158・ヴァンの巨人 VS ヴァンの巨人

 レイラが変身した大砲は、移動不可の固定砲台。砲塔部分が地中に埋まったいわゆる要塞砲で、すべての部品がなんらかの植物で構成されている。


 規格は、四十口径の三十センチ砲。砲身の長さは十二メートルにもなる大型砲だ。 


 その長大な砲身を支える砲塔は、地上に出ている砲室部分が横幅と高さが三メートル強で、縦幅が五メートル強。その下には切り株を思わせる円柱形の基部があり、大地に広く、深く根を張ることで、砲身と砲室の双方を力強く支えていた。


 狩夜が乗り込んだ砲室前部は、新幹線の先頭車両を彷彿させる形状であり、砲身の真下にある。前面がプラントオパールの透明な板、すなわち硝子でできており、砲撃手を保護しつつ、その視界を広く確保していた。


 そんな砲室内部には、砲弾の装填機器もなければ、砲身の向きや角度を変えるためのレバーもない。ただ、一丁の猟銃があるだけだ。


 魔草三剣のそれとよく似た蔓をピストルグリップから伸ばし、砲室と繋がっている木製の猟銃。主に大型獣の猟に用いられるライフル銃を模したそれを狩夜は両手で持ち上げ、銃床を右肩に当てながら、地面に対し水平に構える。


 すると、大砲が動いた。斜め上に向いていた砲身が、すべらかな動作で水平となったのである。あたかも、狩夜が構えた猟銃の動きに、大砲全体が連動したかのように。


「大砲、知ってるんだ?」


 ガラス越し見えるレアリエルのことを横目で一瞥しつつ、得物を狙う猟師さながらの姿で口を動かす狩夜。この問いに、レアリエルは次のように答える。


「あ、うん。火薬を使って大型の弾丸を飛ばすっていう、【厄災】以前に使われていた兵器でしょ? 前に軍議で、フリングホルニに大砲を載せたいっていう議題が上がったから、どんな形のどんな武器かは一応知ってるの。ガリムのおじ様がやけに乗り気だったけど、材料不足が理由で開発は見送られたから、実物を見るのはこれがはじめて」


 眼前にそびえる大型砲を興味深げに見上げながら「そっか、これが大砲なんだ……」と呟くレアリエル。そんな彼女に「一応言っておくけど、これは真っ当な大砲とは言い難い代物だからね」と告げながら、狩夜は構えている猟銃を僅かに左に傾けた。


 すると、年輪の如く区切られた砲塔基部の内側が左に回転。基部に連動し、上にある砲身もまた、その向きを変えていく。


「なるほどね! この大砲を使って、ヴァンの巨人を倒そうってわけか! これだけ大きければ、確かに威力も凄そう! とっとぶっ放しちゃいなさいよ、ガキンチョ!」


「そうしたいのは山々なんだけど、まだ肝心の弾ができてなくて……」


 こう口を動かしながら、狩夜は猟銃を垂直に戻す。基部の動きも合わせて止まり、植物の大砲は長大な砲身、その先端をヴァンの巨人へと向けた状態で静止。そのまま沈黙した。


 期待に目を輝かせるレアリエルがいくら待っても、大砲が火を吹く気配はない。狩夜が言うように、大砲に装填する弾が完成していないのである。


 痺れを切らした様子のレアリエルが、狩夜に向かって次のように問いを投げた。


「ねぇ、その弾とやらはいつできるのよ?」


「砲身の後ろに大きな蕾があるだろ? それが満開になったら完成」


 親指だけ立てた右手で、大砲の後部を指し示す狩夜。レアリエルはそれに釣られるがままに顔を動かし、砲身の末端部にある巨大な蕾へと視線を向ける。


 月下美人のそれによく似た流線形の蕾。幾重にも重なった状態で閉じた純白の花弁を守るように、花托かたくから伸びた桜色のがくが、無数に絡みついている。


 レアリエルの視界の中で、蕾は満開に向けゆっくりと動いていた。


 その開花速度は、どこにでもある普通の花と比べればはるかに速く、満開になればさぞ美しい花を咲かせるであろうという蕾への期待感から、平時であれば茶でも飲みながら心静かに待とうと思える光景である。


