160・第四章エピローグ 魔草は笑う

「うわぁ……すごぉ……」


 植物の大砲、その砲室後部から出てきたレアリエルが、八尺瓊凶種やさかにのまがたまの爆心地を見つめながら呟く。


 翡翠色の巨木が消えた後に残ったのは、巨大な円形の窪みのみ。ヴァンの巨人を構成していた岩石や溶岩は、一切確認できなかった。厄災以前の最先端技術の結晶。溶岩の只中であってもびくともしない、ヴァンの巨人の核すらも、完全に消滅している。


 人の力を一笑にふすかのような眼前の光景に身震いした後、レアリエルは生唾を飲み下した。直後、まだ幼さが色濃く残る男性の声が、彼女の背後から響く。


「いやぁ良かった……ちゃんと当たってくれて……真っ直ぐ飛んでくれなかったらどうしようかと……」


 砲室前部から出てきた狩夜である。


 心底安堵した様子で歩みを進め、狩夜はレアリエルの隣に立ち、同じように爆心地を眺めた。そんな狩夜を横目に、レアリエルは次のように尋ねる。


「ねえ、ガキンチョ。どうゆう意味よ、それ?」


八尺瓊凶種やさかにのまがたまは、見ての通り威力は凄いけど、とにかく不安定でさ。狙った場所に着弾する前に空中分解する可能性が多分にある。最悪の場合、砲身内部で暴発して、僕らの方が吹き飛ぶなんてことも……引き金を引く瞬間なんて、もう不安で不安で……」


「ちょっ――暴発って!? 聞いてないんですけどぉ!?」


「そりゃそうだろ。言ってないもん。それと、ガキンチョって呼ぶな鶏ガラ女。色々あって今まで言えなかったけど、僕は今年で十四歳だぞ」


 両手を腰を当てて胸を張る、アーム・アキンボーのポーズで精一杯体を大きく見せながら、自身の年齢を宣言する狩夜。


 そんな狩夜を見下ろしながら、レアリエルは目を点にし、数秒間硬直。その後、青天の霹靂といった様子で叫んだ。


「嘘!? ボクと同い年!? 信じらんない!」


「嘘じゃない! って、同年代だとは思ってたけど、同い年か! なら言葉遣いは直さないぞ! もうお前とは、ずっとこのままタメ口でいくからな!」


 十四歳。


 日本では義務教育の最中であり、まだまだ子供として扱われる年齢。しかし、イスミンスールでは十分成人扱いされる年齢であり、結婚適齢期だ。そして、ほんの数百年前までは、日本でも成人扱いされていた年齢でもある。


 世界と時代が変われば大人にも子供にもなる。そんな多感な年頃の狩夜とレアリエルは、その後もくだらないことで言い争いを続け、反発し、顔を突きつけて睨み合う。


 ――ああもう、どうしてこいつとはいつもこうなるんだ。


 こんなことがしたくて近づいたわけじゃない。にもかかわらず、気がつけば言い争いが始まってしまう。やはり叉鬼狩夜とレアリエル・ダーウィンは、そうとう相性が悪いらしい。


 右手で頭をかく狩夜は、開いた左手をレアリエルの顔へと突き出し二の句を押し留めた後、意を決したようにこう提案する。


「ちょっとストップ! このままじゃ不毛に時間を浪費するだけだ! 一旦口の動きを止めて、お互い落ち着くぞ! いいな!?」


「……わかった」


 どうやらレアリエルも言い争いを終える切っ掛けを待っていたらしく、狩夜の提案を素直に受け入れ、口の動きを止めた。


 互いに自然体で直立し、小さく深呼吸して気持ちを落ち着ける。その後、狩夜はタイミングを見計らい、右手を肩の高さまで上げながら口を動かした。


「よし、落ち着いたな? だったら手を出せ。手を」


「え? こう?」


 狩夜の言葉と動作に釣られ、右手を肩の高さへと上げてみせるレアリエル。すると、狩夜はレアリエルに向かって右手を伸ばし――


 パチン!


