159・凶種
「ランティス君、皆! 今すぐヴァンの巨人から離れてぇえぇえええ!!」
歌手として、アイドルとして、鍛えに鍛えた喉。その喉から、有らん限りの声を発し、レアリエルは戦場全体に警鐘を響かせる。
期待、焦燥、恐怖――様々な感情が込められた彼女の声は、遠巻きに戦いを眺めていた精霊解放軍の面々、そして、平原の戒めの中にいるランティスにも滞りなく伝わった。
「きたか!」
待ち望んだ吉報。ランティスは僅かに顔を綻ばせる。
主戦場から十分に距離を取っていた精霊解放軍の面々が「これでもまだ足りないのか!?」と言いたげな顔で走り出し、警告を発したレアリエルが、植物の大砲、その砲室後部へと逃げ込む中、ランティスもヴァンの巨人から距離を取ろうと、平原の戒めを操作する。
しかし——
「っな!?」
平原の戒めの動きに、ヴァンの巨人が追従してきた。
火山弾の発射を止めるために口の中へと突き入れた左腕。その左腕が、ヴァンの巨人が頭部を修復する際に取り込まれ、一体化してしまったのだ。
このままでは砲撃に巻き込まれる。
ランティスは残った右腕でヴァンの巨人を何度も殴りつけ、強引に引きはがそうとした。が、ヴァンの巨人が離れる気配はない。一方のヴァンの巨人は、こんな状況でも植物の大砲へと最短距離で突き進もうとした。進路上にいる平原の戒めを押し退けるべく、両腕を伸ばしてくる。
「ならば!」
この叫びと共に、ランティスは筒の中にある操縦桿から右手を離し、コンソールへと叩きつけた。
次の瞬間、緊急脱出装置が作動。平原の戒めの背中に円錐状の穴があき、核と外界とを繋ぐ道ができる。
その道を通り、平原の戒めの体外へと、核が高速で射出されていく。
急加速による重圧を全身で受け止めるランティスは「緊急脱出装置の場所と、操作方法を事前に確認しておいたのは正解だったな……」と小声で呟き、安堵の息を吐いた後、万感の思いを込めて次の言葉を紡ぐ。
「これで戦いが終わる。この忌々しい木偶人形から解放される……」
ランティスの乗った核は、平原の戒めの体外へと飛び出し――
「――っ!?」
直後に急停止した。
急停止の衝撃で核全体が大きく揺れ、コンソールに顔面を強打するランティス。何事かと目を見張り、額から血を流しながら周囲を見回す彼の視線の先には、核の内壁越しに映る、赤黒く発光する溶岩があった。
平原の戒めを押し退けようと、背中に回されたヴァンの巨人の腕、その一部である。ランティスの乗った核は、不運にもそれに引っかかり、半分ほど溶岩に埋没した状態で停止していた。
つまり、脱出は失敗したのである。
「……」
ランティスは、無言で最後の抵抗を試みた。再びコンソールを操作し、核の出入り口を開こうとする。
出入り口さえ開いてくれれば、後はテンサウザンドにまで鍛えられた自身の力で脱出してみせる。そう考えての行動だろう。
だが、ヴァンの巨人は、運命は、ランティスを逃がしはしない。
「……だめか」
出入り口は開かなかった。ほんの少し動きはしたものの、周囲の溶岩に動きを阻害され、途中で停止してしまう。僅かに空いた隙間は、とても人一人が通れる広さではない。
内側から出入り口を蹴り飛ばし、隙間を広げようとするランティス。だが、核にへばりつく溶岩は、ヴァンの巨人の影響下にあるため、液体でありながらゴムのように伸縮し、千切れない。出入り口は、少し開いては閉まるを繰り返すばかりで、一向に広がりはしなかった。
「……はは」
僅かな隙間から溶岩が入り込み、急激に気温を上げていく核の内部。その場に、諦めを感じさせる乾いた笑い声が響いた。そして、ランティスは右手で顔を覆い、こう言葉を続ける。
「そうか、こうなったか。どうやらランティス・クラウザーという男は、最後の最後まで、勇者とヴァンの影から逃れることのできない運命らしい」
次いでランティスは、今もなお核の内壁に表示されている真紅の警告カーソル。その内側に納まる植物の大砲へと目を向けた。
攻撃の準備を万端整えた、救世の勇者とその仲間に向かって、ランティスは叫ぶ。
「カリヤ君! 私に――」
「『私に構わず撃て!』なんてありきたりな台詞! 俺は聞きたくないぞ、ランティス!」
自らの生存を放棄し、狩夜に攻撃を促そうとしたランティスの言葉を押し退けるかのように、突如として核内部に響いた勇ましい声。その声に導かれるかのように、ランティスは再び出入り口へと視線を向ける。