 が、今は戦闘中であり、この場は主戦場を一望できる小高い丘の上なのだ。非常時にそぐわない緩慢な動きに、レアリエルはたまらず絶叫する。


「遅い! どんだけ時間かかるのよこれ!?」


「そう、時間がかかるんだよ、これ。だから失敗作なんだ」


 狩夜は、銃身の上につけられた照星と呼ばれる照準器越しにヴァンの巨人を見つめながら言う。そして、次のように言葉を続けた。


「後はランティスさん次第だ。僕らは信じて待つしかない」



   ●



「うおぉおぉおお!」


 味方と認識していた相手からの攻撃に混乱しているのか、棒立ちとなるヴァンの巨人。そんな隙だらけの相手に対し、ランティスは雄叫びを上げながら再度接近。今度は左腕をコンパクトに構え、ヴァンの巨人へと殴りかかる。


 核の内壁に『それは友軍だ。攻撃を止めろ』という文章が表示されるが、ランティスは当然それを無視。左ジャブを二発放ち、正確に距離を測ってから本命の右ストレートを放つ。


 平原の戒めの三連打は、全てがヴァンの巨人へと直撃した。その衝撃に耐えきれず大きく後退する相手を、ランティスは追う。


 ここで、ようやく平原の戒めのことを敵と認識したのか、ヴァンの巨人が動く。関節部が溶岩で構成された右腕を鞭のようにしならせ、平原の戒めを打ち据えようとしてきた。


「ふん!」


 だが、ランティスは動じない。「それがどうした」と言いたげに鼻を鳴らした後、左腕で相手の右腕を払いのけながら懐に潜り込み、右腕で渾身のボディーブローを放つ。


 岩石部を下から突き上げるように放たれたこの攻撃で、ヴァンの巨人の両足が一瞬地面から離れた。機動力の奪われた相手に向かって、ランティスはすかさずフォローの左フックを繰り出し、豪快に殴り飛ばす。


 無人機ゆえに雑な攻撃しかできない相手を、有人機特有の繊細かつ理にかなった動きで圧倒するランティス。確かな手応えを感じたのか「よし、いける! いけるぞ!」と勇ましく口にし、再度ヴァンの巨人へと殴りかかった。


 その、次の瞬間――


「――っ!? なんだ!? 一体なにがあった!?」


 核の内部にけたたましい警戒音が響く。内壁には真紅のカーソルが表示され、あるモノを指し示しながら、ランティスに警戒を促してくる。


 カーソルが指し示しているのは、ヴァンの巨人ではない。平原の戒めの右斜め後方。これは、狩夜とレイラがいる方向だ。


「カリヤくんになにかあったのか!?」と、慌ててそちらに目を向けるランティス。すると、先ほどまでは絶対になかったはずの物体、すべての部品がなんらかの植物で構成された、巨大な大砲が目に飛び込んでくる。


 表示されたカーソルは、砲身の末端部にある巨大な蕾――否、三分咲きといった様子の巨大な花を囲っていた。


 その隣に表示されている文章に、ランティスは息を飲む。


『世界樹の種のものと思しき高エネルギー反応を検知。警戒せよ』


「世界樹の種? カリヤ君……まさか君は……」


 ある可能性が頭を過ぎり、思考の海へと沈みそうになるランティス。だが、状況の変化がそれを許さなかった。平原の戒めが世界樹の種の力を検知したということは、ヴァンの巨人もまた、世界樹の種の力を検知したということである。


