154・時間を稼ぐ Yes or No
「……ぐ」
ヴァンの巨人から放たれた多量の溶岩と焼けた大岩。上空から降り注いだそれらが放つ高熱により、草原が焼け野原へと名前を変えていく最中、狩夜が顔を歪めながら呻く。
スクルドの機転でどうにか命を繋いだ狩夜たちであったが、さすがに無傷とはいかなかった。
特に、狩夜の左腕が酷い。
上着の左袖は焼け落ち、そこから覗く左腕は酷い火傷で覆われていた。溶岩が直接触れた部分にいたっては、真っ黒に炭化してしまっている。
「いった……」
絶え間のない激痛で小刻み震える左腕。その煩わしい震えを止めようと、軽傷で済んだ右腕を動かし、左腕の炭化した部分に右手を重ねる狩夜。瞬間、手の平から人肌とは思えない感触が伝わり、背筋に怖気が走る。
「――ッ!」
重傷を負った狩夜を見て、レイラが動く。大慌てで治療用の蔓を出し、狩夜の首筋を一突きした。
その効果は、相も変わらず劇的である。狩夜の体は瞬く間に治療され、何事もなかったかのように完治。炭化していた部分も、痕一つ残さず奇麗に塞がっていた。
「ありがとう」
震えの止まった左腕から右手を離し、全身に異常がないことを確認しつつ狩夜は口を動かす。レイラは「いいってことよ」と言いたげに狩夜の背中をペシペシ叩いた後、溶岩によっていくつも穴の開いた頭上の葉っぱを根元から自切し、即座に新しいものを生やした。
「スクルドもありがとう。昨日から助けられっぱなしだね」
『いえ、仲間として当然のことをしただけです。私に礼を述べるよりも、あなたは自身の行動を誇りなさい。先ほどの状況下で臆することなく、スキルが指し示す最適解の通りに動けたことは称賛に値します。見直しましたよ、オマケ。あの時の強くなるという言葉は、嘘ではなかったようですね』
「……うん。あの時と比べたら、少しはましになったと思うよ。でも、やっぱり上には上がいるもんだね」
狩夜はこう口にしながら、遠方で佇むヴァンの巨人へと視線を向けた。そして、次のように言葉を続ける。
「初めてだな……レイラよりも強い相手と戦うのは……」
スクルドの口から三代目勇者が苦戦したと語られたとき、もしかしてと頭を過ぎった予感。その予感が、先の戦闘で確信に変わった。
ヴァンの巨人は、現状のレイラよりも強い。
ハンドレットサウザンドの開拓者であるフローグや紅葉。
だが、ヴァンの巨人の強さは、単体でレイラを凌駕している。
レイラよりも強い相手との戦闘は、狩夜にとって初めての経験。加えて、戦況は圧倒的に不利。単純な力押しでは押し返され、溶岩という超高温の鎧の前では搦め手も通用しない。即席の耐火装備も無駄だった。
「さて、どうしたもんかね」
こう口にした狩夜は、追撃よりも大規模攻撃で消費した溶岩と岩石の補充を優先し、動きを止めているヴァンの巨人を見つめながら、藁にも縋る思いで
未来を司る女神の力ならば、矮小な人間の頭では考えつかない勝利への道筋が見えるかもと思っての行動だったが、その期待はすぐさま打ち砕かれることとなる。
ヴァンの巨人に向かって伸びる光の道が、ない。
目に映る光の道は、これまでと違い無数にあった。今の状況下では、最適解は一つではなく、未来に繋がるルートがいくつもあるということなのだろうが、そのどれもがヴァンの巨人に向かって伸びていない。大きく迂回するルートが大半である。
近接戦闘では狩夜たちに未来はないということを如実に表す光の道を見つめながら、狩夜は盛大に苦笑いを浮かべた。
もう、笑うことしか、できなかった。
「ヴァンの連中はこんなもん量産しやがったのか……そりゃあ世界も滅びかけるよ……」
この超兵器の大群を相手取り、見事勝利してみせた三代目勇者を、狩夜は同じ日本人として心の底から尊敬した。それと同時に、なんで全部壊しておいてくれなかったんだ――と、胸中で恨み言を述べる。
『オマケ、今すぐ
不意に聞こえてきたスクルドからの忠告に、昨日の頭痛はそういうことか――と、すぐさまスキルの使用をやめる狩夜。