 互いの右手同士を重ね、小気味の良い音を鳴らした。


 目を丸くするレアリエルに向かって、狩夜は満面の笑顔で言葉を紡ぐ。


「やったな。勝ったぞ、僕たち」


 レアリエルに近づいた理由。艱難辛苦を共に乗り越えた仲間と勝利の喜びをわかち合うという目的を果たした狩夜は、満足げな顔で右手を下ろした。


 一方のレアリエルは「あ……」と呆気にとられた様子で声を漏らし、狩夜と触れ合った右手をじっと見下ろす。


 ほどなくして――


「うん! やったね!」


 狩夜と同じく、満面の笑みでこう答えた。


 その笑顔が、あまりに奇麗で、可愛くて、狩夜は顔を赤らめる。


 思わぬ不意打ちを食らい、レアリエルがとんでもない美人であることを再確認した狩夜が、意味もなく視線をさまよわせると、レアリエルの傷だらけの両足と、遠方から駆け寄ってくる精霊解放軍の幹部たち、その傷ついた姿が目に映った。


「狩夜ー! 凄かったでやがりますよー!」


「大金星じゃ小僧! いやぁ、とんでもない一撃じゃったな!」


「レアさんもご無事のようですわね、良かったですわぁ」


「む? ランティスとフローグは一緒ではないようですね? レア、二人の居場所を知っているのなら教えなさい」


 思い思いの声を上げる彼女らを見回した後、まだまだ休めそうにないな――と、小さく息を吐く狩夜。次いで、気を引き締めるように背筋を伸ばし、背後へと目を向けながら口を動かす。


「全員ボロボロだな……レイラ、僕たちはもう一仕事するよ。まずはレアを治療してあげて――って、あれ?」


 振り返った狩夜の視線の先には、植物の大砲、すなわちレイラの姿はなかった。砲塔が埋まっていた大穴をその場に残し、狩夜と離れ、どこかへと移動したようである。


「レイラ? いったいどこに……」


 小首を傾げた後、狩夜は首を左右に振り、レイラの姿を探しはじめた。



   ●



「……」


 狩夜がレアリエルと不毛な言い争いをしているころ、珍しく狩夜と離れ、単独行動中のレイラは、八尺瓊凶種やさかにのまがたまの爆発によってできた巨大な円形の窪みの中を、たどたどしい足取りで歩いていた。


 なにかを探すように首を左右に振りながら、レイラは一人歩き続ける。


 ほどなくして目的の場所へと辿り着いたのか、レイラは右腕を伸ばし、そこから出した蔓を迷いなく地面へと突き立て、すぐさま引き抜いた。


 引き抜かれたレイラの蔓の先端には、人頭大ほどにもなる巨大なクリフォダイトの姿がある。


 状況から判断するに、このクリフォダイトはヴァンの巨人の核に内蔵されていたものとみて間違いない。八尺瓊凶種やさかにのまがたまが爆発した際に核から飛び出し、地中深くにめり込んだのだろう。


 レイラの蔓に絡め取られたクリフォダイトは、鮮血の如き赤い光を放っていた。ヴァンの巨人の動力とされたことで、すでに活性化してしまっている。もし、このクリフォダイトが見つかることなく放置されていたら、雨と共に周囲一帯は汚染され、かつてのスターヴ大平原のようになっていたことだろう。


 活性化したクリフォダイトは、休眠状態とは違い、触れるだけでも危険とされる第一級の危険物である。その危険物を見つめながら、レイラは頭上に肉食花を咲かせた。


 直後、まるで駄菓子でも食べるような気軽さで、レイラはクリフォダイトを肉食花の中へと放り込む。


「……(にたぁ)」


 クリフォダイトを肉食花で噛み砕き、自身の中に取り込みながら、レイラは口裂け女のような顔で凄絶に笑う。そして、その笑顔を維持したまま再度蔓を操作し、地面へと突き立てた。