ランティスの視線の先には、今まさに全開まで開いた出入り口と、その向こう側で、手足を焼きながら核の外壁に張りつくフローグの姿があった。
フローグは、溶岩を断ち切ったと思しき半壊した剣を投げ捨てた後、空になった右手をランティスに向かって伸ばしつつ、告げる。
「つかまれ! 跳ぶぞ!」
有無を言わさぬ迫力を帯びたこの言葉に、ランティスは無言で従った。右手を伸ばし、フローグの手を握り締める。
直後、フローグの両脚、その大腿部が、倍以上に膨れ上がった。
一瞬のための後、フローグは核の外壁を蹴り、大跳躍。
ランティスの言う運命とやらを核の中に置き去りにし、戦場を駆ける一陣の風となったフローグは、ランティスを連れ、ヴァンの巨人から離脱した。
●
ランティスとフローグがヴァンの巨人から離れ、レアリエルが砲室後部に逃げ込んだのを確認した狩夜は、右手人差し指を引き金に乗せる。
照星越しに狩夜の瞳に映るヴァンの巨人は、今まさに平原の戒めを押し倒したところであった。
核を失い、ただの岩と土となった平原の戒めを取り込んで、倍近く膨れ上がるヴァンの巨人。四つん這いで植物の大砲へと邁進してくる破壊の象徴に、臆することなく銃口を向けながら、狩夜は口を動かした。
「くらえデカブツ。
失敗作としてお蔵入りし、二度と使われないはずだった武器。その名を高らかに叫ぶと同時に、狩夜はためらうことなく引き金を引く。
「
けたたましい轟音と共に、植物の大砲から翡翠色の砲弾が発射された。
砲弾は、同色の残光を空中に残しながら、音速を超える速度でヴァンの巨人めがけて直進。そして、そのまま胸部へと埋没する。
直後、ヴァンの巨人が動きを止めた。
戦場を、静寂が支配する。
誰もが微動だにせず、言葉も発せず、ただただヴァンの巨人を見つめ、事のなりゆきを見守った。
そして――
「
静寂を破るかのように狩夜がこう口にした瞬間、ヴァンの巨人の体内から、一条の光が飛び出した。
翡翠色をしたその光は、ヴァンの巨人のいたるところから次々に飛び出し、その本数を増やしていく。
そして最後には、巨木を思わせる翡翠色の光柱へと姿を変え、ヴァンの巨人を飲み込み、跡形もなく消し飛ばした。
ヴァンの巨人が再構成される気配は――ない。
戦場に聳え立つ翡翠色の巨木。神々しくすらあるその姿を見上げる人々の口から、歓喜の声が爆発した。
●
「終わったな」
戦場にそびえる翡翠色の巨木を見上げ、至る所から上がる大歓声を聞きながら、フローグは言う。
そんなフローグの傍らで、精根尽き果てた様子で座り込むランティスは「そうですね……」と、同意の声を小さく漏らした。
「どうした? 浮かない顔だな? あの【返礼】を、ヴァンの巨人を、犠牲者ゼロで撃退したんだぞ? これは、遠征の失敗を払拭して余りある戦果だ。そして、その半分はお前の手柄。誰もが驚く偉業を、お前は成し遂げたんだ。国に帰ったら、勲章の一つや二つ貰えるかもしれんぞ? もっと喜べ」
「偉業に、勲章ですか……そんなものが狂おしいほどに欲しかった時もありましたが、今となってはどうでもいいです。そんなモノはただの飾りで、本当に大切なものは別にあるのだと気づきました。彼が……カリヤ君が、教えてくれました」
「そうか」
「犠牲者が出なかったのも、ヴァンの巨人を倒せたのも、彼のおかげです。カリヤ君、彼は――その、いったいどこの誰で、なんなんですかね?」
九死に一生を得た直後で、まだ気持ちの整理がついていないのか、ランティスは言葉を濁し、実に曖昧な問いをフローグに投げかけた。するとフローグは不敵に笑い、躊躇することなくこう答える。
「あいつはカリヤ。カリヤ・マタギだ。それ以外の何者でもないし、それで十分だろ?」
「……ですね」
ここで、ランティスはようやく笑った。そして、フローグを見上げながら、再度問いを投げる。
「フローグ殿、続けての質問で大変恐縮なのですが……あなたにとって、私はなんですか?」
この問いに、やはりフローグは躊躇せず答えた。
「決まっている。お前はランティス・クラウザー。俺のかけがえのない戦友だよ」
その後、フローグとランティスは戦場の片隅で握り拳をぶつけ合い、互いの健闘を称え合った。
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