やはり
もっとも、先ほどの大規模攻撃のように、どうしようもない状況では話が変わる。脳死を恐れて本当に死んでしまっては本末転倒だ。スクルドも同じ考えなのか、狩夜との同化を解こうとはせず、そのまま会話を続ける。
『次の行動を決めかねているようですが、今のままでかまいません。このまま攻撃を続け、奴に溶岩を纏ったあの状態を維持させるのです』
「どういうこと?」
『奴は、邪悪の樹の欠片が消滅する時に放出されるエネルギーを動力源に動く兵器。つまり、連続稼働時間には限界があるのです。そして、溶岩を纏った今の状態は、通常時と比べてはるかに多くのエネルギーを使用しているはず』
「倒すのは諦めて時間を稼ぎに専念、内蔵されたクリフォダイトを使い果たすのを待てってこと?」
『そうです。過去の大戦時のように、偽神どもが核の中で操縦しているというのであれば通用しないでしょうが、奴は間違いなく無人機。勇者様という強敵を前に、ペース配分などできはしないでしょう。あの状態を維持させれば、遠からず動けなくなるはずです』
スクルドの口から語られるヴァンの巨人への対処方法。その具体的で現実的な内容に、一も二もなく頷きたい衝動に駆られる狩夜であったが、その前にどうしても確認したいことが一つだけあった。
「ちなみに、どれくらいで動けなくなると思う?」
『そうですね。内蔵された邪悪の樹の欠片の大きさ次第ですが、一ヶ月動き続けるところを、一週間くらいにはできるかと』
「長い! その一週間で何人犠牲者が出るんだよ!」
期待させやがって、がっかりだ! とばかりに大声を上げる狩夜。
一週間なんてあっという間と誰もが言うが、それはある程度安全が保障された環境で、普段通りの日常を送っているときだけだ。命の危機に直面した非日常、とりわけ戦闘中でのその時間は、途方もなく長く感じる。
いくらテンサウザンドの開拓者である狩夜でも、不眠不休で戦えるわけではない。安定した戦闘には休息が必須。小さなミスが命取りになる強敵が相手ならば尚更だ。
休息のために狩夜とレイラが戦線を離脱すれば、ヴァンの巨人は手近な人口密地帯を襲うだろう。そうなったらどうなるかは、すでに歴史が証明している。
過去に二度あったヴァンの巨人の襲来。人類はその時も、エネルギー切れを待つという選択した。その結果が、人口の激減による著しい衰退であり、ユグドラシル大陸北東部に広がるスターヴ大平原ではないか。
結果を知るがゆえに、狩夜はエネルギー切れを待つというスクルドの提案を否定する。一日二日なら、レイラ謹製の怪しい薬で体を騙し、歯を食いしばって足止めを頑張れたかもしれないが、一週間は無理だ。そして、その一週間で出るであろう犠牲者の中に、友人知人が含まれる可能性がある以上、狩夜はその時間を許容できない。
過去に起きた凄惨な大破壊。それを後世にまで伝えようと残された、平原の戒めを忘れるな。スターヴ大平原で、当時の姿のまま直立するヴァンの巨人の姿を、叉鬼狩夜はこの目で見たではないか。
「――ん?」
とある考えが頭を過ぎり、はっとしたような顔をする狩夜。そんな狩夜の脳内に、自分自身にも言い聞かせるような口調のスクルドの声が響く。
『気持ちはわかりますよ、オマケ。私とて断腸の思いです。偽神どもの兵器に、世界樹が根づくこの地を蹂躙されるなど、本来はあってはならぬこと……ですが、仕方ないではありませんか。今の私たちに、奴を倒す術はありません。もし、どうしてもと言うのであれば、なにか代案を――』
「……」
『オマケ? 聞こえていますか?』
スクルドの言葉に答えようとせず、狩夜は先ほど頭を過ぎった考えをまとめる作業に没頭。そして、三秒ほどの熟考の末に、こう口を動かした。
「ねえ、スクルド。ヴァンの巨人ってさ、僕にも動かせる?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます