163・やっぱりこうなったか!

「そりゃあ、あなた方にも開拓者として目指す場所があるのだと思いますし、命の使い方は個々人の自由です。ですけど、そうゆう無茶は僕が見てないところでやってください。迷惑です。絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアに『駆け出しハンドレット』三人で飛び込むとか、なに考えてるんですか?」


「「「……」」」


 プレーリーヘルドッグ八匹を、レイラの力を借りずに蹴散らした狩夜は、助けた三人パーティの前を先導するように歩きつつ口を動かす。


 が、狩夜の言葉への返答はなかった。三人は一様に下を向き、暗い顔で狩夜の後ろをとぼとぼと歩いている。


 狩夜は気まずげな顔で頭をかいた後、パーティリーダーである光の民の男性が両手で抱えるテイムモンスター、見るも無残な肉塊へと姿を変えた、ラビスタを一瞥する。


 あのラビスタが動くことは二度とない。狩夜のパートナーであり、五代目勇者でもあるマンドラゴラのレイラは、優れた治療能力を有する。しかし、そんなレイラといえども、死者を蘇らせることはできないのだ。


「勇敢でしたね、その子」


「――っ」


 自らを庇って死んだパートナーを称賛する言葉に、全身を大きく震わせる光の民の男性。そんな彼を見つめながら、狩夜は次のように言葉を続けた。


「あの時、その子が前に出なかったら、僕の救援は間に合わず、皆さん全員死んでましたよ。立派な散り様だったと思います。最後に、なにか言ってあげたらどうですか?」


「……ああ、こいつは勇敢だった……俺なんかよりもずっと……うぅ、すまん……許してくれ、ラビリア……俺が馬鹿だった……助けてくれてありがとう……本当にありがとう……」


 服が血で汚れることも厭わずに相棒の亡骸を抱き締め、光の民の男性は大粒の涙を流し、相棒との最後の別れを惜しむ。


 魂で繋がった相手との別離。開拓者にとって特別なその時間を邪魔せぬよう、狩夜は口を閉じ、周囲に目を光らせた。


 何人たりとも、この時間に水を差すことは許さない。鋭い眼光でそう語りながら、狩夜は黙々と歩き続ける。


 ほどなくして――


「無事到着っと」


 狩夜たち四人は、新たな魔物と遭遇することなく希望峰へと到着し、その上に築かれた人類の拠点、前線基地エムルトへと足を踏み入れた。


「それじゃ、やることがありますので僕はこれで。悪いことは言いませんので、皆さんは次の船でユグドラシル大陸に戻ったほうがいいですよ。防壁の内側なら安全とか考えちゃダメですからね。たまにですけど、防壁飛び越えて強襲してくる魔物もいますから」


 石を積み重ねることで造られた分厚い防壁。そこにある唯一の門、通称東門を、門番に会釈しながらくぐった後、狩夜は背後にいる三人パーティへと向き直り、こう宣言した。


 すると、道中で気持ちの整理をつけていたのか、光の民の男性は涙をぬぐいつつ「ああ、ここまでありがとう。感謝する」と、しっかりした口調で言葉を返してきた。これならもう大丈夫だろうと、狩夜は安堵する。


「すまないが、今は手持ちがこれしかない。ユグドラシル大陸に戻ったら、どうにかして金を作るから、とりあえずこれだけ――」


「結構ですよ。困ったときはお互い様です。ああいう緊急時には、開拓者同士助け合わないと駄目ですからね。これから色々と大変でしょうけど、挫けずに頑張ってください」


 腰に括りつけていた皮袋を、丸ごと狩夜に渡そうとする光の民の男性を右手で制止しつつ、首を左右に振る狩夜。その後、すぐさま踵を返し「お達者で」と言い残して、その場を後にする。


「ありがとうございました!」


 何一つ見返りを求めることなく去っていく狩夜の背中に、深々と頭を下げながら礼を述べる光の民の男性。そして、頭を上げると同時に背後にいるパーティメンバー二人に向き直り、真剣な顔でこう提案する。


「今回のことで、自分がまだまだ未熟だと痛感したよ。一から出直しだ。ユグドラシル大陸に戻って、魔物のテイムからやり直そう。こんな駄目リーダーだけど、これからもついてきてくれるよな?」


 九死に一生を得たことで自らを見つめ直し、一皮むけた男の真摯な願い。これに対する、パーティメンバー二人からの回答は――


「はぁ? なに言ってんのよあんた? パーティは解散よ、解散。あんたみたいなスケベ男についていくなんて、まっぴらごめんよ」


「言いすぎっすよ、あねさん。まあ、あたしも解散には賛成っすけどね」


 という、なんとも凄惨なものであった。


 ――やっぱりこうなったか!


