165・再会 上

「おらよ、8500ラビスだ! それ持ってとっとと失せろハゲ!」


「だから俺はハゲじゃ――ったく、もういい! おい、いくぞお前ら!」


「……ウス」


「へい、兄貴!」


 報酬を受け取ると、光の民の男性開拓者はイラついた様子でカウンターを離れ、少し離れた場所で待機していたパーティメンバーを連れてギルドの出入り口へと向かう。一方ラミアの受付嬢は、離れていく男性開拓者の背中に向かって、犬猫でも追い払うように「っし、っし」と手を振った。


 一連のやり取りをはたから一部始終見ていた狩夜は、なんともいえない表情で地の民の受付嬢に苦言を呈する。


「ギルド職員として、注意とかしなくてよかったんですか?」


「注意? どっちにだい?」


「両方に、ですよ。あの受付のお姉さんも、開拓者のお兄さんも、問題だらけでしょうに」


「はっは! あの子くらい度胸がなきゃ、ここの職員は務まらないよ! 開拓者の方も、手さえ出さなきゃ無罪さね。それに、あんな奴でも今じゃここの主力の一人だ。あたしらもあまり強くは言えないんだよ」


「強く言えないって、あの受付のお姉さん、思うがままに暴言を口にしていたような気が――」


「おいおい! なんでこんなところにガキがいるんだ!? ここは子供が遠足でくるような場所じゃねぇぞ!?」


 狩夜の言葉を遮るように、人を小馬鹿にしたような声が響く。そう、先ほどの男性開拓者の声だ。


 僕のことかな? と、狩夜は口の動きを止め、声が聞こえた方向――ギルドの出入り口へと顔を向ける。現在狩夜は十四歳であり、イスミンスールでは十分大人扱いされる年齢だが、自他共に認める童顔低身長のため、実年齢よりも若く見られることが多かった。


 だが、今回子供扱いされた人物は狩夜ではないらしい。男性開拓者のパーティはすでにギルドを後にしており、狩夜の視線の先に彼らの姿はない。


 状況から判断するに、男性開拓者は、ギルドの出入り口のすぐ前で、誰かに因縁をつけているようだ。


「やれやれ。あの男、ギルドを出た途端、また揉めごとを起こす気かい」


「みたいですね。先ほどのやり取りで随分とイライラしていたみたいですし、誰でもよかったんじゃないですか?」


「……(ペシペシ)」


「あ、うん。そうだね。そうしよう」


 頭上のレイラが「ねぇ、そろそろいこうよ~」と言いたげに頭を叩いてきたので、狩夜は地の民の受付嬢と向き直り、軽く会釈する。


「それじゃ、僕もこれで。また明日きますので、新しい依頼が入ったら、その都度教えてください」


 こう言い残し、カウンターから離れる狩夜。地の民の受付嬢からの「あいよ」という返答を聞きつつ、ギルドを後にする。


「なんだよおっさん。俺らになんか文句あんのかよ?」


「大ありだ、ガキ。さっきも言ったが、ここは子供のくるところじゃねぇ。大怪我する前にとっとと家に帰りやがれ、目障りだ。それと、俺はまだおっさん呼ばわりされる歳じゃねぇぞこら」


 ギルドの外に出た直後、予想通りの光景が狩夜の目に飛び込んできた。ガラの悪い光の民の男性開拓者が、別の開拓者に因縁をつけている。


 エムルトの現状を象徴するかのような、開拓者同士による小競り合い。これら揉めごとにいちいち首を突っ込んでいたら切りがないと、この三ヵ月で身をもって知った狩夜は、我関せずとばかりにその横を通り過ぎようとして――


「え?」


 この声と共に目を見開き、突然足を止めた。


 ――見間違いか?


 胸中でこう呟きながら、狩夜は体ごと向き直り、因縁をつけている側のパーティと、因縁をつけられている側のパーティ、その双方を注視する。


 因縁をつけている側は、先ほどギルドで受付嬢と言い争いをしていたパーティリーダーと思しき細マッチョと、太った大男、痩せぎすの小柄な男という、光の民の男性だけで構成された三人パーティである。テイムモンスターは、百足型の魔物、アーマー・センチピード。


 同種族の同性のみで構成された彼らパーティは、全員が魔物の骨や牙で刺々しく装飾されたハードレザーアーマーで武装していた。そのため、統一感と結束を強く感じることができる。


 中々に強そう――いや、実際彼らは強いのだろう。その証拠として、パーティリーダーの腰には、鉄ごしらえの両手剣の姿が見て取れる。それ相応の実力と実績がなければ、手に入れることの叶わない装備だ。受付嬢の「主力の一人」という言葉は、過大評価ではなさそうである。


 一方、因縁をつけられている側。こちらは木の民の男性一人と、木の民の女性三人で構成された、四人パーティである。テイムモンスターはラビスタ。


 驚くことに、四人全員が十歳前後と思しき年少パーティであった。


 パーティリーダーと思しき少年は、銀髪で褐色の肌。初代勇者の血筋であるブランの木の民である。ライダースーツのように体にぴったりと張りつく緑色の服を着こみ、その上に厚手のレザーベストと皮の腰巻を重ね着している。武器は、魔物の牙を削って作った曲刀の片手剣と、黒曜石のナイフ。


 パーティメンバーの女の子三人は、一人はパーティリーダーの少年と同じブランの木の民、もう一人は一般的な木の民、最後の一人はやや趣の異なる木の民である。


 ブランの女の子は、銀髪を肩上のセミロングにした、落ち着いた雰囲気の少女である。ブラン特有の褐色の肌の上に、パーティリーダーの少年とおそろいの服を着こみ、魔物の皮で作られた胸当てをつけ、背中には長弓を背負い、腰に矢筒を括りつけていた。


 一般的な木の民である女の子は、腰にまで届く金髪ロングヘアの少女で、どこかおっとりとした印象を受ける。雪の様に白い肌の上に厚手のレザーアーマーを着込み、背中には木製のタワーシールドを背負っていた。武器は、柄頭に拳大の石がついたショートメイス。


 最後の一人は、木の民にしては珍しく真紅の髪をしており、その髪を三つ編みにしたうえでお団子にまとめた、活発な印象の少女である。木の民でありながら火の民の服――地球で言うところの中華風の服を着こんでいた。深いスリットの入った、チャイナドレスと武道着の中間のような服であり、他のパーティメンバーと比べて、肌の露出が多い。自身の身長よりも長大な、木製の八角棒で武装している。


 遠近中防の揃った、バランスのいいパーティ編成であった。これならば、よほどの能力差か、数で押し切られない限り、どのような魔物が相手でも対応できるだろう。


 年若く、パーティメンバーの女の子三人が、五年後を否応なしに期待させる美少女揃いなこともあり、かなり人目を引くパーティである。そして、狩夜の視線もまた彼らに――否、パーティリーダーの少年に釘付けであった。


 ハーレムパーティを構築している彼への妬みやひがみが理由ではもちろんない。そのパーティリーダーの少年が、狩夜の顔見知りだからである。

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