157・小さき者たちの抵抗
「ヴァンの巨人、投石体制! 狙いは今回もカリヤ少年と思われます! 射線軸上から総員退避! 火の第三小隊は、左後方に回り込みなさい!」
「怯むな! 精霊解放軍の意地を見せろ!」
「攻城弓、五番から八番! 組み立て完了じゃ! いつでも撃てるぞ! 工作隊、破損した一番から四番の修復を急げぇい!」
「右拳、きやがります!」
「――っ!? 木の第二小隊、反応が遅れていますわよ!?」
「ボクが――だめ、間に合わない!」
「レイラァ! 横からハンマーぶつけて軌道を反らせぇえ!」
三時間。
ランティスが戦線を離れ、スターヴ大平原へと向かってから、それだけの時間が経過した。
狩夜とレイラ、そして、精霊解放軍の面々は、ヴァンの巨人を相手に、今も必死の抵抗を続けている。
ランティスとの合流を少しでも早めるため、ヴァンの巨人を北西方向に誘導しつつ戦う狩夜たち。それに並行し、ラタトクスの通信能力を使って各地に連絡。進行方向上から一般人を避難させる。
ヴァンの巨人の攻撃は苛烈を極めたが、戦線はいまだに崩壊していない。その理由の一つが、ヴァンの巨人が無人機であるからだ。
戦闘選択肢の選定が、とにかく雑なのである。
もし有人機だったのなら、ヴァンの巨人は狩夜たちを無視し、ミーミスブルンやウルザブルン、エーリヴァーガルといった人口密集地を一直線に目指したことだろう。狩夜たちに『止めることのできない相手を止める』という無理難題を押しつけるという、実に理にかなった選択をしたはずだ。
だが、ヴァンの巨人はそれをせず、最優先攻撃目標を、狩夜とレイラに固定し続けた。
難敵認定されたからか、はたまた勇者の力に反応でもしているのか、狩夜とレイラに対し執拗な攻撃を繰り返すヴァンの巨人。しかし、
狩夜とレイラが矢面に立てば、精霊解放軍の面々は流れ弾と、たまに放たれる大規模攻撃にのみ警戒すればよくなる。そして、その大規模攻撃を――
「胸部膨張! 火山弾がきます! アルカナ!」
「承知しましたわぁ!」
“百薬” の、アルカナ・ジャガーノートが封殺する。
「受けなさい! アルカナドラッグ
この掛け声と共に、ヴァンの巨人の背後に立つアルカナが、両手を服の内側に入れ、怪しい液体の入った薬瓶を二本取り出し、投擲する。
ヴァンの巨人の右足と、背中に向かって飛んだ薬瓶は、命中と同時に割れ、次の瞬間大爆発。ヴァンの巨人の右脚、その膝から下を消し飛ばし、膨張した上半身を前方へと吹き飛ばす。
重力を制御して自重を支えていると思しきヴァンの巨人も、これには耐えられなかった。腹這いの体勢で転倒し、地面に向かって火山弾を発射。我が身でそれを受け止める。
狩夜と精霊解放軍への被害は零。そして、これと同じ失敗を、ヴァンの巨人は既に三度繰り返していた。
「お薬さえあれば、ざっとこんなものですわぁ」
無人機であるがゆえに学習せず、四度目の転倒を無様に晒すヴァンの巨人を見つめながら、嗜虐的な笑みを浮かべるアルカナ。ちなみに、彼女が調合した薬品は、爆薬だろうと強酸だろうと『アルカナドラッグ』になるらしい。
「僕、アルカナさんは後方支援担当、バッファーかデバッファーだとばかり思ってました!」
「なに寝惚けたこと言ってるのよガキンチョ! アルカナお姉様は、精霊解放軍きってのアタッカーよ! 影縫いで動きを止めた魔物を、容赦なく爆殺するこわ~い人なんだから!」
レイラですら防げなかったヴァンの巨人の火山弾。それを封殺し続けるアルカナのことを戦々恐々と見つめながら、狩夜は右手の葉々斬を閃かせ、偶然近くに生えていた一本の大径木を、適度な大きさに輪切りにする。
完成する無数の円盤。その円盤を、レアリエルがヴァンの巨人目掛けて順次蹴り飛ばしていく。
そこから少し離れた場所では、紅葉とガリムが似たようなことをしていた。紅葉がぶつ切りにした大径木を、ガリムがヴァンの巨人へと渾身の力で投げつける。