「――――!!」


 平原の戒めを無視し、狂ったように植物の大砲へと突撃していくヴァンの巨人。我に返ったランティスは、そんなヴァンの巨人に対し、右肩を前に出したタックルを繰り出した。


「いかせん!」


 真横からタックルを食らい、吹き飛ぶヴァンの巨人。だが、即座に態勢を立て直し、植物の大砲を叩き潰さんと駆け出した。


 そんなヴァンの巨人の前に、ランティスが立ち塞がる。


「私の命に代えても、ここは通さん!」



   ●



「気づかれたぁ! あれ、絶対こっち狙ってるわよガキンチョ! まだ!? まだなの!? まだ準備できないのぉ!?」


 大地が激しく揺れ動く中、狩夜とようやく五分咲きとなった花、そして、徐々に近づいてくるヴァンの巨人との間で視線をいったりきたりさせながら、レアリエルが叫ぶ。


 余裕が一切ない様子の彼女に向け、狩夜は「まだだ!」とだけ返した。


 弾の完成には、今しばらくの時間がかかる。



   ●



「くおぉおお!」


 ヴァンの巨人に平原の戒めで組みつきながら、前進を阻むランティス。自身の攻撃、その全てを無視して植物の大砲へと直進するヴァンの巨人を止める方法は、もうこれしかなかったのだ。


 先ほどまでの戦いをボクシングとするなら、今は相撲である。ヴァンの巨人はその巨体を武器とし、平原の戒めはその巨体を盾とし、何度も何度もぶつかり合った。


 核の内壁に表示された真紅のカーソルは、今では三重になっており、八分咲きとなった花を指し示し続けている。


『世界樹の種のものと思しき高エネルギー反応、なおも増大中。警戒せよ。警戒せよ。警戒せよ』


 あと少し。


 鬼気迫る表情でそう語りながら、ランティスは平原の戒めを動かし、ヴァンの巨人のゆく手を阻む。


 続く膠着状態。そんな中、このままでは間に合わないとでも判断したのか、ヴァンの巨人に変化があった。平原の戒めに組みつかれたまま、胸部を大きく膨張させたのである。


 火山弾だ。


 平原の戒めの肩越しに火山弾を放ち、植物の大砲を焼き払うつもりであるらしい。


「させるかぁあぁぁあぁ!!」


 ヴァンの巨人の狙いを正確に読み取ったランティスは、火山弾が放たれる直前に左腕を動かし、大きく開かれた口の中へと突き入れる。


 次の瞬間、平原の戒めの左腕と、ヴァンの巨人の頭部が吹き飛んだ。



   ●



「てぇい!」


 小高い丘に降り注ぐ、平原の戒めとヴァンの巨人の破片。それらの中でも比較的大きいものを蹴り砕いて、レアリエルは狩夜と植物の大砲を懸命に守った。


 焼けた大岩を蹴り砕くたび、自慢の脚が焼け、ボロボロになっていく。


 それでもレアリエルは、その場を退かなかった。歯を食いしばり、両の目に涙を溜めながら体を動かし続ける。


「まだなのガキンチョ!? これ以上は——え?」


 花の様子を確認しようと振り返り、それと同時に発した言葉を途中で止めてしまうレアリエル。

 

 その理由は、彼女の視界の中で起きた花の変化にあった。


 この世のものとは思えないほどに美しい、大輪の花。


 焼けた大岩の残骸を浴び、純白の花弁に無数の穴を空けてもなお見る者の心を鷲掴みにする、戦場に咲く一輪の花。


 砲身の末端部に咲くその花が、ほんの数秒間満開と思われる姿を世界に晒した後、無残に砕け散ってしまったのである。


「え? なに? 失敗? ボク、守れなかったの?」


 生気を失った表情でレアリエルは呻き——直後に目を見開いた。自身の頭に過った考えと絶望が、誤りであったことに気づいたのである。


 花はただ散ったのではない。その役目を果たしたから散ったのだ。


 花弁が散ったことにより、剥き出しになった雌蕊めしべ。その雌蕊を、もう用はないとばかりに内側から引き裂き、胚珠はいしゅから顔を出したのは、直径三十センチにもなる巨大な種。


 禍々しくも美しい、翡翠色に自己発光するその種を見つめながら、レアリエルは震える唇で言葉を紡ぐ。


「この種……やばい……絶対やばい……」


 歴戦の開拓者であるレアリエルが、種に内包された力を肌で感じ取り、鳥肌全開で恐れおののく最中、砲室内部で猟銃を構える狩夜が、覚悟と狂気を孕んだ凄絶な笑みを浮かべる。


 たまは、今完成した。


「ランティスさんに退避指示!」


 狩夜がこう叫ぶと同時に、翡翠色の種は大砲に飲み込まれ、薬室へと装填される。

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