 狩夜に対し、憧れのアイドルを見つめるかのようなキラキラした瞳を向ける彼女らをざっと見回した後、狩夜は高速でステップを踏み、一瞬でザッツのバックを取った。次いで、ザッツの首に右腕をかける。


 狩夜の突然の行動に「どしたの、兄ちゃん?」と困惑するザッツを尻目に、狩夜は「ごめんね。ちょっとザッツ君借りるよ~」と、木の民の少女らに一声かけてから、ザッツと共に歩き出した。そして、自身とザッツ、木の民の少女らの間に、ある程度の間合いができてから、ひどく落胆した様子で口を開く。


「残念だよ……ザッツ君……」


 重苦しい口調で紡がれたこの言葉に、ザッツが「え!? なにが!?」と目をむく中、狩夜は口を動かし続ける。


「僕のライバルが、パーティメンバーを美女で固めて鼻の下を伸ばす、ハーレム野郎だったなんて」


「――っ!?」


 狩夜の非難交じり発言に、口をあんぐりと開けて硬直するザッツ。


 それから数秒後、ザッツは首を左右に振り、狩夜に対し弁明を開始した。


「違う違う! 俺は女にもてたくて開拓者をやってるような男じゃない! あいつらとパーティを組んだのは、止むに止まれぬ事情があるんだ! 仕方がないことだったんだよ!」


「ほう? なら、その事情とやらを聞こうじゃないか?」


「カリヤの兄ちゃんは木の民じゃないから、詳しく知らないだろうけど、俺の父ちゃんと母ちゃんは、イルティナ様のパーティメンバーで、あのスターヴ大平原攻略戦に参加して生き残った英雄――とは言わないまでも、それなりに名の売れた開拓者なんだ」


「ふむふむ」


 イルティナ・ブラン・ウルズ。


 ウルズ王国第二王女にして、サウザンドの開拓者。スターヴ大平原攻略戦でテイムモンスターを失い、開拓者として第一線を退いた後、仲間と共にティールの村を造り、その支配権を世界に認めさせた女傑である。


 ザッツの両親は、そんなイルティナの従者兼パーティメンバーだったのだ。名前が売れているのはむしろ当然と言える。


「うんでもって、父ちゃんはそうでもないんだけど、母ちゃんは小さいころからイルティナ様の遊び相手として王城に出入りしていた、けっこう裕福な家庭に生まれたお嬢さんでさ。俺の知らないところで、縦と横の繋がりが色々とあったらしいんだよ」


「それで?」


「俺がラビーダをテイムしたことをいったいどこから聞きつけたのか、兄ちゃんが村を出てすぐに「パーティを組むのは少し待て」って、村のラタトクスに王城から連絡がきてさ。しばらくしたら村にあいつらがやってきて、封蝋に国王陛下の印璽いんじが押された紹介状を手に「不束者ですが、これからよろしくお願いします」って」


「なるほど」


「わかってくれた? ほとんど王命だよ。俺に拒否権なんてなかったんだ」


 未開の地で上手く立ち回れば、自らの国を造り、王を名乗ることすら可能なのが開拓者という職業である。そして、どうやらウルズ王国の上層部は、高名な両親を持つザッツのことを、将来の有望株と判断したらしい。


 前途有望な開拓者であるザッツ。そんな彼が、出自不明の者や、他種族の女性をパーティメンバーに加え、過度に入れ込んでしまう前に、年齢の近い名家の女性で囲い込むべく国から送り込まれたのが、あの美少女三人組というわけだ。


 ようするに、彼女らはザッツのパーティメンバーであると同時に、将来のお嫁さん候補なのである。


「うん、話はわかった。で? 肝心のザッツ君は、あの子たちのことをどう思っているのかね? 正直な気持ちをお兄さんに言ってごらん」


「まあ……嫌いじゃない……かな? なんだかんだで三人とも可愛いし……」


「やっぱりハーレムパーティってことだよね!? 絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアを舐めてるのかな君は!? キャッキャウフフの婚前旅行気分でどうにかなるのはユグドラシル大陸までだよ!?」


「痛い痛い! 兄ちゃん、勘弁して! 大丈夫だから! あいつら才能あるし、ちゃんとした訓練受けてるから、凡人の俺なんかよりよっぽど――って、首! 首締まってる! やめて、お願い! ギブギブ! 」


 右腕に力を込め、そのままザッツの首を締め上げる狩夜。苦し気に顔を歪めながらも、ザッツはどこか楽し気に「降参、降参」と狩夜の腕を叩いた。

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