153・巨人炎上

「あっつ!?」


 刀身だけでなく、右手で掴む柄にまで火が迫り、狩夜は慌てて葉々斬を手放した。そんな狩夜の背中に張りつくレイラは、背中から葉々斬の柄頭に繋がる蔓を自切し、本体への飛び火を防ぐ。


 どうにか体が焼けることを防いだ狩夜とレイラであったが、腕に――いや、全身に感じる熱は消えない。それどころか、時間がたつにつれて益々熱くなっていく。


 レイラの体の一部である葉々斬を焼き、ソウルポイントで強化された狩夜の肌をも焦がす膨大な熱量。その熱源は、二人のすぐ横にいる、ヴァンの巨人に他ならない。


 ――今すぐここから離れないとまずい!


「レイラ、果実だ! 果実のハンマーでヴァンの巨人をぶったたけ!」


「……!」


 余裕のない狩夜の言葉に、レイラは即応。右手から出していたガトリングガンを破棄し、先端に球形の果実をつけたハンマーを出現させ、ヴァンの巨人の腹部目掛け、全力で投擲した。


 果実は、狙った場所に寸分たがわず直撃。クレーン車に取りつけられた解体用の鉄球がビルに突き刺さったような音と共に、凄まじい衝撃がヴァンの巨人に走り、巨体が揺れた。揺れたが――それだけだ。


 かつて、聖獣・ドヴァリンをも瀕死に追い込んだレイラの果実。その直撃を受けてもなお、ヴァンの巨人にダメージを受けた様子はない。それどころか、ヴァンの巨人の腹部にめり込んでいた巨大果実は、オーブンに入れたリンゴの如く、徐々に焦げつき始めている。


 ほどなくして葉々斬と同じように炎上するであろう果実を見つめながら、狩夜は叫ぶ。


「今すぐ果実を破棄! 僕らの防御を固めた後で爆発させて!」


 狩夜の指示を聞いたレイラは、右手から伸び、果実と繋がる蔓を自切。次いで、頭上の二枚の葉っぱを巨大化させ、狩夜と自身の全身を包み込んだ。


 葉っぱの防壁の内側で、レイラは小さく口を開き、一瞬のための後、力の限り歯を食い縛る。


 すると、奥歯にスイッチでも仕込んでいたかのように、果実が爆発した。


 ヴァンの巨人を構成する岩と土が弾け飛び、土煙が上がる中、狩夜とレイラは果実の爆発を利用して、ヴァンの巨人から距離を取ることに成功。高速で地面に叩きつけられる狩夜たちであったが、その際の衝撃は、レイラが周囲に展開した葉っぱで吸収し、ことなきを得る。


 二度ほど地面をバウンドした後、レイラは葉っぱを元に戻し、狩夜は両脚で地面に着地。そして、全身を包んでいた熱が消えていることに安堵した狩夜は、小さく息を吐いてから、次のように口を動かす。


「さっきの熱はいったい……」


 勝負を決めるつもりで放った葉々斬の斬撃から、核を守った謎の熱。謎の答えを求めるように、狩夜はヴァンの巨人へと視線を向けた。


「え……?」


 そして、それだけで答えは出た。


 レイラの葉っぱによって狩夜の視線が遮られた僅かな時間で、ヴァンの巨人の姿が豹変していたのである。


 先ほどまでのヴァンの巨人は、岩と土でできていた。体の大部分を岩で形作り、岩同士の隙間と、関節などの可動部を土で補うことで、その巨体を構成していた。


 だが、今は違う。


 全身の大部分を岩で形作っているのは同じだが、岩同士の隙間と、関節などの可動部が個体でなく流体となり、赤黒く発光しつつ、絶えず膨大な熱を放出している。


 溶岩だ。


 ヴァンの巨人は、岩と土を溶融させることで作り出した溶岩で、その巨体を構成し直している。


 その溶岩が、先ほどの熱の正体だ。


「う……あ……」


 ヴァンの巨人の全身を、血液の如く流れる溶岩を見つめながら、狩夜は青ざめた顔で呻く。狩夜の肩から顔を突き出し、ヴァンの巨人の様子をうかがっているレイラもまた、滅多に見せない張りつめた表情をしていた。


 先ほどまで狩夜たちに味方していた相性が、一転して強大な敵になったことを、双方ともに理解したのだ。


 植物であるレイラの弱点は火。当然だが、溶岩もその弱点に含まれる。


 ヴァンの巨人が溶岩という超高温の鎧をまとった今、狩夜とレイラの攻撃は、そのことごとくが通用しない。


 葉や蔓、果実に種はもちろん、カタパルトフラワー、モウセンゴケ、クレイモアシード、バインドリース、それらすべてが、ヴァンの巨人に触れた先から消し炭にされるだろう。


 魔草三剣もだめだ。


 葉々斬で切りかかれば刀身が焼け、草薙の毒は無生物であるヴァンの巨人には意味をなさず、残る最後の一つも、火が弱点なのは変わらない。


 レイラの最大の武器である万能性が、たった一手で封殺された。


「しゃんとしなさいオマケ! 気をしっかりと持って、前を見るのです! 敵は待ってくれませんよ!」


 勝ち筋を見つけることができず、硬直する狩夜を叱咤するように叫ぶスクルド。そんな中、ヴァンの巨人が動いた。上半身を捻りつつ、右腕を大きく振りかぶる。


 体内に張り巡らされたバインドリースの根は、すでに溶岩で焼き切ったらしく、動きに支障は見当たらない。それどころか、目に見えて滑らかになっていた。関節部が流体となり、敏捷性が上がったらしい。