 胸中でこう叫びながら、狩夜は「聞きたくない聞きたくない!」と、涙目で頭を振り、足の動きを速めた。


 そんな狩夜の背後では、光の民の男性が「んな!?」という声を上げ、この世の終わりのような顔をしている。そんな彼に向かって、パーティメンバーの二人は次のように追い打ちをかけた。


「いつもいつも、胸胸胸! あれだけガン見しといて気づかれてないとでも思ってるわけ? それが私だけならまあ許してあげようかなとも思うけど、少しでも胸が大きかったら誰でもいいってどういうことよ!」


「それに、あねさんやあたしがパーティにいるのに、娼館に入り浸るのはどうかと思うっすよ? あたしにも闇の民としてのプライドがあるっす。屈辱に耐えながら、何度枕を濡らしたことか……」


「お、お前ら、あんなに俺のことを慕っていたじゃないか!? 体だって、今まで何度も――」


「ええ、重ねたわね。でもそれ、全部ソウルポイントとお金のためだから」


「閨でおだてて、馬鹿な男を掌の上で転がす。できる女の常套手段っすよ」


「そ、そんな……」


「まあ、少しは期待もしてたわよ。私たちはユグドラシル大陸じゃ負けなしだったわけだし、これなら未開の地を開拓して国を造れる。あんたを王にすれば、王妃は私。そんな風に考えて、精一杯媚びを売ったわ。でも、結果はこのざまじゃない!」


「ラビリアのいないリーダーにはなんの魅力も感じないっすね。だから、ここでさよならっす。あ、間違えた。もう、元リーダーっすよね」


「……」


 もはや言葉も出ないのか、顔面蒼白で絶句する光の民の男性。目を覆いたくなるぼどに悲惨な光景だが、これもまた、ここでの日常である。彼が特別不幸なわけじゃない。


 パーティの支柱であるテイムモンスターが死亡した瞬間、パーティが離散するのはよくある話だ。


 特に、パーティリーダーが男で、それ以外は美人の女性で構成された、ハーレムパーティの場合、そうなることが多い。


 今は大開拓時代。魔物に奪われた大地を人の手に取り戻すのだ! と、皆が声を張り上げ、開拓者になりたいと願い、ソウルポイントを求める時代。


 そんな時代であるがゆえに、ソウルポイント欲しさに好きでもない男に愛想を振りまき、体を差し出す女性も、決して少なくない。


 欲望と打算のみで構成された、大した結束も大義もないにわかパーティの、多いこと多いこと。


 これらパーティが崩壊しないのは、ひとえにソウルポイントのおかげであり、テイムモンスターのおかげである。


 ゆえに、これは必然。リーダーの趣味嗜好で構成されたあのパーティは、テイムモンスターが死んだ瞬間、離散する定めであったのだ。


 狩夜は、似たような光景をここで何度も目にしている。信じていた仲間から罵声を浴びせられるであろう相手から、どうしてお金が受け取れようか。


「それじゃあね、二度と馴れ馴れしく声をかけないでよ?」


「そんな……待ってくれロベリア! ロベリアーー!」


 踵を返してその場を後にする風の民の女性と、そんな彼女に向かって右手を伸ばしながら泣き崩れる光の民の男性。そんな男性を見下ろしながら、闇の民の女性は言う。


「あたしにはこれまで通りに声をかけてくれてもいいっすよ、元リーダー。なんだかんだでお世話になったっすからね。なんなら、今夜にでも慰めてあげてもいいっすよ? もちろん、次からは有料っすけどね」


「うぁ、うぁあぁ……」


 ――ドンマイ。生きていれば、そのうちいいことあるさ。


 胸中で光の民の男性を励ましながら、狩夜は振り返ることなく歩みを進め、エムルトの中心部へと歩を進める。

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