 引き抜かれた蔓の先端には、やはりクリフォダイト。“落ち目殺し” の体内から出てきたものだ。こちらもすでに活性化している。


 一度は狩夜の指示で泣く泣く体内に保管したものだが、活性化したクリフォダイトは人の手に余るとばかりに、レイラは肉食花の中へと放り込み、即座に噛み砕いた。


 凄絶な笑みを更に深め、レイラが狂喜していると――


「精が出ますね、勇者様」


 この場にいるはずのない者の声が響く。笑みを消したレイラがそちらに目を向けると、狩夜と同化しているはずのスクルドの姿があった。


 スクルドは、なんとも複雑な表情でレイラを見つめながら、次のように言葉を続ける。


「邪悪の樹の欠片を取り込んでご満悦ですか? まあ、気持ちはわからなくもありません。世界樹、もしくは、邪悪の樹を取り込めば、その量に応じて世界樹の種を成長させることができますからね」


「……」


「盲点でした。私では思いつきもしない方法です。しかし、たとえ思いついたとしても、勇者様は世界樹を取り込めない。ただでさえ短いこの世界に残された時間を、更に縮めることになります。ならば、先ほどのように邪悪の樹の欠片を取り込むしかない」


「……(ギロ)」


 ここでレイラは「なにか文句ある?」とでも言いたげな顔でスクルドを睨みつけた。すると、スクルドは首を左右に振り「いいえ、なにも」と答える。


「世界樹の女神として思うところは多々ありますが、背に腹は代えられません。かつて私たち女神は、勇者様にこの世界の真実を伝えずに戦わせ、失敗しました。聖剣に意志は不要だと考え、ただの武器として扱い、失敗しました。その結果、あなた様は生まれた。ゆえに私は、あなた様の意思を尊重いたします」


「……」


「それに、清濁を併せ持つあなた様ならば、邪悪の樹の欠片を取り込んだとしても、かつての聖剣のように汚染されたりはしないでしょう。ですから、なにも問題はありません。ええ、ありませんとも」


「……」


「それで、先ほど取り込んだ邪悪の樹の欠片で、マナの出力、生成、貯蔵のどれを完成に近づけるのです? 今回のミズガルズ大陸での失敗を踏まえ、貯蔵でしょうか? 先ほどの大規模攻撃も、マナの貯蔵面が改善されれば、使用時間が短縮され、使い勝手もよくなるかと。そうすれば、失敗作と断じたオマケの評価を覆せるやもしれませんよ?」


「……(ぷい)」


 スクルドから投げられた問いに、レイラは「そんなの私の勝手でしょ」と言いたげに顔を背けた。背けて、はっとした。自分を探しているであろう狩夜の姿を見つけたからである。


「えっと、なんかこっちにいるような気が……あ、やっぱりいた! おおい、レイラ! そんなところでなにやってるんだよ!?」


 駆け寄ってくる狩夜を見つめながら、優しい笑顔を浮かべ「こっちだよ~」と言いたげに手を振るレイラ。その笑顔と、先ほどまで自身に向けられていた表情とのあまりの格差に、スクルドはがっくりと肩を落とす。


 小さく溜息を吐いた後、スクルドも近づいて来る狩夜へと目を向けた。その後、心底申し訳なさげな顔で、自分にだけ聞こえる声量で言葉を紡ぐ。


「なんにせよ、オマケには秘密にしておいた方がいいでしょう……この世界の真実を……そして、世界樹と邪悪の樹の関係を……もっともこればかりは、言いたくても言えないのですが……ね。私も、勇者様も……」


 かくして、狩夜たちの活躍により、ヴァンの巨人の脅威は去った。


 だが、たとえヴァンの巨人を倒そうと、イスミンスールが滅亡の危機に瀕している事実は変わらない。そして、第三次精霊解放遠征が失敗に終わった今、世界を救済する方法は、聖獣の打倒ただ一つ。


 次なる舞台は、世界樹が根づく場所、聖域。


 狩夜とレイラの冒険は、まだまだ続く。

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