二方向から飛来する木製の凶器群が、足の修復を終え、立ち上がろうとしていたヴァンの巨人へと次々に直撃し、岩石と溶岩で構成されたヴァンの巨人の体にめり込んでいく。
が――
「焼け石に水じゃのう。触れた先から炭化しよる。投石が効くのなら、大岩でも投げつけてやるんじゃが……」
「岩は奴に取り込まれて、体の一部になるだけでやがりますからな」
やはり、ヴァンの巨人にダメージはない。めり込んだ木製の凶器たちは、即座に炎上。炭化して砕け散った。
効果は薄いが、やらないよりはまし。そんな攻撃でヴァンの巨人が立ち上がるのを少しでも邪魔して時間を稼ごうと、大径木の解体と、投擲を続ける紅葉とガリム。一方の狩夜は、もう一本大径木を輪切りにし、用意した多量の円盤をレアリエルに預けた後「ここは任せた!」と言い残し、走り出す。
「レイラ!」
走りながら名を呼ぶと、レイラは狩夜の言わんとしていることの全てを理解し、治療用の蔓を用意した。次いで、その蔓を負傷した精霊解放軍の面々へと伸ばし、首筋を一突きする。
「傷が!?」
「すごい……」
「よっしゃあ! これでまた戦えるぜ!」
「ありがとうございます! 助かります!」
「お礼はいいですから、早く僕から離れてください! 狙われてるのは僕とレイラなんですから!」
感謝の言葉に足を止めることなくこう返し、狩夜はレイラと共に戦場を駆け回る。
圧倒的な火力を誇るヴァンの巨人を相手に、戦線がいまだに崩壊していない理由。その二つ目がこれだ。
レイラによる回復。
いくら狩夜とレイラがヴァンの巨人の攻撃を一手に引き受けているといっても、相手が相手だ。広すぎるヴァンの巨人の攻撃範囲に巻き込まれ、負傷する者は必ず出てしまう。この三時間で命にかかわる重傷を負った者は、一人や二人ではきかない。
そんな負傷者たちを、狩夜とレイラは機が訪れる度に治療して回った。切り捨てることなく、傷を癒し続けた。
回避タンクと、ヒーラーの兼任。攻撃を放棄し、献身的なまでに支援に徹することで、狩夜とレイラは戦線を保ち続けたのである。
どんな重傷も瞬く間に治療してくれるレイラの存在は、味方である精霊解放軍の面々からすれば頼もしいことこの上ない。彼らは「これならいくらでも戦える!」と奮起し、ヴァンの巨人と戦い続けた。
そして、三つ目が――
「相手の動きをよく見て、冷静に対処するのです! 破壊の象徴なにするものぞ! かの “邪龍” の方が、よほど強いと知りなさい!」
「遅い! 遅いぞ! 魔王どもはもっと速い! もっと強い! あいつらと比べれば、こんな人形どうということはないな!」
“邪龍” ファフニールとの戦闘経験である。
戦場に響くカロンとフローグの激。
強がりだ。ただの虚勢だ。だが事実でもあった。
彼らは知っている。ヴァンの巨人よりも強大な存在を。更に苛烈な攻撃を。今以上の死地を。
それゆえに戦えた。逃げることなく立ち向かえた。敗北したとはいえ、かの魔王と相対し、生き延びたという経験と矜持が、彼らを支えた。
最後に、四つ目。
「ランティスが戻ってくるまで、どうにか持ち堪えるのです! これは決して無駄な抵抗ではない! そのことを理解なさい!」
「諦めるな! 俺たちは勝てる! 信じて戦え!」
「真の敵は、己の中にあると心得るでやがります! 恐怖に負けるな! 心を折るな! 友と共に進むでやがりますよ!」
「お主ら一人一人の働きが、奴から僅かに自由を奪い、勝利へと繋がる時間となる! 矢の一本とて無駄ではない! 撃って撃って撃ちまくれい!」
「信じていますわよ、ランティスさん! カリヤさん!」
「ガキンチョ! ランティス君との約束を破ったら承知しないんだからね!」
明確な勝機。
狩夜が考え、ランティスが決断したことによって生まれた勝機が、彼らの瞳に希望の光を宿す。恐怖に屈しそうなる心に火を灯す。
彼らには、勝利への道程が見えていた。それを信じるだけで戦えた。
これら四つの理由により、狩夜と精霊解放軍の面々はヴァンの巨人を相手に奮戦。そして、誰一人欠けることなく、この瞬間を迎えることができた。
「きた……きおったぞぉ!」
待ち望んだ存在の到着を知らせるガリムの声が、戦場に響く。
「北西方向に、二体目のヴァンの巨人を確認! 真っ直ぐこちらに向かっています!」
「きましたか! ランティス!」
「司令だ! ランティス司令がきてくれたぞ!」
ランティスが動かしているであろうヴァンの巨人――いや、平原の戒めの姿に、沸き立つ戦場。その声に答えるかのように平原の戒めは速度を上げ、巨体に見合わぬ軽快な動きで走り出す。
一方、無人機のヴァンの巨人は、接近中の平原の戒めを意に介さず、狩夜とレイラへの攻撃を続けようとした。ヴァンの巨人から見れば、平原の戒めは造物主を同じくする兵器。つまり味方だ。警戒する必要のない相手と認識しているのだろう。
平原の戒めは、好都合とばかりに右拳を振りかぶり、体重と前進の勢いを見事に乗せた、渾身の右ストレートを繰り出す。
平原の戒めの右ストレートは、溶岩部分ではなく、岩石部分に突き刺さり、そのまま振り切られた。ヴァンの巨人を豪快に殴り飛ばす。
『皆、よく頑張った! 後は私とカリヤ君に任せて後退してくれ!』
地響きと共に戦場に響く、ランティスからの拡声器越しの指示。その指示に、精霊解放軍は迷うことなく従う。
この場にいたらランティスの邪魔になる。
誰もがそれを理解し、戦場からの離脱を始めた。
そして、狩夜は――
「よし、いくよレイラ!」
この戦いを終わらせるため、ヴァンの巨人の相手をランティスに任せ、レイラと共に戦場を一望できる場所。ここから遠くない位置にある、小高い丘を目指す。
「ちょっとガキンチョ! あんたいったいどこに――」
「あ、鶏ガラ女! ちょうどいいや! お前もこい!」
小高い丘に向かう道中で声をかけてきたレアリエル。擦れ違う直前に彼女の細いウエストに腕を回した狩夜は、有無を言わさずに抱き上げた。
「ふえ!?」
何事かとレアリエルが困惑した声を上げるが、狩夜はそれを無視。そのまま小高い丘へと連行する。
「おろすよ?」
「あいた! ごらぁガキンチョ、これはいったいなんのつもりだぁ!? レアリエル・ダーウィンは皆のものだから、独り占めするようなことしちゃダメなんだぞぉ!」
小高い丘に到着すると同時に、レアリエルを少々乱暴に地面におろす狩夜。尻餅をついたレアリエルが抗議の声を上げる中、狩夜はめんどくさげに右手を振り、次のように答える。
「はいはい、ごめんごめん。文句は後でいくらでも聞くよ。だから、今は協力して欲しい。これからしばらくの間、レイラは一切動けなくなる。だから、ガードをお願い。あと、大きな声出すの得意だろ? 発射直前に声をかけるから、ランティスさんに退避指示を出して。あれは威力がありすぎて、下手したらヴァンの巨人ごとランティスさんを吹き飛ばしかねない」
「え?」
「それじゃ、はじめるよ……レイラァ!」
「……(コクコク!)」
狩夜が名前を叫ぶと同時に、レイラが大きく頷いた。全身から出していた蔓を収納し、狩夜の背中から離れ、地面へと降り立つ。
次いで、レイラは自身の体を丘へと突き立てた。顔だけを残して大地に埋まり、広く根を張ってその身を固定する。
直後、レイラの体が爆発的に膨張。全身を変質させ、その身すべてを使ってあるモノを形作った。
そのあるモノに、狩夜が腹這いの体勢で乗り込むところを見つめながら、レアリエルは呟く。
「これって、大砲?」
そう、それは大砲。
薬室と呼ばれる砲身の末端部に、三メートルはあろうかという巨大な蕾のついた、植物の大砲だった。
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