 だが、今狩夜が立っている場所は、ヴァンの巨人の間合いの外。いかに巨人の腕が長く、敏捷性が上がろうとも、あそこからでは届かない。振りかぶったあの拳は、虚しく空振りに終わる――はずだった。


「んな!?」


 ヴァンの巨人が拳を繰り出した瞬間、狩夜は驚愕に目を見開き、慌てて右に跳んだ。次の瞬間、届かないはずのヴァンの巨人の右腕が、先ほどまで狩夜が立っていた場所に突き刺さる。


 なにがおきた!? そう胸中で叫びながら、狩夜は横目で腕の様子を確認。次いで驚愕した。ヴァンの巨人の右腕が、倍以上に延長している。


 流体となった関節部を細長くすることで、ヴァンの巨人は攻撃範囲を爆発的に広げたのだ。


 攻撃をよけられたヴァンの巨人は、溶岩を操作して右腕を引き戻す。その際の反動を利用して、再び右腕を振りかぶった。


 溶岩を纏った超高温の拳。あれは、レイラの葉っぱでも防げないだろう。狩夜の体にいたっては言わずもがなだ。


 ――守勢に回ったらジリ貧。


 ――守ったら、負ける。


 ――攻めろ!


 覚悟を決めた狩夜は、闘志に燃える瞳でヴァンの巨人を睨みつけ、両の脚に力を籠める。


 ほどなくして放たれる、二発目の拳。それを左に跳んでかわした後、狩夜は全力で駆け出した。


 腕を延長した分、戻りが遅い。技後硬直しているヴァンの巨人との間合いを詰めながら、狩夜はレイラに指示を飛ばした。


「レイラ! もう一度葉々斬を出して! ただし今度は、刀身と柄の全面をプラント・オパールで覆うんだ!」


 土中にある珪酸という物質を根から吸収し、特定の細胞にため込むことで形成される物質、プラント・オパール。


 このプラント・オパールは、硝子とほぼ同じ成分で構成されており、数多ある植物の細胞の中でも、とりわけ変化しにくい性質を持つ。


 植物が枯死した後にも腐敗せず残存し、土壌に保存されるので、稲作の起源を探る研究や、大昔に生息していた植物を推定する手段として利用されたりもする。


 熱にも強く、イネの葉を燃やしてできた白い灰を顕微鏡で覗くと、プラント・オパールがそのままの形で残っているほどだ。


 この熱に強いプラント・オパールで葉々斬の全面を覆い、即席の耐火装備を用意する。


 全面をプラント・オパールで覆ってしまえば、高周波ブレードの性質は失われ、気孔も塞がれるので魔物の弱体化もなくなり、自由に伸縮もできない。だが、ヴァンの巨人が纏った溶岩の鎧を貫きうる武器は、もうこれしかなかった。


「……(コクコク!)」


 狩夜の言葉に力強く頷いたレイラは、再度背中から柄を射出。狩夜がそれを受け取り、普段とは違う手触りと重量を感じながら握り締めると、余すところなくプラント・オパールで覆われた、葉々斬の刀身が芽吹いた。


 植物でありながら、金属製の武器と変わらぬ輝きを放つ、葉々斬・耐火モードを手に、身を焦がす熱に耐えながら、狩夜はヴァンの巨人の右足に肉薄した。


「今レイラが用意できる、最強の耐火装備だ! これで駄目なら――」


 一縷の望みと共に、狩夜はヴァンの巨人を渾身の力で切りつける。


 そして――


「あっそ」


 葉々斬・耐火モードの刀身は、ヴァンの巨人の体内であっさりと燃え尽き、跡形もなくなった。


 随分と軽くなった葉々斬の柄を見つめながら、狩夜は力なく苦笑する。


 世界樹の種によって強化され、通常のものよりはるかに硬く、熱にも強いはずのプラント・オパール。それで全面を覆ったにもかかわらずこの結果。いよいよ打つ手がなくなった。


 落ち込むのは後、とにかく一旦離れよう――と、狩夜はヴァンの巨人の右横を駆け抜ける。そんな狩夜たちを、ヴァンの巨人は見逃さない


 全力で離脱をはかる狩夜たちの頭上で、ヴァンの巨人の上半身が膨れ上がった。あたかも、生物が大きく息を吸い込んだかのように。


「なにをする気だ!?」


 おおよそ一秒のための後、人間ならば口にあたる部分から放たれたのは、多量の溶岩と、そんな溶岩を纏った、無数の焼けた大岩だった。


「――っ!?」


 ペシペシ! ペシペシ! ペシペシ! ペシペシ!


 レイラが「防げない! 避けて! 避けて! 避けて!」と言いたげに、何度も何度も狩夜の背中を叩く。珍しく泣き言を漏らした相棒の姿に、事態の深刻さを痛感しながら狩夜は叫んだ。


「避けろったって、こんなのどうやって!?」


 火山の噴火を彷彿させる、かつてない大規模攻撃。頭上を覆い尽くす火山弾に対し、狩夜は逃げ道を見つけ出せずにいた。


 迫りくる圧倒的熱量と、強大な死の気配が、狩夜の背中を撫でたとき――


「ああもう、仕方ありません!」


 スクルドが、背に腹は代えられないとばかりにこう口にし、狩夜の胸の中に飛び込んだ。


 そう、未来を司る女神、スクルドが、再び狩夜と同化したのである。


 これにより、スキル〔未来道フューチャーロード〕が発動。狩夜の目に、未来へと続く光の道が映し出される。


『オマケ!』

 

 脳内に直接響くスクルドの声を聴きながら、狩夜は躊躇することなく光の道の上を駆け抜けた。


 直後、破壊の象徴から放たれた灼熱の流星群が、轟音と共にユグドラシル大陸の一角に降り注ぐ。

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