152・相性

「近くで見ると尚更でかいな! 余裕で百メートル超えてるだろ!?」


 近づくにつれ、否応なしに理解するその巨体。これから相対する敵を見上げながら、狩夜は自らを鼓舞するように叫び、更に前進する速度を上げた。


 ヴァンの巨人に向かって走る狩夜と、ケムルトに向かって歩くヴァンの巨人。そして、ヴァンの巨人が森を抜け、その先に広がる草原へと足を踏み出すと同時に、狩夜が先手を仕掛ける。


「まずは足を止める! レイラ、カタパルトフラワー!」


 狩夜の指示を聞き、背中のレイラが動く。右手から木製のガトリングガンを出し、即座に発射。けたたましい連続音が草原に響く。


 レイラから発射されたカタパルトフラワーの種子は、ヴァンの巨人ではなく、その足元。すでに前に向かって踏み出されている右足が、間もなく踏みしめるであろう地面に着弾した。


 直後、カタパルトフラワーは発芽し、成長。包被野菜を彷彿させる巨大な蕾が、無数に形成される。


 ヴァンの巨人は、そのことに気づくことなく、カタパルトフラワーごと地面を踏みしめた。


 次の瞬間、蕾は一斉に開花。轟音を響かせ、カタパルトの名に恥じない凄まじい力で、ヴァンの巨人の右足を上へとはじき返す。


「魔草三剣・葉々斬!」


 ケムルトへの前進を止め、右足を上げた状態で体勢を崩すヴァンの巨人。狙い通りに相手の動きを止めることに成功した狩夜は、百倍近い体格差に臆することなくヴァンの巨人に向かって跳躍。次いで、レイラの背中から射出された木製の柄を掴んだ。


 狩夜が柄を掴むと同時に、イネ科の植物を彷彿させる刀身が柄から芽吹き、成長。その刀身は、本来の長さである成人男性の握り拳おおよそ十個分を超えてもなお成長を続け、五メートルほどの長さとなった。


 刀身の伸びた葉々斬を豪快に振りかぶり、体勢を崩した巨体をたった一本で支えている左脚目掛けて、狩夜は葉々斬を躊躇なく振り下ろす。


 ヴァンの巨人の体、その大部分は岩と土でできている。そんなものが葉々斬を防げるはずもない。葉々斬の刀身は、熱したナイフをバターに突き入れたかのようにヴァンの巨人の左脚に埋没し、そのまま突き抜けた。


「軸足、貰った!」


 左膝にあたる部分を、右上から左下にかけて切断する狩夜。これで、ヴァンの巨人は自重を支えることができなくなり、地面に倒れるはずだ。


 しかし――


「っな!?」


 倒れない。それどころか、斜めに切り裂いた部分がずれもしない。


 物理法則を無視した、あまりに不可思議な現象。重力でも操作しているかのような――いや、実際にしているのだろう。そうでなければ、ヴァンの巨人が形成される際に宙に浮きあがった無数の岩と、あの馬鹿げた質量で自由に動き回れることに対し、説明がつかない。


 驚愕している狩夜の眼前では、葉々斬によってできた切断面に土が流入。まるでかさぶたのように、狩夜がつけた傷口を埋めてしまった。


「修復した!? こんなに早く!?」


「オマケ、上です!」


「――っ!?」


 胸元から聞こえたスクルドからの警告に我に返った狩夜は、慌てて上を見上げた。すると、狩夜たちの存在に気づいたらしいヴァンの巨人が、左腕を頭上へと振り上げている光景が目に飛び込んでくる。


 次の瞬間、空中に身を投げ出し、自由に動けない狩夜に向かって、高層ビルのような左腕が降ってきた。


「巨体のわりに速い!」


 迫りくる巨大質量。自身を確殺どころか、木端微塵にするであろう攻撃が迫る中、狩夜は地面を指差しながら相棒の名を呼ぶ。


「レイラ!」


 狩夜の考えを正しく理解したレイラは、葉々斬の刀身を縮めつつ左手から蔓を出し、地面に向かって高速で伸ばす。先端が硬質化されていたレイラの蔓は、地面の奥深くへと埋没した。


 直後、レイラは蔓を体内に収納し、空中を高速移動。狩夜共々、ヴァンの巨人の攻撃範囲外へと離脱する。


 攻撃が空振りに終わったヴァンの巨人であったが、即座に次の攻撃を繰り出した。カタパルトフラワーによってかち上げられた右足で、足元にいる狩夜を踏み潰そうとしてくる。


 人間に踏み潰される虫たちが、最後に見るであろう光景。それを前にしても狩夜は冷静だった。即座に地面を蹴り、ヴァンの巨人の股下を潜って攻撃をかわす。


 直後、ヴァンの巨人の右足が地面に叩きつけられた。地響きが鳴り、大地が割れ、盛大に砂埃が舞う。


「地面を踏みしめただけでこれか!? どういう攻撃力だよ!?」


 巨大な爆弾が爆発したかのような暴風と、無数の石つぶてを浴びながら、狩夜は叫ぶ。絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアで見た魔物たちが、可愛く見えるほどの攻撃力だ。


 単純な攻撃力ならば、狩夜が今まで目にしてきた中でも最上位である。虎型の主や聖獣、レイラでさえも、ヴァンの巨人には及ばない。


「こんなのとまともに戦えるか! レイラ、バインドリース!」


 この言葉を受け、レイラはガトリングガンの銃口をヴァンの巨人へと向け、即座に発射。


 放たれた無数の種子は、ヴァンの巨人の至るところに命中。だが、岩と土でできたヴァンの巨人に痛覚はない。一切怯むことなく体の向きを変え、背後にいる狩夜へと向き直ろうとする。


 しかし――


「……(ニタァ)」


 レイラが笑った瞬間、ヴァンの巨人の動きが突然鈍った。


 ヴァンの巨人に撃ち込まれた種子が一斉に発芽し、根を体内に張り巡らせることで岩同士を連結、その動きを阻害しているのだ。


 それだけではない。種から伸びた月桂樹によく似た葉を持つ蔦が体表を走り、奇麗に円を描いてから種の元へと戻り、全身を凄まじい力で締め上げてもいる。


 その形状は、聖夜に飾られるクリスマスリースや、アドベントリースにとてもよく似ていた。


 リースは、ローマ帝国時代のローマ人が、祭事の際の冠として身につけていた、花や葉などで作られた装飾用の輪が起源だが、バインドリーズは装飾品ではなく拘束具。狩夜が考案し、レイラが完成させた武器の一つだ。対象の動きを、体の内側と外側の双方から束縛する。


 相手の体が岩と土だからか、バインドリースの生長と浸食速度が非常に速い。体表の蔦による締め上げの効果は薄いが、体内の根はどうにもならないらしく、明らかにヴァンの巨人の動きが鈍った。それを見て取ったレイラが、左手から蔓を伸ばし、ヴァンの巨人の左脇腹を貫く。


「おお!」


 狩夜とレイラの攻撃は続く。レイラが蔓を体内に収納することで、狩夜は再度ヴァンの巨人に肉薄。延長した葉々斬の刃で、左脇腹を深々と切り裂いた。


 が――


「くそ、やっぱりだめか!」


 やはり効果がない。ヴァンの巨人は、まったくダメージを受けた様子がなく、先ほどつけた傷も、瞬く間に土で塞がれてしまった。


 すぐ下にある左脚の付け根を蹴り上げ、そのまま上昇する狩夜。左肩の横を通過する際に左腕を切り落とそうとしたが、結果は同じ。


「きりがない! こいつ、どうすれば倒せるんだよ!?」


「オマケ! あの巨人に小さな傷をつけても意味がありません! 邪悪の樹の欠片が埋め込まれた、核を狙うのです!」


 上昇途中、過去の経験からか、ヴァンの巨人の打倒方法を自信ありげに叫ぶスクルド。現状を打開しうる情報に感心しながら、狩夜は「なるほど」と返した。


 ヴァンの巨人の核。ケムルトの町中で見た、あの流星がそうに違いない。


「レイラ、その核とやらの場所はわかる!?」


「……(コクコク!)」


 バインドリースの根で場所を探ったのか、狩夜の言葉に迷いなく頷くレイラ。そして、上昇の勢いと重力が拮抗した際に起こる一瞬の静止の只中で、左手から出した蔓の先端を、ヴァンの巨人のとある場所へと向けた。


 それは、胸部のほぼ中心。


「よし! いくよレイラ! このまま押し切る!」


 狩夜の言葉を受け、レイラは核の場所を指し示していた蔓をそのまま延長し、ヴァンの巨人の頭部を貫く。


 レイラが蔓を体内に収納することで、狩夜の体が加速する。そして、バインドリースによって動きを封じられたヴァンの巨人めがけ、葉々斬を大上段に構えながら、狩夜は叫んだ。


「相性が悪かったなデカブツ! お前みたいに岩や土できた奴は、レイラみたいな植物に弱いって、相場は決まってるんだよ!」


 体格も、パワーも、相手の方が上だが、相性が狩夜たちに味方した。レイラがマンドラゴラ、植物を自在に操る魔物でなければ、こうも有利に戦いを進めることはできなかっただろう。


「核ごと真っ二つにしてやる!」


 この言葉と共に、葉々斬の刀身を延長。次いで、ヴァンの巨人の正中線に沿うように、渾身の力で振り下ろした。


 ヴァンの巨人の頭部に埋没した葉々斬は、その体を難なく切り裂き続け、核があるという胸部に向かって突き進む。


 そして、狩夜とレイラがヴァンの巨人の首あたりに到達したとき――


「え?」


 突然、葉々斬の刀身が炎上。そのまま炭化し、粉々になった。

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